繋がる、日常
翌朝。
「…………」
石段の下。
「…………」
まだ、
姿は見えない。
「…………」
ですが。
今日は、
知っています。
「…………」
佐伯さんは、
帰ってきている。
「…………」
やがて。
聞き慣れた足音。
一段。
また一段。
「…………」
見慣れた姿が、
こちらへ近づいてくる。
「おはようございます、水瀬さん」
「…………」
「おはようございます、佐伯さん」
「…………」
三日ぶり。
「…………」
毎日、
お話ししていたのに。
「…………」
顔を見ると。
やはり。
「…………」
嬉しい。
「ただいま戻りました」
「…………」
ただいま。
「…………」
私は、
小さく笑う。
「おかえりなさい」
「…………」
今度は。
ちゃんと、
言えました。
「実家では、ゆっくりできましたか?」
「はい」
「姪たちには、だいぶ振り回されましたけど」
「ふふっ」
「…………」
写真の中にいた、
小さな二人。
「とても元気そうでしたものね」
「元気すぎるくらいです」
「…………」
佐伯さんが、
少し笑う。
「…………」
その顔を見ながら。
ふと、
思う。
「…………」
三日前なら。
今のお話も、
私は何も知らなかった。
「…………」
佐伯さんの、
ご実家。
お兄様。
姪御さん。
海。
港。
通っていた高校。
「…………」
三日ぶりに、
目の前にいる佐伯さんは。
同じ佐伯さんなのに。
「…………」
少しだけ。
前より、
近く感じた。
「そういえば」
「はい?」
「写真、たくさん送っちゃってすみませんでした」
「え?」
「あとから見たら、結構送ってたなって」
「…………」
「ご迷惑でした?」
「いえ!」
「…………」
思ったより、
大きな声が出た。
「…………」
「迷惑では、ありません」
「むしろ……」
「…………」
海。
港。
高校。
「…………」
私の知らない、
佐伯さんの景色。
「嬉しかったです」
「…………」
佐伯さんが、
少しだけ目を丸くする。
「…………」
そして。
「よかった」
そう言って、
笑った。
「…………」
その笑顔に。
また、
胸の奥が少しだけ温かくなる。
「…………」
「あ」
「?」
「そういえば、水瀬さん」
「はい」
「昨日言ってた、好きなものの話」
「…………!」
覚えて、
いたのですね。
「…………」
推し。
ライブ。
グッズ。
新曲。
「…………」
昨夜は。
今度、
お話しすると。
そう、
お伝えしました。
「…………」
ですが。
いざ、
目の前で聞かれると。
「…………」
「そ、それは……」
「?」
「…………」
どうしましょう。
「…………」
「また……今度でも、よろしいでしょうか」
「…………」
佐伯さんが、
少し笑う。
「もちろんです」
「…………」
「楽しみにしてますから」
「…………!」
楽しみに。
「…………」
余計に、
言いづらくなってしまいました……。
「…………」
少しして。
佐伯さんが、
腕時計を見る。
「あ」
「そろそろ行かないと」
「大学ですか?」
「はい」
「そのあと、バイトもあります」
「…………」
いつもの、
佐伯さんの日常。
「…………」
ですが。
今は。
その日常も、
少しだけ知っている。
「では」
「はい」
「また明日」
「…………」
また明日。
「はい」
「また明日」
「…………」
佐伯さんが、
石段を下りていく。
「…………」
その背中を、
見送る。
「…………」
三日ぶりの朝は。
思っていたより、
いつも通りで。
「…………」
それが。
なぜだか、
とても嬉しかった。
◇
「おはようございます」
「お、湊」
「おはよう、佐伯くん」
「おはようございます」
「…………」
カフェに入り、
持っていた紙袋をカウンターへ置く。
「これ、実家のお土産です」
「おお!」
マスターが、
すぐに紙袋を覗き込む。
「何だ?」
「開けるの早くないですか?」
「俺への土産だろ?」
「店のみんなにです」
「…………」
「俺への土産は?」
「それです」
「みんなのだろ?」
「その中にマスターも入ってます」
「…………」
なぜだ。
少し不満そうだ。
「私は普通に嬉しいけど」
井上さんが、
横から紙袋を覗く。
「佐伯くん、ありがとう」
「いえ」
「実家、楽しかった?」
「まあ」
「姪たちに振り回されましたけど」
「ふふっ」
「でも」
「?」
「…………」
少しだけ、
考える。
「帰ってよかったです」
「へえ」
井上さんが、
少し意外そうにこちらを見る。
「佐伯くん、実家帰るの久しぶりだった?」
「そうですね」
「大学入ってからは、あんまり」
「そっか」
「…………」
マスターが、
土産を一つ手に取る。
「たまには帰っとけ」
「はい」
「親はな、顔見せるだけでも喜ぶんだから」
「…………」
「マスターも、たまにはいいこと言うんですね」
「井上」
「はい?」
「お前にはやらん」
「佐伯くんのお土産です」
「…………」
そうだった。
「…………」
思わず、
笑う。
「…………」
実家に帰って。
家族と話して。
この店に戻ってきて。
「…………」
そして。
今朝は、
水瀬さんに会った。
「…………」
いつもの日常に、
戻ってきた。
「…………」
なのに。
三日前までと、
まったく同じではない。
「…………」
そんな気がした。
◇
「いろは」
「はい?」
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
「…………」
昼前。
母と二人で、
神社を出る。
「今日は、どちらへ?」
「そうねえ」
「先にお昼にしましょうか」
「分かりました」
「そのあと、少し買い物に付き合って」
「はい」
「…………」
母と二人で、
こうして出かけるのは。
少し、
久しぶりです。
「何が食べたい?」
「私は、何でも」
「それが一番困るのよ」
「…………」
「では……」
少し考える。
「お母様の、お好きなもので」
「ふふっ」
「結局、私が決めるのね」
「…………」
確かに。
そうなってしまいました。
◇
「ここ、久しぶりね」
「そうですね」
「…………」
母と向かい合い、
席に座る。
「いろはは何にする?」
「私は……」
「…………」
メニューを開く。
「こちらにします」
「パスタ?」
「はい」
「珍しいわね」
「そうでしょうか?」
「いろは、こういう時は和食を選ぶことが多いでしょう?」
「…………」
言われてみれば。
「今日は、何となく……」
「そう」
「…………」
料理。
「…………」
そういえば。
佐伯さんは、
お料理がお好きだと仰っていました。
「…………」
このようなものも、
作るのでしょうか。
「…………」
どんな料理を、
よく作るのでしょう。
「…………」
今度。
聞いてみても、
いいかもしれません。
「いろは?」
「…………!」
「はい?」
「決まった?」
「は、はい」
「…………」
母が、
少しだけ笑っている。
「何でしょうか?」
「別に?」
「…………」
何か。
含みのある言い方です。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
「…………」
運ばれてきた料理を、
一口。
「…………」
美味しい。
「いろは」
「はい?」
「最近、何かあった?」
「…………」
「何か、とは?」
「何かは、何かよ」
「…………」
随分と、
曖昧です。
「別に悪い意味じゃないの」
母が、
料理を口に運ぶ。
「なんだか最近」
「楽しそうだから」
「…………」
「私が、ですか?」
「ええ」
「…………」
楽しそう。
「…………」
自分では、
よく分かりません。
「それに」
「?」
「スマートフォンも、よく見るようになったでしょう?」
「…………!」
「そうでしょうか」
「そうよ」
「…………」
「誰かと、よく連絡してるの?」
「…………」
母は。
こういうところだけ、
妙に鋭いのです。
「…………」
「大学の友人です」
「そう?」
「はい」
「…………」
嘘では、
ありません。
結衣とは、
連絡を取ります。
「ふうん」
「…………」
母が、
それ以上聞いてくることはなかった。
「…………」
ですが。
なぜでしょう。
「…………」
少しだけ、
見透かされているような気がします。
「いろは」
「はい?」
「冷めるわよ」
「…………!」
「いただきます」
「ふふっ」
「…………」
私は、
もう一度料理を口に運ぶ。
「…………」
そして。
テーブルの端に置いた、
スマートフォンへ。
「…………」
ほんの一瞬だけ。
視線を向けた。
◇
食事を終え。
母と並んで、
店を出る。
「次は買い物ね」
「はい」
「秋祭りの準備で、いくつか必要なものがあるの」
「もう、その時期なのですね」
「ええ」
「…………」
秋祭り。
毎年、
九月に入ると。
少しずつ、
準備が始まる。
「今年も忙しくなりそうですね」
「そうね」
「お父様も、張り切っていらっしゃいました」
「…………」
母が、
小さくため息をつく。
「張り切りすぎなければいいんだけど」
「?」
「毎年そうでしょう?」
「…………」
確かに。
「今年もきっと」
「自分で何でもやろうとするわよ」
「…………」
私は、
少し笑う。
「お父様らしいです」
「そこが心配なのよ」
「ふふっ」
「…………」
この時は。
母のその言葉が、
まさか本当になるとは。
まだ、
思ってもいませんでした。
◇
買い物を終え、
神社へ戻る。
「いろは、これお願い」
「はい」
「私はこっちを片づけてくるわね」
「分かりました」
「…………」
買ってきたものを、
一つずつ整理していく。
「…………」
秋祭り。
まだ、
少し先。
「…………」
ですが。
こうして準備が始まると。
季節が、
また一つ進んだように感じます。
「いろは」
「はい?」
「お父さん見なかった?」
「いえ」
「さっきまで、この辺にいたんだけど」
「…………」
「倉庫でしょうか?」
「そうかもしれないわね」
「…………」
その時。
「……っ!」
「…………!」
奥から、
声が聞こえた。
「お父様?」
「あなた?」
「…………」
母と顔を見合わせる。
「…………」
急いで、
声のした方へ向かった。
「…………」
倉庫の前。
父が、
腰に手を当てたまま。
妙な姿勢で、
固まっていた。
「お父様……?」
「…………」
「大丈夫だ」
「その姿で仰られても、説得力がございません」
「…………」
母が、
父のそばへ駆け寄る。
「あなた、まさか……」
「いや」
「少し、腰を……」
「少し?」
「…………」
「重いものは後にしましょうって、言ったでしょう?」
「これくらいなら大丈夫だと思ったんだ」
「…………」
先ほどの、
母の言葉。
『自分で何でもやろうとするわよ』
「…………」
見事に。
当たってしまいました。
「とにかく」
「今日はもう、何もしないでください」
「しかし、祭りの準備が」
「お父様」
「…………」
「何もしないでください」
「…………」
父が、
黙る。
「あなた」
母が、
父の腕を支える。
「いろはの言う通りよ」
「今日は休みましょう」
「…………」
「分かった」
「…………」
ようやく。
諦めてくださったようです。
「いろは」
「はい」
「悪いけど、残りは明日にしましょう」
「分かりました」
「…………」
明日。
「…………」
倉庫の中を見る。
まだ、
手をつけていないものが。
いくつも残っている。
「…………」
秋祭りの準備は。
始まったばかりです。
◇
夜。
「…………」
お風呂を済ませ、
自室へ戻る。
「…………」
スマートフォンを、
手に取る。
「…………」
佐伯さん。
『今日はバイト、お疲れ様でした』
送信。
「…………」
少しして。
『ありがとうございます』
『水瀬さんは、今日は何してたんですか?』
「…………」
今日。
「…………」
母との、
お昼。
買い物。
そして。
「…………」
『今日は母と出かけておりました』
『午後からは、秋祭りの準備をしていたのですが』
「…………」
指が、
止まる。
『父が、腰を痛めてしまいまして』
「…………」
送信。
「…………」
すぐに。
既読がついた。
◇
「…………」
『父が、腰を痛めてしまいまして』
「…………」
宮司さんが?
『大丈夫なんですか?』
送信。
「…………」
少しして。
『しばらくは、無理をしない方がよいそうです』
「…………」
しばらく。
「…………」
『秋祭りの準備、大丈夫なんですか?』
送信。
「…………」
『はい』
『父ができない分は、母と私で進めることになりました』
「…………」
『大変ですね』
『無理しないでくださいね』
『ありがとうございます』
「…………」
少しして。
『佐伯さんは、今日はお忙しかったですか?』
「…………」
『今日は結構忙しかったです』
『でも、実家のお土産は渡せました』
「…………」
『皆様、喜ばれていましたか?』
『井上さんは喜んでくれました』
「…………」
少し考える。
『マスターは、自分だけ別のお土産が欲しかったみたいです』
「…………」
送信。
「…………」
すぐに。
『ふふっ』
「…………」
文字だけなのに。
水瀬さんが笑っている顔が、
浮かんだ。
◇
「…………」
『マスターは、自分だけ別のお土産が欲しかったみたいです』
「…………」
いかにも、
あの方らしい。
『ふふっ』
送信。
「…………」
今朝、
佐伯さんに会って。
昼間は、
母と出かけて。
夜は、
こうしてお話ししている。
「…………」
特別なことなど、
何もない一日。
「…………」
それでも。
今日あったことを、
佐伯さんに話して。
佐伯さんの一日を、
聞いている。
「…………」
いつの間にか。
それが、
当たり前になりつつあった。
「…………」
しばらく、
他愛のない話を続ける。
「…………」
そして。
『そろそろ休みます』
「…………」
『はい』
『おやすみなさい、佐伯さん』
『おやすみなさい』
「…………」
これで、
今日のお話は終わり。
「…………」
そう思った時。
もう一つ、
メッセージが届いた。
『また明日』
「…………」
また明日。
「…………」
朝にも、
交わした言葉。
『はい』
少しだけ、
指を止める。
「…………」
『また明日』
送信。
「…………」
送信した文字を、
もう一度見る。
「…………」
また明日。
「…………」
以前から、
何度も交わしてきた言葉。
「…………」
ですが。
朝に交わして。
夜にも交わす。
「…………」
その間にあった、
お互いの一日まで。
少しずつ、
知るようになった。
「…………」
明日になれば。
また、
佐伯さんに会える。
「…………」
それが今は。
とても自然なことのように、
思えました。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
繋がっている、
一日の終わりの時間。
いつの間にか。
自然と、
会話ができていた。




