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離れて、近づけた

翌朝。


「…………」


「みなとおじちゃん」


「…………」


「みなとおじちゃーん」


「…………」


「起きてー!」


「…………」


布団が、


大きく揺れる。


「……何時?」


「ろくじ!」


「…………」


六時。


「おさんぽ行こ!」


「海!」


「…………」


早い。


あまりにも、


早い。


「まだ寝てていい時間だろ……」


「もう朝だよ?」


「おひさま出てるよ?」


「…………」


正論を、


二人同時にぶつけないでほしい。


「みなとおじちゃん!」


「行こ!」


「…………」


帰省二日目。


どうやら俺に、


二度寝という選択肢はないらしい。


     ◇


「走るなよー」


「はーい!」


「はーい!」


「…………」


絶対、


分かってない。


「…………」


二人の後ろを歩きながら、


港へ向かう。


「…………」


潮の匂い。


船のエンジン音。


遠くから聞こえる、


海鳥の声。


「…………」


昔から、


ほとんど変わらない。


「湊くん?」


「…………」


声に振り向く。


「やっぱり湊くんだ」


「あ、おはようございます」


「帰ってたの?」


「昨日から。明日には戻ります」


「そうなの。お母さん喜んでたでしょ」


「まあ……たぶん」


「ふふっ」


「…………」


少し歩けば、


誰かに声をかけられる。


「…………」


昔は。


それが少し、


面倒だった。


「みなとおじちゃん!」


「はやくー!」


「はいはい」


「…………」


でも。


久しぶりに歩くと。


「…………」


こういうのも、


悪くない。


「みなとおじちゃん!」


「ん?」


「見て!」


「…………」


堤防の端。


二人が、


海を覗き込んでいる。


「おさかな!」


「どこ?」


「そこ!」


「…………」


指さす先を見る。


「……いないけど」


「いるよ!」


「いる!」


「…………」


見えない。


「みなとおじちゃん、目わるい!」


「おじちゃんだから?」


「誰がおじちゃんだ」


「おじちゃん!」


「…………」


そうだった。


「…………」


二人が、


声を上げて笑う。


「…………」


スマートフォンを取り出し、


海へ向ける。


「…………」


昨日とは、


少し違う景色。


港と、


二人の小さな背中。


「…………」


一枚。


「…………」


撮った写真を見る。


「…………」


水瀬さんにも、


見せようかな。


「…………」


そう思ったことが。


昨日より、


ずっと自然になっていた。


「次、あっち!」


「まだ行くの?」


「行く!」


「学校!」


「…………」


学校?


「パパの学校!」


「…………」


ああ。


兄貴の。


「みなとおじちゃんも行ってたんでしょ?」


「行ってたよ」


「ほんと?」


「なんで疑うんだよ」


「…………」


二人に引っ張られるように、


港を離れる。


「…………」


しばらく歩くと。


見覚えのある、


校舎が見えてきた。


「…………」


懐かしい。


「ここ?」


「そう」


「みなとおじちゃん、ここでお勉強してたの?」


「一応」


「一応?」


「…………」


余計なところを、


拾わなくていい。


「…………」


校門の前で、


足を止める。


「…………」


高校生だった頃。


この門を出た先に、


何があるのか。


考えたことは、


あった。


「…………」


でも。


自分が何をしたいのかなんて。


あの頃の俺には、


まだ分からなかった。


「…………」


校舎を見上げる。


「…………」


卒業して。


大学へ行って。


就活して。


何社も落ちて。


「…………」


それでも。


ようやく、


自分で決めた。


「…………」


『最後はちゃんと、自分で決めた』


昨日の、


兄貴の言葉。


「…………」


あの頃の俺が、


今の俺を見たら。


何て言うんだろう。


「…………」


「みなとおじちゃん?」


「ん?」


「なに見てるの?」


「…………」


「いや」


スマートフォンを、


取り出す。


「懐かしいなって思って」


「…………」


校舎へ、


カメラを向ける。


「…………」


一枚。


「…………」


また。


水瀬さんに、


見せたいものが増えた。


「みなとおじちゃん!」


「今度は何?」


「おなかすいた!」


「わたしも!」


「…………」


まだ朝飯、


食べたばっかだろ。


「…………」


「帰ったら何かあるだろ」


「やだ!」


「なんで」


「あれ食べたい!」


「…………」


二人が指さす。


「…………」


昔からある、


小さな店。


「まだあったんだ」


「行こ!」


「行こー!」


「…………」


結局。


二人に手を引かれ、


店へ向かう。


「…………」


子どもの頃。


兄貴と小銭を握って、


何度も来た店。


「…………」


高校生になってからも。


帰り道に、


友達と寄った。


「…………」


久しぶりに入る店は。


記憶の中より、


少しだけ小さく見えた。


「いらっしゃい」


「…………」


店の奥から、


聞き覚えのある声。


「三つ!」


「これ!」


「…………」


双子が、


慣れた様子で注文していく。


「お前ら、自分で払えよ」


「おかねない!」


「ない!」


「堂々と言うな」


「…………」


財布を取り出す。


「じゃあ、三つください」


「はいよ」


「…………」


店の人が、


俺の顔を見る。


「……あれ?」


「?」


「湊くん?」


「…………」


「はい」


「やっぱり」


「…………」


懐かしそうに、


笑われる。


「大きくなったねえ」


「もう二十一ですよ」


「私から見たら、まだ子どもだよ」


「…………」


敵わない。


「…………」


商品を受け取る。


「ほら」


「やったー!」


「ありがとう、みなとおじちゃん!」


「…………」


二人は、


すぐに食べ始める。


「…………」


俺も一口。


「…………」


懐かしい味。


「…………」


変わったものも、


たくさんある。


それでも。


変わらず残っているものも、


ちゃんとある。


「…………」


そんなことを思いながら。


俺は、


二人と並んで歩き出した。


     ◇


昼前。


ようやく、


実家へ戻る。


「ただいまー!」


「ただいま!」


「…………」


二人が、


勢いよく中へ入っていく。


「おかえり」


「…………」


兄貴が、


玄関先で俺を見る。


「ずいぶん長い散歩だったな」


「誰の娘のせいだよ」


「楽しそうだったじゃん」


「…………」


否定は、


しない。


「…………」


部屋へ戻り、


ベッドに腰を下ろす。


「…………」


スマートフォンを、


取り出す。


「…………」


今朝撮った、


写真。


港。


双子。


高校。


「…………」


どれから、


送ろう。


「…………」


少し迷って。


港の写真を選ぶ。


『今日は姪たちと、町を散歩してました』


送信。


「…………」


続けて、


写真を一枚。


『今朝の港です』


「…………」


送信。


「…………」


少しして。


既読がつく。


「…………」


その文字だけで。


なぜか、


少し嬉しくなった。


     ◇


「…………」


ぶるっ。


「…………」


佐伯さん。


『今日は姪たちと、町を散歩してました』


「…………」


姪。


「…………」


そういえば。


お兄様がいらっしゃるとは、


伺いましたが。


「…………」


お子様も、


いらっしゃるのですね。


「…………」


続いて、


写真が届く。


「…………」


港。


青い海と、


並んだ二人の小さな背中。


「…………」


可愛い……。


『姪御さん、お二人なのですね』


送信。


「…………」


すぐに、


返事が届く。


『双子です』


「…………」


双子。


『とても可愛らしいですね』


「…………」


少しして。


『元気すぎて大変です笑』


「…………ふふっ」


今朝の佐伯さんが、


少しだけ想像できる。


「…………」


私の知らない町で。


私の知らない、


佐伯さんの朝。


「…………」


それを。


こうして、


少しずつ見せてもらえることが。


「…………」


嬉しい。


「…………」


もう一度、


写真を見る。


「…………」


小さな背中の、


少し後ろ。


「…………」


きっと。


この写真を撮っている、


佐伯さんがいる。


「…………」


姪御さんと、


どんなお話をされたのでしょう。


「…………」


どんな顔で、


歩いていたのでしょう。


「…………」


知りたい。


「…………」


そう思った時。


また、


写真が届いた。


「…………」


今度は。


大きな校舎。


『俺が通ってた高校です』


「…………」


高校。


「…………」


佐伯さんが、


高校生だった頃。


「…………」


当然、


あったはずなのに。


なぜでしょう。


少し、


不思議です。


「…………」


『佐伯さんも、高校生だったのですね』


送信。


「…………」


あ。


「…………」


違います。


これではまるで。


佐伯さんが、


最初から大学生だったとでも。


「…………」


すぐに、


既読がつく。


『そりゃそうですよ笑』


「…………」


「ふふっ」


やはり、


少し変なことを言ってしまいました。


     ◇


「…………」


『そりゃそうですよ笑』


送信。


「…………」


自分で送ってから、


少し笑う。


「…………」


水瀬さんらしい。


「…………」


『すみません』


「…………」


『少し不思議に感じてしまって』


「…………」


不思議?


『何がですか?』


「…………」


少しして。


返事が届く。


『私が知っているのは』


『今の佐伯さんだけですので』


「…………」


指が、


止まる。


「…………」


今の、


俺だけ。


「…………」


昨日は、


実家のこと。


今日は、


この町や高校のこと。


「…………」


俺も。


水瀬さんのことを、


まだほとんど知らない。


「…………」


『じゃあ』


そこまで打って。


少し考える。


『これから知ってもらえたら嬉しいです』


「…………」


送信。


「…………」


そして。


『俺も、水瀬さんのこと』


「…………」


指が、


一度止まる。


『もっと知りたいです』


送信。


     ◇


「…………」


『これから知ってもらえたら嬉しいです』


「…………」


これから。


「…………」


その言葉を、


ゆっくり読み返す。


「…………」


そして。


もう一つ。


『俺も、水瀬さんのこと』


『もっと知りたいです』


「…………」


胸の奥が、


きゅっとなる。


「…………」


佐伯さんが。


私を、


もっと知りたい。


「…………」


嬉しい。


「…………」


ですが。


同時に、


頭に浮かんだのは。


「…………」


推し。


「…………」


ライブ。


グッズ。


新曲。


「…………」


昨夜。


言えなかった、


私の好きなもの。


「…………」


『私もです』


そこまで打つ。


「…………」


そして。


もう一度、


指を動かした。


『今度、私の好きなもののお話も』


「…………」


止まる。


「…………」


まだ。


少しだけ、


恥ずかしい。


「…………」


それでも。


『聞いていただけますか?』


「…………」


送信。


     ◇


「…………」


『今度、私の好きなもののお話も』


『聞いていただけますか?』


「…………」


水瀬さんの、


好きなもの。


「…………」


昨日。


趣味を聞いた時は、


読書と言っていた。


「…………」


それとは、


別の何か。


「…………」


『もちろんです』


送信。


「…………」


少し考えて。


『楽しみにしてます』


「…………」


送信。


「…………」


今度。


「…………」


その言葉が、


少しずつ増えていく。


料理の写真。


おすすめの本。


この町の案内。


そして、


水瀬さんの好きなもの。


「…………」


まだ知らないことが、


たくさんある。


「…………」


でも。


それを知るための、


これからもある。


「…………」


そんなことが。


少しだけ、


嬉しかった。


     ◇


夕方。


「みなとおじちゃん!」


「ん?」


「明日、帰っちゃうの?」


「…………」


「ああ」


「やだ!」


「帰っちゃだめ!」


「無茶言うなよ」


「…………」


二人が、


左右から腕にしがみつく。


「また来るから」


「いつ?」


「…………」


いつ。


「そのうち」


「そのうちっていつ?」


「…………」


子ども相手に、


そのうちは通用しないらしい。


「じゃあ……」


少し考える。


「今度は、もうちょっと長くいるよ」


「ほんと?」


「約束!」


「…………」


「分かった。約束」


「やったー!」


「…………」


二人が、


嬉しそうに笑う。


「…………」


約束。


「…………」


そういえば。


この二日で。


俺にも、


いくつか増えた。


「…………」


帰ったあとの、


約束が。


     ◇


三日目。


「じゃあ、行ってくる」


「気をつけてね」


「うん」


「また来いよ」


「分かってる」


「…………」


玄関を出る。


「みなとおじちゃん!」


「…………」


振り返る。


双子が、


こちらへ走ってくる。


「またね!」


「約束だからね!」


「…………」


「ああ」


「またな」


「…………」


二人に手を振り、


歩き出す。


「…………」


潮の匂い。


見慣れた町。


「…………」


昨日歩いた、


港へ続く道。


「…………」


スマートフォンを、


取り出す。


『今から帰ります』


「…………」


送信。


     ◇


「…………」


ぶるっ。


「…………」


『今から帰ります』


「…………」


帰って、


くる。


「…………」


たった三日。


それも。


毎日、


お話ししていた。


「…………」


海も。


港も。


佐伯さんが通っていた、


高校も。


「…………」


会っていないのに。


この三日間で、


知らなかった佐伯さんを、


たくさん知った。


「…………」


それなのに。


『お気をつけて』


送信。


「…………」


もう一言。


指を動かす。


『お帰りを、お待ちしております』


「…………」


送信。


「…………」


会えなかった、


三日間。


以前は。


ただ、


不安だった。


「…………」


でも今は。


帰ってくると、


知っている。


「…………」


そして。


明日の朝には、


また会える。


「…………ふふっ」


     ◇


恋愛経験ゼロ。


妄想の中では恋愛無双。


会えなかった、

三日間。


それでも。

時間を共有し、


あなたをより知れた、

三日間。

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