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いつもの景色

翌朝。


「おはようございます」


「おはようございます」


「…………」


いつもの朝。


いつもの石段。


いつもの佐伯さん。


「昨日、楽しかったですね」


「はい」


「金魚はどうされました?」


「ああ、店で飼うことになりました」


「そうなのですね」


「マスターが名前つけるって張り切ってました」


「…………」


「少し心配ですね」


「俺もです」


「…………」


思わず、


二人で笑う。


「じゃあ、そろそろ行きます」


「はい」


「…………」


「また明日」


「…………」


「はい。また明日」


佐伯さんが、


石段を下りていく。


「…………」


また明日。


昨日も、


今日も。


「…………」


いつもの言葉。


     ◇


「いろは」


「はい」


父に呼ばれ、


社務所へ戻る。


「十時から厄祓いのご祈祷が入っている」


「承知しました」


「その後は十一時から家内安全だ」


「はい」


「受付を頼む」


「分かりました」


「…………」


いつもの朝が終わり、


水瀬神社の一日が始まる。


     ◇


「本日は、厄祓いですね」


「はい」


「では、こちらにお名前とご住所をご記入ください」


「分かりました」


「…………」


記入された用紙を受け取る。


「ありがとうございます」


「ご祈祷まで、少々お待ちください」


「はい」


「…………」


やがて、


父が拝殿へ向かう。


「…………」


いつも見ている、


父の背中。


何度見たのかも、


覚えていない。


「いろは」


「はい?」


母の声に、


振り返る。


「次の方、お願いできる?」


「はい」


「家内安全のご祈祷です」


「承知しました」


「…………」


いつものように、


母から受け取る。


いつものように、


参拝者を迎える。


「こんにちは」


「こんにちは」


「本日は、ようこそお参りくださいました」


     ◇


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


ご祈祷を終えたご家族が、


父に頭を下げる。


「どうぞ、お気をつけて」


「はい」


「…………」


小さな男の子が、


父に手を振る。


「ばいばーい!」


「…………」


父も、


小さく手を振り返した。


「…………」


珍しい。


「いろは」


「はい?」


「何を見ている」


「いえ」


「…………」


父は、


何事もなかったように、


次の準備を始める。


「…………」


「いろは」


「はい」


今度は、


母に呼ばれる。


「こちら、お渡ししてきてくれる?」


「分かりました」


「…………」


授与品を受け取り、


先ほどのご家族のもとへ向かう。


「お待たせいたしました」


「ありがとうございます」


「…………」


「これで安心だね」


母親が、


男の子に笑いかける。


「うん!」


「…………」


その様子を、


少しだけ見送る。


「…………」


いつもと同じ。


何度も見てきた、


水瀬神社の一日。


「…………」


それなのに今日は、


少しだけ。


父と母の姿を、


目で追っていた。


     ◇


午後。


「こんにちは」


「こんにちは」


社務所の前に、


一人の女性が立っている。


「ご祈祷をお願いしたいのですが」


「はい。どちらのご祈願でしょうか?」


「安産祈願を」


「承知しました」


「…………」


必要事項を確認し、


受付を済ませる。


「少々お待ちください」


「ありがとうございます」


「…………」


しばらくして、


父が拝殿へ向かう。


私は、


いつものようにその背中を見送る。


「…………」


厄祓い。


家内安全。


安産祈願。


「…………」


願うことは、


人それぞれ。


その願いを持って、


ここへ来る。


「…………」


そういえば。


佐伯さんも、


そうでしたね。


「…………」


『内定がもらえますように』


「…………」


あの日も、


一つの願いから、


始まった。


     ◇


「いろは」


「はい?」


「少し休憩したら?」


母が、


湯呑みを置く。


「ありがとうございます」


「今日はよく働いたわね」


「いつも通りですが」


「そう?」


「はい」


「…………」


母が、


少しだけ笑う。


「何でしょう?」


「別に?」


「…………」


最近、


皆さんその返事がお好きですね。


「…………」


湯呑みに口をつける。


「お母様」


「なに?」


「…………」


「お母様は」


「うん」


「いつ頃から、ここでお父様と?」


「…………」


母の手が、


止まった。


「急にどうしたの?」


「いえ……」


「…………」


自分でも、


分からない。


ただ、


聞いてみたくなった。


「そうね……」


母は少し考えてから、


湯呑みに手を添える。


「結婚してからよ」


「そうなのですね」


「ええ」


「…………」


「大変ではありませんでしたか?」


「何が?」


「神社のことを覚えたり、参拝者の方に対応したり……」


「もちろん大変だったわよ」


「…………」


母が、


あっさり答える。


「今でも分からないことはあるし」


「お母様でも?」


「あるわよ」


「…………」


「でもね」


「はい」


「お父さんが一人でできることばかりじゃないでしょう?」


「…………」


母が、


拝殿の方を見る。


「だから私にできることをしてるだけ」


「…………」


「それに」


「?」


「嫌いじゃないのよ」


「…………」


「ここで、いろんな人を迎えるの」


「…………」


母は、


いつものように笑っている。


「いろは?」


「いえ……」


「…………」


知らなかった。


ずっと、


一緒にいたのに。


     ◇


「…………」


少しして、


父が社務所へ戻ってくる。


「次のご祈祷は?」


「本日は以上です」


「そうか」


「お疲れさま」


「ああ」


「…………」


父が、


いつもの場所に座る。


母が、


いつものようにお茶を出す。


「ありがとう」


「どういたしまして」


「…………」


何でもない、


いつもの光景。


「…………」


「いろは?」


「はい?」


「今日はよくこちらを見ているな」


「っ」


「そう?」


母まで、


こちらを見る。


「…………」


「見ておりません」


「そうか」


「はい」


「…………」


二人が、


顔を見合わせる。


「何ですか?」


「いや」


「何でもないわ」


「…………」


また、


その返事。


「…………」


まったく……。


湯呑みに、


もう一度口をつける。


「…………」


いつもと同じ、


水瀬神社。


いつもと同じ、


父と母。


「…………」


ずっと、


当たり前に見てきたもの。


なのに今日は、


少しだけ――


知らないものを、


見つけた気がした。


     ◇


恋愛経験ゼロ。


妄想の中では恋愛無双。


当たり前の日常が、


なぜか……


胸に引っかかる。


「…………」


なぜだろう……。

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