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脳内迷走

神社を出てから、


何度目だろう。


「…………」


ポケットから、


スマートフォンを取り出す。


「…………」


画面を開く。


そこにある、


一つの名前。


水瀬いろは。


「…………」


連絡先を、


交換した。


「…………」


ただ、


それだけなのに。


また、


画面を見てしまう。


「…………」


何やってんだ、


俺。


スマートフォンを、


ポケットに戻す。


「…………」


数歩、


歩く。


「…………」


また、


取り出す。


「…………」


水瀬いろは。


「…………」


別に、


何か送るわけでもない。


「…………」


ただ。


名前があることを、


確認してしまう。


     ◇


夏休み中の大学は、


いつもより静かだった。


「…………」


卒論の資料を開く。


目を通す。


「…………」


一行。


二行。


「…………」


気づけば、


スマートフォンに手が伸びていた。


「…………」


水瀬いろは。


「…………」


まただ。


画面を閉じる。


「…………」


集中しろ。


卒論を進めるために、


わざわざ大学まで来たんだ。


「…………」


もう一度、


資料に目を落とす。


「…………」


『三日も、来ないから……』


「…………」


泣いていた、


水瀬さん。


「…………」


俺が、


三日いなかっただけで。


「…………」


あんなに、


心配してくれた。


「…………」


どうして……。


「…………」


どうして、


あんなに――


「…………」


いや。


それを考える前に。


「…………」


俺は。


どうして、


こんなに水瀬さんのことを、


考えてるんだ。


「佐伯」


「…………」


「佐伯?」


「え?」


顔を上げる。


「何ぼーっとしてんの?」


「……悪い」


「卒論、全然進んでないじゃん」


「…………」


画面を見る。


確かに、


ほとんど進んでいない。


「ちょっと考え事してた」


「珍しいな」


「そうか?」


「うん」


「…………」


考え事。


「…………」


そう言ってしまえば、


それだけだけど。


「…………」


頭に浮かんでいるのは、


ずっと同じ人だった。


     ◇


大学を出て、


そのままバイト先へ向かう。


「おはようございます」


「おはよ、佐伯くん」


「…………」


カウンターの奥から、


井上さんが顔を出す。


井上真由さん。


俺より年上の、


バイト先の先輩。


「今日、早いね」


「大学が思ったより早く終わったんで」


「へえ」


「…………」


エプロンをつけ、


仕事に入る。


「佐伯くん、三番お願い」


「はい」


「…………」


注文を取り、


食器を下げる。


いつも通りの、


仕事。


「…………」


なのに。


ふとした瞬間、


思い出す。


『こんな思いするの……』


『嫌なんです……』


「…………」


あの時の、


水瀬さんの顔。


「…………」


「佐伯くん」


「…………」


「佐伯くん?」


「え?」


「それ」


井上さんが、


俺の手元を指差す。


「いつまで拭いてるの?」


「…………」


見る。


同じグラスを、


ずっと拭いていた。


「……すみません」


「別にいいけど」


「…………」


井上さんが、


じっと俺を見る。


「何ですか?」


「いや」


「…………」


「なんかあった?」


「…………」


「別に」


「ふーん」


「…………」


その返事が、


妙に引っかかった。


「佐伯くん」


「はい」


「五番、コーヒー二つ」


「分かりました」


「…………」


カップを用意する。


「…………」


コーヒーを注ぎながら、


また考える。


「…………」


水瀬さんは、


どうしてあんなに――


「…………」


「佐伯くん」


「はい?」


「溢れてる」


「え?」


「コーヒー」


「…………」


「あっ」


慌てて手を止める。


「…………」


井上さんが、


呆れたようにこちらを見る。


「やっぱり、なんかあったでしょ」


「…………」


「何もないです」


「へえ」


「…………」


「旅行から帰ってきてから、ずっとそんな感じ?」


「いや……」


「じゃあ今日?」


「…………」


今日。


「…………」


神社。


水瀬さん。


涙。


連絡先。


「…………」


「まあ……」


「?」


「ちょっと」


「ちょっと?」


「…………」


「気になることがあって」


「ふーん」


「…………」


井上さんは、


それ以上聞いてこなかった。


「…………」


その方が、


助かった。


「…………」


俺自身、


まだ。


何がこんなに気になっているのか、


分かっていなかった。


     ◇


休憩時間。


バックヤードの椅子に座る。


「…………」


ポケットから、


スマートフォンを取り出す。


「…………」


また、


開いていた。


水瀬いろは。


「…………」


何度見ても、


名前がある。


「…………」


『連絡先を……』


『教えてください……』


「…………」


あの時。


俺は、


嬉しかった。


「…………」


水瀬さんと、


連絡先を交換できたことが。


「…………」


それだけじゃない。


泣くほど、


心配してくれたことも。


「…………」


嬉しかった。


「…………」


でも。


それって――


「…………」


「佐伯くん」


「っ」


慌てて、


画面を伏せる。


「…………」


井上さんが、


缶コーヒーを片手に立っていた。


「何?」


「何がですか」


「今、隠したでしょ」


「隠してません」


「ふーん」


「…………」


井上さんが、


向かいの椅子に座る。


「…………」


「女の子?」


「…………」


「なんでそうなるんですか」


「その反応」


「…………」


「分かりやす」


「…………」


俺って、


そんなに分かりやすいのか。


「別に……」


「うん」


「まだ、そういうんじゃないです」


「そういう?」


「…………」


「だから」


「はいはい」


「…………」


なんだ、


その顔。


「ただ……」


「うん」


「その人のことを」


「…………」


言葉が、


止まる。


「その人のことを?」


「…………」


どう言えばいいんだ。


「気づくと……」


「うん」


「考えてるんです」


「…………」


井上さんが、


缶コーヒーを一口飲む。


「大学にいても」


「うん」


「バイトしてても」


「…………」


「気づいたら、その人のこと考えてて」


「…………」


「なんでなのか……」


自分でも、


分からない。


「…………」


井上さんは、


少しだけ笑った。


「そっか」


「…………」


「それだけですか?」


「何が?」


「いや……」


「…………」


もっと何か、


言われると思っていた。


「佐伯くん」


「はい」


「自分で分かってないこと、私が決めても仕方ないでしょ」


「…………」


「まあ、ゆっくり考えれば?」


「…………」


ゆっくり。


「…………」


そう言われても。


考えようとしなくても、


浮かんでくるから、


困ってるんだけど。


     ◇


バイトを終え、


店を出る。


「お疲れさまでした」


「お疲れ、佐伯くん」


「はい」


「…………」


外は、


まだ少し明るい。


「…………」


歩きながら、


今日一日を思い返す。


大学でも。


バイト先でも。


「…………」


結局、


ずっと考えていた。


「…………」


水瀬さんのことを。


「…………」


会えば、


嬉しい。


話せば、


楽しい。


「また明日」と言われれば、


明日が少し楽しみになる。


「…………」


三日ぶりに会えた時は、


嬉しかった。


泣くほど心配してくれたことも、


嬉しかった。


「…………」


それに。


今だって――


「…………」


明日の朝になれば、


また会える。


「…………」


なのに。


もう、


会いたいと思っている。


「…………」


これって――


「…………」


俺は、


水瀬さんのことを……。


     ◇


「…………」


夕食を終え、


自室へ戻る。


「…………」


机の上に、


スマートフォンを置く。


「…………」


少しして、


また手に取る。


「…………」


画面を開く。


そこにある、


一つの名前。


佐伯湊。


「…………」


今日、


交換したばかりの連絡先……


     ◇


恋愛経験ゼロ。


妄想の中では恋愛無双。


連絡先は知っている。


ただ、


その先がまだ描けない。

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