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名前だけの、はじまり。

「…………」


画面には、


佐伯さんの名前。


「…………」


連絡先を、


交換した。


これで、


いつでも連絡できる。


「…………」


いつでも……。


「…………」


では。


何を送れば、


いいのでしょう。


「…………」


入力画面を、


開く。


「…………」


『今日は、ありがとうございました』


「…………」


……何に対してでしょう。


削除。


「…………」


『お土産、ありがとうございました』


「…………」


これなら、


自然です。


「…………」


あとは、


送るだけ。


「…………」


送信。


「…………」


このボタンを、


押すだけ。


「…………」


なのに。


指が、


動かない。


「…………」


もし、


迷惑だったら。


「…………」


もし、


返信が来なかったら。


「…………」


そもそも。


お土産のお礼なら、


直接言えばよかったのでは……。


「…………」


削除。


「…………」


もう一度、


何もない入力欄を見つめる。


「…………」


連絡先を知れば、


もっと簡単に、


佐伯さんと話せると思っていた。


「…………」


まさか。


その一言目で、


これほど悩むことになるとは……。


「…………」


『佐伯さんは、今何をされていますか?』


「…………」


これは……。


「…………」


恋人ですか、


私は。


削除。


「…………」


『今日は暑かったですね』


「…………」


天気……。


「…………」


なぜ私は、


佐伯さんと天気のお話を……。


削除。


「…………」


駄目です。


何を書いても、


不自然に思えてしまう。


「…………」


スマートフォンを、


机に置く。


「…………」


今日は、


やめておきましょう。


「…………」


そう決めて、


椅子から立つ。


「…………」


三歩。


「…………」


戻る。


「…………」


再び、


スマートフォンを手に取る。


「…………」


だって。


佐伯さんから、


来るかもしれませんし……。


「…………」


画面を見る。


「…………」


何も、


来ていない……。


「…………」


やはり。


私から、


送るべきなのでしょうか。


「…………」


入力画面を、


開く。


「…………」


『佐伯さん』


「…………」


まずは、


お名前を。


「…………」


その後に、


何を……。


「…………」


お土産のお礼?


それとも、


夜分に申し訳ありません、と……。


「…………」


考えながら、


画面に触れる。


「…………」


あ。


「…………」


今、


何を……。


「…………」


画面を見る。


『佐伯さん』


「…………」


送信……済み。


「…………」


え。


「…………」


えっ。


「…………」


待ってください。


名前だけ?


「…………」


佐伯さんの名前だけ、


送ってしまいました……!


     ◇


「…………」


スマートフォンを、


見る。


水瀬いろは。


「…………」


何してるんだ、


俺。


「…………」


さっきから、


開いては閉じて。


また開いて。


「…………」


連絡先を交換したんだから、


送ればいい。


「…………」


ただ、


何を……?


「…………」


入力欄を、


タップする。


『今日は――』


「…………」


指が、


止まった。


「…………」


今日は……。


何だよ。


「…………」


『今日は、お土産受け取ってくれてありがとうございました』


「…………」


いや。


渡したのは、


俺だろ。


削除。


「…………」


『お土産、よかったら食べてください』


「…………」


もう渡した。


削除。


「…………」


『明日も神社に行きます』


「…………」


何の報告だよ。


削除。


「…………」


画面には、


また何もなくなる。


「…………」


水瀬さんと、


話したい。


「…………」


ただ、


それだけなのに。


「…………」


なんでこんなに、


難しいんだ。


「…………」


スマートフォンを、


ベッドの上に置く。


「…………」


今日は、


やめよう。


「…………」


明日の朝になれば、


会えるんだから。


「…………」


その時、


普通に話せばいい。


「…………」


そう思って、


部屋の電気を消す。


「…………」


ベッドに入る。


目を閉じる。


「…………」


三十秒。


「…………」


目を開ける。


「…………」


スマートフォンに、


手を伸ばす。


「…………」


水瀬いろは。


「…………」


……まだ、


起きてるかな。


「…………」


入力欄を、


もう一度開く。


「…………」


何か。


何か一つくらい、


あるだろ。


「…………」


考える。


「…………」


そして。


『水瀬さん』


「…………」


名前だけ、


打つ。


「…………」


その先が、


続かない。


「…………」


でも。


消すことも、


できなかった。


「…………」


その時。


画面の上に、


通知が現れる。


「…………」


水瀬いろは。


「…………」


え。


慌てて、


メッセージを開く。


「…………」


『佐伯さん』


「…………」


名前だけ。


「…………」


俺と、


同じだった。


「…………」


思わず、


笑ってしまう。


「…………」


何を悩んでたんだ、


俺。


「…………」


『はい』


送信。


「…………」


すぐに、


既読がつく。


「…………」


そして。


『夜分に申し訳ありません』


「…………」


水瀬さんらしい。


『大丈夫です。まだ起きてました』


「…………」


送信。


「…………」


また、


すぐに既読。


「…………」


少しして。


『お土産、ありがとうございました』


「…………」


やっと、


来た。


「…………」


たった一言。


それだけなのに。


「…………」


嬉しい。


「…………」


『どういたしまして』


送信。


「…………」


これで、


終わり……?


「…………」


いや。


「…………」


終わらせたくない。


「…………」


今度は、


迷わず入力欄を開いた。


『水瀬さんは、まだ寝ないんですか?』


「…………」


送信。


「…………」


すぐに、


既読。


「…………」


でも。


返信は、


来ない。


「…………」


何か、


変だったか?


「…………」


聞き方、


まずかった?


「…………」


数秒後。


画面に、


文字が表示される。


『もう少し起きています』


「…………」


よかった。


『俺もです』


「…………」


送信。


「…………」


……いや。


これでは、


会話が終わる。


「…………」


もう一度、


入力欄を開く。


『じゃあ、もう少し話しませんか?』


「…………」


指が、


止まる。


「…………」


これは。


「…………」


送って、


いいのか……?


「…………」


送る。


「…………」


既読。


「…………」


一秒。


二秒。


「…………」


返事が、


来ない。


「…………」


やっぱり、


急だったか。


「…………」


取り消したい。


「…………」


でも、


もう読まれてる。


「…………」


その時。


『はい』


「…………」


続けて、


もう一つ。


『私も、もう少しお話ししたいです』


「…………」


胸の奥が、


少しだけ熱くなる。


「…………」


『じゃあ』


「…………」


そこまで打って、


手が止まる。


「…………」


何を、


話そう。


「…………」


話したいと言ったくせに。


話したいことなんて、


何も考えていなかった。


「…………」


『何か、話したいことありますか?』


「…………」


送信。


「…………」


すぐに、


既読。


『そうですね……』


「…………」


しばらくして。


『佐伯さん』


「はい」


「…………」


思わず、


声に出していた。


『今日、何をされていましたか?』


「…………」


今日。


大学へ行って。


バイトして。


「…………」


その間、


ずっと。


水瀬さんのことを、


考えていた。


「…………」


さすがに、


それは言えない。


『大学で卒論やって、そのあとバイトでした』


「…………」


送信。


『卒論、大変そうですね』


「…………」


大変だった。


主に、


水瀬さんのせいで。


「…………」


言えるわけないけど。


「…………」


『水瀬さんは?』


「…………」


送信。


『私は、神社のお手伝いをしていました』


「…………」


いつも通り、


水瀬さんらしい一日。


『そうなんですね』


「…………」


送信。


「…………」


また、


会話が止まる。


「…………」


何か。


もう少し。


「…………」


その時。


『あの』


「…………」


『はい』


『こうして佐伯さんとお話しするのは』


「…………」


少し間が空く。


『なんだか、不思議ですね』


「…………」


不思議。


「…………」


たしかに。


毎朝、


顔を合わせて。


話して。


「また明日」と、


別れていた。


「…………」


なのに今は。


会っていないのに、


話している。


「…………」


『俺も、不思議です』


送信。


「…………」


少し考えて。


もう一つ、


打つ。


『いつもは神社でしか話さないですもんね』


「…………」


既読。


『はい』


「…………」


そして。


『でも』


「…………」


続きが、


なかなか来ない。


「…………」


『こうしてお話しできるのも』


「…………」


また、


少し間が空く。


『嬉しいです』


「…………」


指が、


止まる。


「…………」


嬉しい。


「…………」


俺と、


話せることが。


「…………」


『俺もです』


送信。


「…………」


今度は、


迷わなかった。


     ◇


「…………」


『俺もです』


「…………」


その四文字を、


もう一度見る。


「…………」


俺も。


「…………」


ということは。


佐伯さんも、


私と話せることが、


嬉しい……。


「…………」


頬が、


緩む。


「…………」


いけません。


ただ、


メッセージをしているだけです。


「…………」


なのに。


もう一度、


画面を見る。


『俺もです』


「…………」


嬉しい……。


「…………」


たった四文字なのに。


どうして、


こんなに嬉しいのでしょう。


     ◇


しばらくして。


『そろそろ寝ますね』


「…………」


『はい』


『おやすみなさい、佐伯さん』


「…………」


『おやすみなさい』


送信。


「…………」


画面には、


今日交わした言葉が、


残っている。


「…………」


たった、


これだけ。


「…………」


それなのに。


明日の朝、


佐伯さんに会うのが。


昨日までより、


少しだけ楽しみだった。


     ◇


恋愛経験ゼロ。


妄想の中では恋愛無双。


名前だけだった、


連絡先。


そこに初めて、


二人の時間が残った。

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