押された、背中
「…………」
もう来る事は、
ないんだ……。
「…………」
無理矢理、
己を納得させ、
石段に背を向けようとした時――
「…………」
足音。
「…………」
振り返る。
石段を、
一人の人影が上ってくる。
「…………」
見慣れた姿。
「…………」
あ。
「…………」
いた。
「水瀬さん?」
「…………」
佐伯さん。
「おはようございます」
「…………」
いつもと同じ。
何事もなかったように、
そこにいる。
「…………」
「水瀬さん?」
「…………」
「どうかしました?」
「…………」
どうかしましたですと……。
「…………」
でも。
良かった。
「…………」
「水瀬さん」
「はい……?」
「あ、そうだ」
佐伯さんが、
鞄の中を探る。
「これ」
「…………」
差し出された、
小さな紙袋。
「お土産です」
「…………」
「お土産……?」
「はい」
「この前、マスターが旅行当てたじゃないですか」
「…………」
「店のみんなで、行ってきたんです」
「…………」
旅行。
「二泊三日で」
「…………」
二泊三日……。
「それで、三日間……」
「はい」
「…………」
なんだ。
「…………」
それだけの事……か。
「水瀬さん?」
「…………」
よかった。
本当に、
よかった……。
「…………」
「えっ」
「…………」
頬を、
何かが伝った。
「水瀬さん!?」
「…………」
涙……?
「え、どうしたんですか?」
「…………」
どうしたって……。
「佐伯さんが……」
「俺?」
「三日も……」
「…………」
「三日も、来ないから……」
声が、
うまく出ない。
「…………」
「何かあったのかと……」
「…………」
「私……」
「水瀬さん……」
「連絡先……」
「え?」
「…………」
涙を拭う。
それでも、
止まらない。
「連絡先を……」
「…………」
「教えてください……」
「…………」
「もう……」
息を、
小さく吸う。
「こんな思いするの……」
「…………」
「嫌なんです……」
「…………」
佐伯さんが、
何も言わずに私を見る。
「…………」
「ごめんなさい」
「え……?」
「連絡、できなくて」
「…………」
「俺も、水瀬さんの連絡先……知らなかったから」
「…………」
そうでした。
佐伯さんも、
同じ。
「…………」
「交換しましょう」
「……はい」
「今」
「…………」
「はい……」
震える手で、
スマートフォンを取り出す。
「…………」
佐伯さんも、
スマートフォンを取り出した。
「これで……」
「…………」
「連絡できます」
「…………」
画面に表示された、
佐伯さんの名前。
「…………」
たった、
それだけ。
なのに。
「…………」
今までより、
少しだけ――
佐伯さんが、
近くなった気がした。
◇
三日。
たった、
三日だった。
「…………」
それなのに。
泣くほど、
心配してくれた。
「…………」
水瀬さんが。
俺のことを。
「…………」
そんなふうに思ってくれる人がいるなんて、
考えたこともなかった。
「…………」
旅行中も、
何度か思い出した。
綺麗な景色を見た時。
美味しいものを食べた時。
お土産を選んでいた時。
「…………」
気づけば、
水瀬さんの顔が浮かんでいた。
「…………」
そして今。
泣いている水瀬さんを見て、
胸の奥が、
妙に落ち着かない。
「…………」
俺は――
水瀬さんのことを、
どう思っているんだろう。
「…………」
いや。
今までだって、
何度も考えたことはある。
「…………」
朝になれば、
神社へ行く。
水瀬さんに会う。
話をする。
「また明日」と言って、
帰る。
「…………」
それが、
いつの間にか当たり前になっていた。
「…………」
でも。
三日ぶりに会った水瀬さんを見た瞬間。
「…………」
俺も――
嬉しかった。
「…………」
それだけは、
もう。
誤魔化せそうになかった。
「…………」
「佐伯さん?」
「え?」
「どうされました?」
「いや……」
「…………」
今度は、
俺が聞かれる番か。
「なんでもないです」
「…………」
「そうですか」
「はい」
「…………」
少し赤くなった目で、
水瀬さんがスマートフォンを見る。
「…………」
俺の名前が、
そこにある。
「…………」
俺のスマートフォンにも、
水瀬さんの名前。
「…………」
たったそれだけなのに。
なんだか、
嬉しかった。
「…………」
「じゃあ、俺そろそろ行きます」
「はい」
「…………」
いつもの朝。
いつもの別れ際。
「…………」
でも。
今日は、
少しだけ違う。
「水瀬さん」
「はい?」
「また明日」
「…………」
水瀬さんが、
少しだけ笑う。
「はい」
「また明日」
「…………」
その言葉が、
前より少しだけ、
嬉しく聞こえた。
「…………」
明日も、
会いたい。
「…………」
俺も、
そう思っていた。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
もう、
会えないと覚悟してた……。
「…………」
でも、今は。
その気持ちすら、
私を強くしてくれた。




