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過去の目撃者 ―The Watchers of Yesterday―  作者: 柴犬ちゃすけ


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第二章 虚像の報酬

 否応なしに『小林探偵事務所』の噂は警察だけでなく、ネットやマスコミによって大きく知れ渡り、一気に知名度が上がった。

「うちの猫を探して」「失くした眼鏡はどこ?」「夫の浮気を暴いてほしい」

 本人たちにしてみれば切実な一大事なのだろうが、全てに対応するわけにはいかない。こちらもビジネスだ。採算の合わない仕事は切り捨て、報酬の桁が違う案件だけに絞り込むことにした。

 最初の依頼人である翔子が直人の保険金の一部を報酬として支払ってくれたため、当面の運営資金には余裕があった。まず着手したのは、事務所の防犯設備の刷新だ。それは単なる嫌がらせ対策ではない。知られてはいけない過去を暴くこの仕事は、常に「消したい過去」を持つ者たちから命を狙われるリスクをはらんでいるからだ。

 だが、高額報酬にこだわると、必然的に依頼内容は世俗的な泥仕合ばかりになった。大物政治家の汚職の証拠撮り、あるいはセレブ夫婦の泥沼の離婚裁判に使うための不貞行為の録画。

「半年前の料亭での収賄現場をビデオに収めてくれ」

「慰謝料をふんだくりたいから、旦那の浮気現場を撮ってこい。報酬は成功報酬で払ってやる」

 そんな依頼ばかりが舞い込み、シュウは自分が思い描いていた「探偵像」から、じわじわと乖離していく感覚に陥っていた。

「なんかさ。もっとこう、密室殺人とか不可能犯罪の解決に一役買う、みたいな華が欲しいよね」

 ナミがぼやくように言った言葉は、三人の共通の願いでもあった。オヤジも、深く頷きながら煙草に火をつけて語った。

「しかし、警察は無料だが我々は高額だ。結果として、依頼人は金持ちばかりになる。本来、事件の痛手を最も深く被るのは一般市民なのだ。どうにもモチベーションが上がらん」

「本当だよ。政治家の収賄なんて、どうせなくならないでしょ? セレブ婚の破綻だって、元から愛がないんだから必然じゃない。そんな証拠を必死に遡って撮っても、私たちの存在価値が薄まるっていうか……ありがたみが足りないんだよね」

 ナミがもっともらしい理屈を並べる。普段は天然系の彼女が正論を口にするのは、かなりご立腹である証拠だ。

 シュウは二人をなだめるように、努めて冷静なトーンで返した。

「気持ちは痛いほどわかる。俺だって同意見だ。でも、まずは一年間だけ『荒稼ぎ』に徹しよう。資金を確保すれば、活動の幅も広がる。正義の味方を気取るつもりはないけど、来年からは自分たちが『価値がある』と思える仕事を選べるようにしたい。……それに、二人にはまだ給料もまともに払えていないしな」

 付け加えた言葉は本音だったが、この二人はなぜか報酬に執着を見せなかった。

「おー、ついにシュウも正義の味方になる決心をしたか! 私は元から正義の味方側だからな、嬉しいぞ」

 オヤジが単純に声を弾ませる。

「良いね。じゃあ、そのお金でお父さんとお母さんに家でも買ってあげようかな」

 ナミの言葉に、シュウは少し胸が熱くなった。得た金を自分のためではなく、両親のために使おうとする。それが彼女らしい優しさだった。

 結局、事務所の方針はこう決まった。

 翔子の事件から一年間、つまり翌年の六月までは、金になるならどんな些細な(しかし報酬の高い)仕事も受ける。その間に秋元の望遠鏡会社へ研究資金を援助し、観測システムのさらなる高性能化を図る。事務所の改築、親への親孝行。それらすべてを済ませた上で、来年七月――小林探偵事務所は『正義の味方』としてリニューアルオープンするのだ。

 だが、そんな未来予想図を描いていたシュウは、ナミの次の一言で、相手が一枚上手であったことを思い知らされることになる。

「そういえば、お父さんが言ってたんだけど『あいつら、そろそろ飽きて警察に協力する気になったか?』って。何のことかわかる?」

 ナミの父親・山縣雅彦やまがた まさひこは茨城県警の警部であり、翔子の兄・隆宏たかひろの上司でもある。我々の動向は、とっくに当局に把握されていた。

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