第五章 不可能犯罪
その後、あまり金にならなくても、未解決事件を中心に請け負うことにした。
ただそんなこちらの意図とは裏腹に、望遠鏡性能が向上し、二万光年先まで詳細に見ることが可能になった。
「さすがは秋元だ、私が見込んだだけのことはある」
オヤジは悦に浸りながら、自慢の愛船に新型の観測ユニットを装着した。そして、船体に自ら筆を執り、誇らしげにその名を書き込んだ。
「よし、これを『GFⅢ』と命名しよう」
と言いながら、船の横に勝手に汚い字でそう描いてしまった。しかも、Grand Fatherではなく、Ground Fatherと書いてしまったため、意味が変わってしまった。シュウは断じて「おじいさん」という意味ではなく「壮大なる父」という意味で名付けていた。しかし、今では「地面に埋まった父」という意味になっている。
この「過去視」の能力が知れ渡ると、世界中から依頼が舞い込んだ。「オーパーツの謎の解明」「絶滅した動物の生態調査」「当時の人間の生活ぶり」など。シュウたちは、博物館からの依頼など、現代の人達にとってもメリットがありそうなものを選んで引き受けた。
それらは博物館の中でも、名物として公開されたり、ネットでも見られるようにしてもらった。こういう手伝いなら大歓迎だ。シュウ達の活動は、その後しばらくは無難に過ごして行った。
異変が起きたのは、桜のつぼみが膨らみ始めた三月二十四日のことだ。シュウたちは、いつものように三人で昼食を食べに行くことにした。天気も良く、春の日差しがとても心地良い日だった。
海沿いのラーメン屋『山福』。ここの餃子には、三日食べないと禁断症状が出る魔力が宿っている。三人は、週に二回はこの店で胃袋を満たすのが日課だった。だが、その日のオヤジは、珍しく眉間に皺を寄せていた。
「秋元と連絡が取れん」
そう言ってきた。普通に聞けば、別に大したことはない。
「電車にでも乗っているだけだろう。それか充電するのを忘れて電源が切れたとか、家に置き忘れたとか」
シュウは、餃子を頬張りながら何気なく返した。
「それは、あいつの性格上あり得ない」
オヤジはきっぱりと言い放った。確かに、秋元という人物を知っているのは、オヤジだけだ。シュウは顔すら知らない。
「何か急用でもあるのか?」
この何事にも動じないオヤジの様子をおかしくする状況とは、よほどのことだ。シュウは疑問に思ってオヤジに尋ねた。
「急がないと間に合わないから、急用と言えば急用だ」
だがオヤジの急用に、ろくなものはない気がする。
「以前から花見をする約束をしていたのだ。そろそろ桜の花が咲き始めたので、今週末の予定を聞こうと思ったのだ」
続けてオヤジは、渋い顔をしながらそう言った。それは確かに急がないと散ってしまうな。
シュウには、中年男達の楽しみなど、到底理解出来ない。しかしニュースなどに映された、花見をしている人達の映像は、まるで別世界の生き物だ。彼らにとっては、物凄く重要な行事なのだろう。っということくらいは、理解してあげられる寛大な心は持っていた。
「でもまあ、まだ今日は火曜日だ。今晩とか明日とかにでも連絡してみたらどうだ?」
シュウは適当にそう言いながら食事を続けた。
「そうだな。だが、なんか嫌な予感がする」
オヤジは、かなり心配そうな表情だ。天然人種特有の野生の勘かもしれない。
食欲も無いらしく、ラーメンの大盛りと餃子三人前程度しか頼まなかった。普段はこの倍は頼む。そしてナミはもっと食べる。もちろん今日も、凄い量だ。
いつもラーメンの普通盛りと、餃子一人前を頼むシュウが、異常に思われてしまうくらいだ。
この店に来た時は、帰りに餃子十五人前を持ち帰らせてもらうのが、いつものパターンだ。夕食にも食べるためだ。ナミが八人前、オヤジが六人前だ。そして、シュウはきっちり一人前だ。
三人は昼食を終え、事務所でコーヒーを飲みながら、のんびりテレビを見ていた。
午後三時から、お茶を飲みながら『三時の私』という民放のテレビを見ながら、何気ない時間を過ごしていた。仕事の無い日は、こうして一日を過ごすことが多い。
オヤジはこの番組が大好きだったのだ。というより、この番組の進行を務める中年女性のファンだったのだ。
「うーん、美しすぎる司会者だ」
訳の分からないことを言いながら、鼻の下を伸ばして見ている。シュウとナミは、呆れ顔で笑っているだけだ。
しかしこれが、後に大きな意味を持った。
その三日後の三月二十七日、ナミの父、山縣ともう一人見たこともない男が事務所にやって来た。
その男は、山縣よりも歳上で腹が出ていた。背は一メートル七十センチメートルくらいだが、普段オヤジたちを見慣れているシュウには小柄に感じた。ナミより小さい。もちろんシュウの方が小さい。
目つきは垂れていて鋭さが全く感じられない上に、腕っぷしも弱そうだ。そして山縣に案内されて来た雰囲気が感じられる。これらのことから、現場をあまり知らないキャリア組であると推測された。
「ついにシュウさんご待望の事件が起こってしまったのです」
シュウが何を期待していると思われているのかわからなかったが、とりあえず話を山縣に聞いてみた。
オヤジとナミも今度は最初から一緒だ。
「完全なる密室の中で殺害され、その後火災によって全てが燃え尽きたという事件です」
シュウはこの話を聞いた時、誠に失礼だが確かに「待ってました」と思った。心の中では右手を大きく掲げ、ガッツポーズを出していた。
「ほほー、詳しく聞かせてください」
シュウの薄っすらとにやけた表情をかき消すかのように、山縣に連れられて来たもう一人の男が口を挟んできた。
「おっとその前に申し遅れました、私、警視庁の宮根浩一郎と申します。どうも初めまして」
頭を深々と下げて、にこやかに挨拶をして名刺を出してきた。
山縣が話そうとしているところに、割り込んで来た。これを平気で出来る人であることから山縣より役職は高いと推測される。
「ひょっとすると、警視さんか何かでいらっしゃいますね?」
得意気にそう言いながら、相手からもらった名刺を見た。そこには、『警視総監』と書かれてあった。なんでこんな役職の人がこんなところに。警視総監って役職の人物は、日本に一人だった気がする。
しかしこういうときの手も考えてある。
「あ、我々名刺持っていないのですよ。なー、俺達も名刺作った方が良いんじゃないかな?」
シュウは首を横に向けながら二人に問いかけた。これであの二人が宇宙の彼方まで脱線してくれるはずだ。
「名刺なんて経費の無駄だろう?まあその経費が税金の人はいくらでも使いまくれるから良いだろうけど、我々はそんなところに金をかけるべきではない」
オヤジは昔から警察に挑戦するのが好きな性格なのだ。しかも自分は何も肩書きを持っていないためか、名刺とかを嫌うのだった。
「オヤジはGFⅢの船長、ナミは音声解読部長でどうだ。格好良いだろう?」
シュウが脱線ルートに乗って、話を進めた。オヤジの肩書きと言って思い付くのはこのくらいだったが、なんか嬉しそうな顔をしている。
「宇宙海賊船のキャプテン大介か、良いなあ~」
いつからうちらは海賊になったのかわからないが、機嫌が良いみたいなのでそこは突っ込まないようにしよう。
しかしナミが、反発した。
「あたしは部長なんて嫌だなあ。なんか無能って感じがするもん。番長にしてもらいたいなあ」
よし、よく言った。これで宮根め、かなりのダメージを食らったはずだ。
「いやー素晴らしい。有名な話ですが、何の取り得もない人が転職の面接試験で言ったそうです。『私は何の取り得もないので部長くらいしか出来ません』と。それで面接官も答えたそうです。『うちの部長はマイナスの者達ばかりです。あなたのように0なら大いに助かる』と。その結果合格になったそうですよ。さすがは山縣さんのご令嬢、よくわかってらっしゃる」
宮根は笑って手を叩きながら言った。ナミも大笑いだ。「気が合うね、おじさん」とか言っている。ってかそんな例え話聞いたことないぞ。
オヤジはさっきから空想にふけって頭の中はどこか遠くにトリップしている。きっと今頃宇宙でも制圧した夢でも見ているんだろう。
しかしこの宮根ってヤツ、ただ者ではないな。こっちの切り札の周波数に併せて来やがった。
「あ、あの・・・お話を聞いてもらえますか?」
どうやらダメージを受けていたのは山縣の方だったみたいだ。かなり青ざめた顔をしている。
「あ、すみません、よろしくお願いします」
今日はこのくらいで勘弁してやることにした。さあどんな難事件でも我々にかかればちょちょいのちょいだ。説明を聞くことにしよう。
「実は三日前のことなのですが、天文学者大津賢一氏 五十五歳が謎の死を遂げているのです。密室の中で、マシンガンで撃たれており、死後その部屋の内部から火災が発生しております」
山縣は気を取り直して説明してくれた。
「どうせ密室とは言っても、サッシが外れるとか、合鍵を持っていた、秘密の通路があったとかじゃないんですか?」
シュウは気楽に答えた。
「それはあり得ないのです。現場は大気圏外に浮いている日本の宇宙ステーションなのです。このステーションは主に天体を観測するためのものです」
山縣の言葉にシュウは沈黙させられた。これで警視総監なる人まで来た理由がわかった。こんな場所はどこの管轄にも属さないため、確かに警視庁のトップが妥当かもしれない。
「でも一般の船でも宇宙まで行くことは可能ですから、誰かがそこに行き、殺害して逃げて行ったってことも考えられます」
シュウは苦し紛れに一般論を唱えてみたが、そのくらいは警察でも調べがついているのだろう。
「この宇宙ステーションには何台かのカメラがあり、その映像は筑波にある基地からも見ることが出来ます。出入り口を映し続けているものもありますが扉は開きませんでした。もちろん自殺ではありません。被害者は背中からマシンガンで撃たれており、何十発もの弾が発見されております。しかし肝心の凶器であるマシンガンは発見されませんでした」
これには驚いた。正真正銘の不可能密室殺人事件だ。
「この宇宙ステーションに窓はありますか?」
シュウはマニュアル通りの質問をして、気を紛らわすことにした。
「あります。何箇所かにあり外が見えるようになっております」
山縣のこの言葉はシュウをがっかりさせた。「ありません」って言ってくれたら「じゃあ無理ですね」で終わらせようと思ったのに、そうか、あるのか。非常に残念だ。さすがに宇宙の天気を聞く訳にもいかない。
「やったあ、窓があるならこっちのものだねシュウ」
ナミはのんきに構えているが、これはなんかとっても嫌な予感がする。それは条件が揃っているにも関わらず、解決出来ないという最悪の予感だ。
「それよりさあ、この亡くなった人と結婚してたら、あたしの名前は『おおつなみ』になっちゃうね?」
ナミ、被害者に対して失礼だぞ。とりあえず黙っていろ。
シュウはオヤジに相談しようとして、ついつい口が滑った。
「じゃあ婿養子にもらえば、相手の名前は『やまがたけん いち』になるわけか?なんか凄そうだなあ」
失態だ。あまりにも強引で面白くなかった。みんなの視線が痛い。
というより山縣、普段と違ってまじめ過ぎる。
気を取り直してもう一度。シュウは咳払いをした。
「オヤジ、どうだ?何か聞いておきたいこととかはないか?」
オヤジに期待した。
「その筑波の基地に残された、殺害前後のカメラの映像を見させてもらえますか?」
オヤジがそう言うと、宮根が、口を開いた。
「もちろんそのつもりで、本日持参しました」
そう言ってディスクを差し出して来た。なんて用意が良いヤツらめ「それはお見せ出来ません」とでも言ってくれたら「じゃあ協力も出来ません」って間髪入れずに答えてやろうと思ったのに。
「ちょっとお借りします」
オヤジはそう言って、ディスクを持って映像室に向かった。
その後、オヤジから用意が出来たという連絡で、接客室にいた残りの四人は映像室に向かった。そしてその時の映像を見ることにした。
画面は四分割されており、その右上が出入り口の映像、右下は黒くなっていて何も映っていない。左の二つはステーションの周りを、上が地球方向、下がその反対方向といった形で映っている。
「この枠から外れた右下の部分に、時間が表示されております。これが0324 1432すなわち三月二十四日の午後二時三十二分になったところで、黒くなっている右下の画面に大津氏からメッセージが入ります」
山縣はそう言った。さすがにステーションでも内部はプライベート領域ということで、制御部分はステーション側にあるということだ。
現在の時刻は午後二時二十七分と表示されている。そしてその五分後、右下の黒かった画面に映像が流れ、そこには一人の男性が映っていた。この男性が大津であることは確かなようだ。
大津は画面に向かって話し出したところで、音声が流れた。
「森崎君聞こえるか?私だ、大変な発見をした。今からレポートにまとめておくので、大至急迎えに来てくれ。そちらに戻れるのは明日の朝になってしまうと思うが、記者会見の準備もしておいてもらいたい」
「こちら森崎です。了解しました。今からここを出てそちらまでお迎えにあがります」
映像と、これらの音声が途絶えると右下の画面は再び黒くなった。
「その夜、森崎氏ら数名で宇宙ステーションに向かったところ、中で火災があったらしく全てが灰になっており、大津氏は射殺されていたということなのです」
山縣はそう言った。このまま映像を進めると、夜の十時前に森崎らを乗せた船が到着するのがわかるとのことだった。
オヤジは早送りし、確かに山縣が言った通りであることを確認した。そして森崎らが到着するまでの間、誰も出入りしていないことが確認された。
山縣と宮根を乗せて、五人はGFⅢで発進した。ある程度、日時と場所と方角がわかれば、ワープ先を特定できるが、現場から測った方が正確だ。よって一度宇宙ステーションに寄って窓の位置を確認させてもらうことにした。
全員宇宙服を着て、現場の宇宙ステーションに乗り込んだ。
ちなみに宇宙ステーションが無重力なのは、地球と同じ速度で進んでいることによる遠心力のためだ。位置的には、地球の重力の9割が働く場所に存在している。よってこちらも猛スピードを出さなければ乗り込むことはできないが、この領域は空気抵抗がないため、オヤジの運転なら容易く追いつけてしまう。
内部は三日前に事件があったばかりだ。遺体は既に地球に運んだものの、出血の跡や、焼け焦げた光景が生々しかった。一体何発撃ち込んだのか、わからないくらいの弾痕だ。その傷は内部から、外壁にまで達しており、もう天体観測基地としては使えないだろう。
オヤジは例によって方角とポイントを決めるアイテムで測定を行っていた。
するとここで山縣から突然のリクエストがあった。
「お義兄さん、先ほど映像室で見させて頂いた、三月二十四日の午後二時二十七分の時刻から見られる場所に飛べますかね?」
「お任せください」
オヤジはそんなの簡単だとばかりにあっさり答えた。
GFⅢはオヤジの操縦でワープをした後、宇宙ステーションの場所を拡大して前方のモニターに映像が映し出された。その時刻はぴったり映像室で見始めた時刻と同じで、山縣のリクエスト通りだった。
「現在の映像、三月二十四日の午後二時二十七分です」
オヤジが言った。
「やるなー、よ、船長さすが」
シュウはオヤジをおだてた。普段ならこれで自慢の三つや四つ返って来るはずなのだが、なぜかオヤジは無言だった。
画面にはまだ大津は映っていないが、彼の自席の椅子が見えているため、三十二分には通信のため戻って来るはずだということだった。
予想通り三十二分に椅子に戻って来た大津の映像が映った。確かに椅子に座ったまま通信をしているように見える。そして通信を終えた後も椅子に座り続けていた。
「このままこの席で殺害されたはずです」
山縣がそう呟いた。
「この席に座り続けているということは、先ほどの通信内容にもあった、何らかのレポートを書いているのですね?」
シュウは一応確認のため尋ねてみた。
「そう推測されます。その肝心のレポートなのですが、後の火災で灰になってしまいました」
山縣は残念そうに答えた。拡大してレポートの内容を覗き見出来れば良かったのだが、どう角度を変えて見ても、肥満体の大津の体に阻まれて、死角になっている。それに窓はそれほどクリアではなかった。
「死亡推定時刻は?」
シュウの問いに、山縣は
「午後三時から四時の間です」
と返して来た。その後しばらく大津が椅子に座っているのを横から見ている状態が続いた。
時刻が三時十五分になったところで異変が起こった。大津は驚いたような顔を上げた。その後その背中に、何十、何百というマシンガンの弾が撃ち込まれたのだ。続けて巨大な火柱が横向きになって放射された。
「火炎放射器か?」
シュウは思わず口を開いた。
「どうやら、そのようですね」
山縣が頷きながら答えた。その後、全員無言のままその光景を見続けていた。
窓の中が火の海になった。大津は椅子から崩れ落ち衣類が燃えていた。やはりその間、誰も出入りしていなかった。
「犯行時刻は正確に三時十五分であることはわかりました。それ以外に何かわかりましたか?」
山縣の言葉に、正直何と答えれば良いのかわからなくなっていた。
オヤジの顔がより一層険しい。どうしたのだろう?
「オヤジ、何かわかったか?」
シュウはこんな険しい顔のオヤジは見たことがなかったので、少々怖かったが聞いてみた。
「今度は角度を変えて、見させてください」
シュウの問いには答えず、オヤジはそう言うと、別ポイントにワープした。正確な犯行時刻がわかっているため、今度は即座にその映像を見ることが出来た。
するとその時刻に宇宙ステーション内の、大津の後ろの空間がゆがみ、そこからマシンガンの弾と火柱が襲って来る光景を目の当たりにした。
「この空間のゆがみは出口か?」
シュウがそうオヤジに尋ねた。
「間違いなくそうだ」
続けてオヤジは言った。
「これは私どもがワープ航法する原理と同じで、出口発生場所を、この宇宙ステーションの内部に設定したのです。そして入口側からマシンガンや火炎放射器を撃つことで、この人を殺害し火災を起こしたのです。あのゆがみは間違いなく出口です」
オヤジの説明に全員納得したようだった。
「大島さん、その手段を使って殺害可能な人物はあなたを含めて、この世に三人しかいないと言われております。しかもあなたは二回とも寸分の狂いもなくワープした正確さ、実にお見事でしたね」
宮根はそう言うと、鋭い目をオヤジに向けた。
山縣は何度かこの船でワープを行っているため、この方法しか殺害の手段はないということに気付いていたみたいだ。そしてそれを宮根に伝えていたと言うことか。よってオヤジはその容疑者の一人だった。今日この二人が来た理由はオヤジをしょっ引くことが目的だったみたいだ。
これはやばい、オヤジのことだからわざとじゃなくても寝ぼけてって、ってことが考えられる。
なんとかせねば。そうだ、この二人を宇宙の彼方に捨ててしまおう。いやいや、一人はナミの父親だ。そんなことは出来ない。じゃあ片方だけ捨てて、ナミの父親は、あーどうしようー。
「もちろん、お義兄さんを疑っているわけではありませんが、少なくともあなたなら可能ですか?という質問ですといかがでしょうか?」
山縣が続けて言った。
「可能です」
オヤジはこういうときにでも見栄を張る性格なのだ。
「この装置に関する設計図が盗まれたとかってことはありませんか?」
山縣はオヤジに尋ねた。そうだ、そうしよう。オヤジ「盗まれました」と答えてしまえ。
「いいえ、私どもはあの設計図を全て記憶し、その後悪用されないようにその場で燃やしました。その後、絶対に資料として残さない約束をしていますのでそれはあり得ません」
オヤジは堂々と答えた。
「そうですか、それではお尋ねしますが、この殺害があった時刻に、お義兄さんはどちらにおられましたか?」
山縣、貴様自分の義兄を・・・って、あれ?その日オヤジはずっと三人でいたぞ。いつものことだが、昼食以外に事務所を出ていない。そしてあの事務所にマシンガンや火炎放射器などはない。
犯行時刻には『三時の私』を見ていたのだ。よし、救ってやるぞ。
「オヤジ、この犯行のあった時刻に、俺達の事務所が見える位置に飛んでくれ」
山縣め、今に見ていろよ。
「おお、なるほど。正確な時刻と場所がわかっていたら、計算で飛ぶ位置を割り出すこと出来る。ちょっと待っていてくれ」
オヤジはそう言うと何か訳のわからない計算をし始めた。
山縣、自分の義兄を単なるでかいだけのデクの坊だと思っていたろう?だが本当は類稀なる天才物理学者なのだ。シュウもすっかり忘れていたが…。
「元々あの出口ポイントを決める装置は、私が計算方法をプログラムしたものだ。同じ計算をすれば手動でも出来る」
そう言って、オヤジは何らかの答えを出した。
「GFⅢ発進します」
オヤジの声で、五人の乗った船は別の場所にワープした。
正面のモニタには、探偵事務所の三人が映し出された。
事務所の窓は防弾ガラスだが、透明度は高い。そしてこの日は清々しい小春日和だったことを覚えている。
「よーく見ろ。この鼻の下を伸ばしているのが犯行時刻のオヤジだ。このテレビ映像を調べてくれ。この番組は生放送だ。犯行時刻と一致していることがわかるはずだ」
シュウは必死でオヤジのアリバイを訴えた。
「なるほど。事件の真相を映すだけではなく、こうやってアリバイの証明にも使えるのですね。とっさに思い付くなんて驚きました」
宮根は、薄笑いながら答えた。もちろん可能性の一つとして考えられると言っただけで最初から疑ってはいなかったみたいだ。
半べそかきながら涙目でオヤジの無実を訴えたシュウは空回りか。
「疑ったりして申し訳ありませんでした。それでは、あとお二方の連絡先を教えて頂けませんか?」
山縣は、それでもなぜかちょっと落ち込んでいるオヤジに申し訳なさそうに尋ねた。
「一人は以前山縣さんにはお話したことがある秋元と言って、東京、小平の望遠鏡メーカーに勤めています。この船に搭載されている望遠鏡も彼の開発品です」
「やるほど、しかし望遠鏡を開発しているだけであれば、ワープに関して熟練されているわけではなさそうですね?で、もうお一方は?」
山縣はメモを取りながら尋ねた。
「もう一人は江部と言って、地球政府に勤めています」
この話はシュウも初耳だった。秋元のことは何度か話にも聞くし、たまに会っているらしいことは知っていたが、もう一人は地球政府だったのか。山縣の手が止まり、ゆっくりと宮根の方を向きながら、
「総監、まずいですね、我々では手が出せません」
山縣に尋ねられて、宮根は眉間にしわを寄せていた。日本の警察どころか、日本の政府すらも地球政府には逆らえないのだった。
「何人足りとも手が出せんなあ」
宮根は答えた。
「ご盟友の方々に対して大変申し訳ないのですが、お義兄さんのご意見ですと、もしこのお二人ならどちらの方が怪しいと思われますか?」
山縣の問いにオヤジは答えた。
「山縣さんのご推測通り、秋元ではないでしょうね。地球政府が大量に開発を行い、その一つが盗まれでもして悪用されたのではないかと考えられます」
オヤジがそう答えると、山縣は首を左右に振りながら答えた。
「一般人の計算で、大気圏外を超高速で移動している宇宙ステーションにあそこまでピンポイントで狙い撃てるものですかね?」
そうか、それで先ほどオヤジの腕前を確認していたのか?なのにシュウはそんなことも知らずおだててしまったことを反省した。しかし本当にこの人はナミの父親なのか?なんか鋭いぞ。
ところでナミは静かだがどうしたのだろう?見てみるとよだれを垂らして爆睡していた。この肝っ玉の据わり具合はやはり親子に違いない。
我々は事務所に戻って来た。とりあえずオヤジが逮捕されなくて良かった。ナミはようやく起き、両手を挙げながら欠伸をしていた。
「貴重なご意見をありがとうございました」と言い残して二人は帰って行った。二人は今から秋元を訪ねてみるらしい。
オヤジの落ち込みようはただ事ではない。先ほどからスマホで電話を掛けているみたいだが一向につながらないみたいだ。
それにしても殺害現場を見ているのに、解決出来ないということにはショックだった。犯人は限定されるということだけわかったが、何の証拠も無い。この探偵事務者は証拠屋稼業だったのに、初の敗北感を味わった。
だが開発者であるオヤジ達は、あの方法で何の証拠も残さず、簡単に人を殺害出来てしまうことを恐れていた。そして誰にも教えないことがオヤジ達三人での約束だったと言う。仮にそれが絶対正義を自負する地球政府であろうと、警察であろうと、必ず情報は漏れること知っていたからだ。
次の日、山縣からシュウのスマホに連絡があり「秋元の居所がつかめないが何か心当たりはないか?」という問い合わせがあった。オヤジに聞いてみたが、オヤジの方でも連絡取れないということだったので、その旨を伝えた。
普段口数の多いオヤジだが、今日は朝から黙って何かを考えている。ここでその理由を尋ねると凡人は「いや別に」と返って来るのだろうが、オヤジを良く知るシュウに言わせればそれはあり得ない。
そう思っていると、何も気にしないナミが突破口を開いた。
「オヤジさん、何か気になることでもあるの?」
ナミが尋ねた。
「ああ、秋元に連絡取れないのも気になるが、彼はワープ航法よりブラックホールを制御することしか現在では行っていない。そうなるとあの犯人は江部絡みである可能性が高い」
さすがはオヤジだ。この程度のことは隠すべき内容でもないとばかりに堂々としている。
「すると地球政府の仕業ってことになるね?」
ナミとオヤジの会話がちゃんと続いていることも驚きだ。
「本当に江部は地球政府で働いているのかも、実はよくわかっていないのだ。電話番号も変えたみたいで、連絡の取りようがない」
オヤジの話を整理すると、秋元と江部とオヤジの三人でワープ航法の研究を進めた。そして、実験の成功と共に三者三様の道を歩き始めた。
その後も秋元とは交流があり、この探偵活動にも貢献してくれている望遠鏡を開発している。しかし、江部の消息は全く不明で、今回の事件と何らかの関わりを持っているのではないか?ということか。さらに現在秋元と連絡が取れないということみたいだ。




