また、来年……も。
夏祭り当日。
「…………」
鏡の前に立つ。
「…………」
去年も着た、
淡い色の浴衣。
「いろはー、準備できた?」
「もう少しです」
「始まっちゃうよー」
「分かっています」
「…………」
帯を整える。
髪も、
いつもとは少しだけ違う。
「…………」
これで、
よろしいでしょうか。
「…………」
夏祭り。
小宮さんと行くだけ。
去年と、
同じ。
「…………」
なのに。
鏡を見るのは、
今日で何度目でしょう。
「いろはー?」
「今行きます!」
「…………」
最後にもう一度、
鏡を見る。
「…………」
別に。
誰かに見せるわけでは、
ないのですから。
◇
「遅い!」
「申し訳ありません」
「もう始まってるって」
「まだ始まったばかりでしょう?」
「そういう問題じゃないの」
「…………」
小宮さんも、
浴衣姿。
「似合っていますね」
「ありがと。いろはも」
「ありがとうございます」
「…………」
「やっぱり浴衣にして正解だったね」
「そうですね」
「去年のだけど」
「小宮さんもでしょう?」
「まあね」
「…………」
境内へ向かう人の流れに、
二人で混ざる。
遠くから、
祭囃子が聞こえてくる。
「何から行く?」
「そうですね……」
「りんご飴?」
「焼きそばも捨てがたいです」
「食べ物ばっかじゃん」
「お祭りですから」
「…………」
提灯の灯り。
浴衣姿の人たち。
並んだ屋台。
「…………」
去年と、
同じ夏祭り。
「…………」
なのに。
「いろは?」
「はい?」
「さっきから何見てるの?」
「…………」
「何も見ておりません」
「ふーん」
「…………」
人混みの中を、
もう一度だけ見る。
「…………」
探しているわけではありません……。
◇
「いろは、りんご飴!」
「はい」
「買お」
「先ほど焼きそばも食べたではありませんか」
「祭りは別腹」
「それは別腹の使い方が違うのでは……」
「細かいことはいいの」
「…………」
小宮さんに引かれるまま、
屋台へ向かう。
「二つください」
「はいよ!」
「…………」
赤いりんご飴を受け取る。
「いただきます」
「いただきまーす」
「…………」
甘い。
「おいしいね」
「はい」
「…………」
「あれ?」
「?」
小宮さんが、
人混みの向こうを見る。
「いろは」
「はい?」
「あれ……」
「…………」
視線の先。
「…………」
見覚えのある人が、
こちらへ歩いてくる。
「…………」
「佐伯くんじゃない?」
「…………」
佐伯さん。
その隣には、
マスターさん。
それから、
お店で見かけたことのある人たち。
「お店の皆さんも一緒みたいですね」
「ほんとだ」
「…………」
探していたわけでは、
ありません……。
「…………」
でも……
少しだけ、
嬉しい。
「佐伯くーん!」
「え!?」
小宮さんが、
大きく手を振っている。
「…………」
「小宮さん!?」
「何?」
「な、何を……」
「呼んだだけだけど?」
「…………」
佐伯さんたちが、
こちらに気づく。
「あ」
「水瀬さん?」
「こんばんは」
「こんばんは……」
「小宮さんも」
「こんばんは」
「お、巫女さんじゃん」
「マスターさんも、こんばんは」
「今日は店のみんなで?」
「そうそう。たまにはな」
「…………」
佐伯さんの視線が、
さっきより強く私に向く。
「水瀬さん」
「はい?」
「浴衣……」
「…………」
「似合ってますね」
「…………」
「ありがとう……ございます」
「…………」
誰かに見せるわけでは、
なかったはずなのに。
「…………」
なぜでしょう。
その一言が、
とても嬉しい。
「そういえば」
佐伯さんが、
マスターさんの手元を見る。
「?」
「水瀬さん、これ見てくださいよ」
「何でしょう?」
「今、そこでみんなでくじ引いたんですけど」
「はい」
「マスター、これ当てたんですよ」
「…………」
差し出された紙を見る。
「旅行……?」
「二泊三日」
「一等だぞ」
マスターさんが、
得意げに笑う。
「すごいですね」
「だろ?」
「一番当てそうにない人が当てました」
「どういう意味だ、湊」
「そのままの意味です」
「…………」
「せっかくだし、みんなで行くか」
「みんなで?」
「店のみんなで」
「いいですね」
「だろ?」
◇
「水瀬さんたちは、何してたんですか?」
「今は、りんご飴を」
「あ」
「?」
佐伯さんが、
私の手元を見る。
「食べかけですね」
「…………」
忘れていました。
「溶けてきてるよ」
「っ」
小宮さんに言われ、
慌てて一口かじる。
「…………」
「水瀬さん」
「はい?」
「口元」
「え?」
「飴、ついてます」
「…………」
「どちらですか?」
「こっち」
「…………」
指で拭う。
「取れました?」
「…………」
佐伯さんが、
少しだけ顔を近づける。
「まだ、ちょっと」
「…………」
近い。
「…………」
「ここです」
自分の口元を指して、
教えてくれる。
「あ……」
「…………」
慌てて、
同じ場所を拭う。
「取れました」
「ありがとうございます」
「…………」
近かった……。
◇
「いろは」
「はい?」
「顔、赤いよ?」
「…………」
「暑いだけです」
「今日そんな暑くないけど」
「暑いです」
「ふーん」
「…………」
小宮さんが、
私と佐伯さんを交互に見る。
「…………」
「何ですか?」
「別に?」
「…………」
また、その返事。
「佐伯さん」
「はい?」
「次は、どちらへ行かれますか?」
「そうですね……」
佐伯さんが、
屋台を見渡す。
「あ」
「?」
「金魚すくい、ありますよ」
「金魚すくい……」
「やります?」
「…………」
「はい」
「じゃあ行きましょう」
「…………」
佐伯さんと、
並んで歩き出す。
少し前には、
小宮さんたち。
「…………」
隣にいる。
それだけなのに。
さっきまでより、
お祭りが少しだけ、
違って見えた。
◇
「二人で一回ね」
「はい」
「…………」
渡されたポイを、
そっと水に入れる。
「水瀬さん、狙ってるのいます?」
「…………」
「あの子です」
「どれ?」
「あちらの、少し大きな子です」
「ああ」
「…………」
ゆっくり。
慎重に――
「あっ」
「…………」
破れた。
「早くないですか?」
「…………」
「今のは、金魚が素早すぎました」
「金魚のせい?」
「金魚のせいです」
「ふっ」
「…………」
笑われました。
「じゃあ俺が」
「…………」
佐伯さんが、
ポイを水に入れる。
「あ」
「…………」
一匹。
「すごい……」
「取れた」
「お上手ですね」
「いや、たまたまですよ」
「…………」
もう一度、
ポイを水へ。
「…………」
「あ」
「…………」
破れた。
「…………」
「金魚が素早かったですね」
「…………」
「水瀬さん」
「はい?」
「絶対仕返しですよね」
「何のことでしょうか」
「…………」
「ふふっ」
◇
「佐伯くん、取れた?」
「一匹だけ」
「すごいじゃん」
小宮さんたちが、
こちらへ戻ってくる。
「いろはは?」
「…………」
「金魚が素早くて」
「ゼロね」
「…………」
「はい」
「ふふっ」
「笑わないでください」
「…………」
その時。
ドン――。
「っ」
夜空に、
大きな音が響く。
「花火」
「始まったみたいですね」
「見えるところ行こ!」
「はい」
「…………」
人の流れが、
一斉に動き始める。
「いろは、こっち!」
「はい」
「…………」
人が、多い。
前を歩いていた小宮さんの姿が、
人混みに紛れる。
「小宮さん?」
「…………」
「水瀬さん」
「っ」
すぐ隣から、
佐伯さんの声。
「こっちです」
「はい」
「…………」
また、
大きな花火が上がる。
その瞬間、
後ろから人に押される。
「っ……」
「危ない」
「…………」
佐伯さんの手が、
私の腕を支えた。
「大丈夫ですか?」
「…………」
「はい」
「…………」
近い。
けれど、
今度は――
離れてほしいとは、
思わなかった。
「水瀬さん」
「はい?」
「このままだと、はぐれそうですね」
「そうですね……」
「…………」
また、
人の波が押し寄せる。
「っ」
「…………」
佐伯さんが、
私の腕を支える。
「こっち、行きましょう」
「はい」
「…………」
人混みを抜け、
少し開けた場所へ出る。
「大丈夫でした?」
「はい」
「よかった」
「…………」
ドン――。
夜空に、
大きな花が開く。
「…………」
「綺麗ですね」
「はい」
「…………」
隣を見る。
佐伯さんも、
花火を見上げている。
「…………」
せっかく、
花火が上がっているのに。
「…………」
私は、
その横顔を見ていた。
「…………」
あ。
また……。
「水瀬さん?」
「っ」
「どうかしました?」
「…………」
「なんでもございません……。」
「?」
「…………」
また、
気づくと。
花火より……
佐伯さんを、
見ていた。
「…………」
しばらく、
二人で花火を見上げる。
「…………」
来年もまた、
一緒に見られたら……。
「…………」
見られますように。
「…………」
夜空に咲く花火を、
見上げながら。
気づくと、
そう願っていた。
「いろはー!」
「っ」
少し離れたところから、
小宮さんの声がする。
「こっちこっち!」
「…………」
どうやら、
幸せだったひとときが。
終わりを迎えたようです。
「行きましょうか」
「はい」
「…………」
歩き出す。
「水瀬さん」
「はい?」
「来年も」
「…………」
「また、見られるといいですね」
「…………」
思わず、
佐伯さんを見る。
「花火」
「…………」
「はい、また来年も」
胸の奥が、
少しだけ熱くなる。
「…………」
どうやら。
先ほどの願いは――
私だけでは、
なかったみたい……。
◇
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
「そうですね」
「佐伯くんたちは?」
「俺たちも、もう少ししたら帰ります」
「そっか」
「…………」
祭りの終わりが、
少しずつ近づいている。
「では、佐伯さん」
「はい」
「また明日」
「…………」
佐伯さんが、
少し笑う。
「はい。また明日」
「…………」
また明日。
「…………」
来年も。
「…………」
いつの間にか、
佐伯さんとの先を、
願うようになっていた。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
現実の世界で、
小さな幸せをいっぱいくれる。
「…………」
また、来年……も。




