まだ。
二日目。
いつもの朝。
「おはようございます」
「おはようございます」
「…………」
佐伯さんは、何も言わずに参拝を済ませる。
「…………」
聞く?
聞かない?
「…………」
聞きたい。
「まだです」
「……え?」
思わず顔を上げた。
佐伯さんが、こちらを見ている。
「結果」
「まだ来てません」
「…………」
「何も聞いておりませんが」
「顔に書いてあったので」
「…………」
「全く書いておりません」
「たくさん書いてありました」
「…………」
『いろは、最近わかりやすくなったね……』
結衣の言葉が、頭に浮かぶ。
「…………」
そんなに。
分かりやすいのでしょうか。
いつから……。
そうなってしまったのだろう。
「来たら、必ず伝えます」
「……え?」
「結果」
「…………」
「だから、そんなに気にしなくても大丈夫です」
「……はい」
◇
三日目。
まだ。
四日目。
まだ。まだ。
五日目。
まだ。まだ。まだ。
六日目。
まだ。まだ。まだ……まだ?
そして。
七日目。
◇
「佐伯」
「はい」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「これ、後ろ回して」
「あ、はい」
大学の講義室。
前から回ってきたプリントを受け取り、一枚だけ抜いて後ろへ渡す。
「…………」
今日で、一週間。
◇
「いらっしゃいませ」
夕方。
いつもの喫茶店。
「湊」
「はい?」
カウンターの向こうから、マスターがこちらを見る。
「例の結果、どうだった?」
「まだです」
「今日くらいじゃなかったか?」
「たぶん」
「そっか」
「…………」
「ダメなら、うちに就職しろ」
「……え?」
「アットホームな環境。年一、社員旅行。どうだ?」
「妥協……したくないんで」
「失礼だな。こんなやつバイト採用したの誰だ」
「……確か、マスター」
「だな、見る目あるだろう?」
「…………」
アットホーム……だな。
◇
「お疲れさまでした」
「おう、お疲れ」
店を出る。
「…………」
一週間……。
結局、何もなかった。
明日か。
それとも――。
「…………」
考えても仕方ない。
夜道を歩き、アパートへ向かった。
◇
アパートに着き、郵便受けを開ける。
「…………」
何通かの郵便物を取り出す。
玄関の鍵を開ける。
「ただいま」
「…………」
返事はない。
それでも、つい言ってしまう。
もう、習慣だ。
靴を脱ぎ、郵便物をテーブルに置く。
「…………」
何気なく、一通ずつ確認する。
そして。
「…………」
手が止まった。
見覚えのある企業名。
「…………」
来た。
「…………」
何度も。
開けてきたはずなのに。
「…………」
怖い。
「…………」
息を吐く。
「……よし」
封を切り、中の紙を取り出す。
「…………」
ゆっくりと。
文字を追う。
「…………」
時が、止まった。
『採用内定』
「…………」
間違いない。
ずっと。
手にしたかった文字。
「…………」
「よし」
「…………」
ついに。
決まった。
しばらく、その文字を見つめる。
「…………」
ようやく、胸の高鳴りが静まった。
そのとき。
『良いご縁がありますように』
「…………」
静まったはずの鼓動が、また速くなる。
水瀬さん。
「…………」
スマートフォンを手に取る。
「…………」
連絡先。
知らない……。俺。
「…………」
明日になれば。
会える。
「…………」
明日……。
◇
翌朝。
「…………」
堪らず、瞼を開けた。
時計を見る。
「…………」
まだ。
早い。
「…………」
もう一度、無理矢理瞼を閉じる。
「…………」
無理だ。
行こう。
◇
いつもより、少し早い朝。
着慣れたランニングウェアで家を出る。
「…………」
走る……。
あの場所へ。
「…………」
今日はなぜか、制御が効かない。
まるで……短距離のペースだ。
「っ……!」
靴紐がほどけてるじゃないか。
「……クソ」
足を止め、しゃがみ込む。
えっ。
結べない。
「…………」
こんな時に……。
指が、震えている。
「…………」
どうにか靴紐を結び直す。
止まった時間を取り返すように、走る。
心臓が張り裂けそうになった、その時。
石段が見えた。
「はぁ……はぁ……」
もう限界だ……。
一段。
とっくに……。
一段。
それでも。
もう止まれない。
「…………」
最後の一段を上る。
「はぁ……はぁ……」
顔を上げた。
「…………」
いた。




