第九十七話 賑やかな夕食
俺は神代レン。普通の高校生――だった。
だがスキル《神核生成》によって炎の擬神ソレイナを生み出し、俺の日常は大きく変わった。
その後、生徒会へ所属することになり、自然の擬神ユシル、操りの擬神アヤネ、そして海洋の擬神フリートを召喚した。
――神代家。
玄関を上がった俺たちは、それぞれ洗面所へ向かう。
ユシルは先頭を歩いていたかと思えば、途中でふわふわと浮かび始めた。
「手洗う~」
「ちゃんと石鹸使えよ」
「は~い」
返事だけは立派だった。
フリートが苦笑する。
「ユシルさん、前も途中で遊んでましたよね」
「えへへ~」
全く反省していない。
ソレイナは丁寧に袖をまくりながら蛇口をひねる。
アヤネも静かに隣へ並んだ。
四人とも、最初の頃に比べると人間の生活に慣れてきている。
手洗いを終えた俺たちは食卓へ向かった。
テーブルにはすでに夕食が並んでいた。
湯気の立つ味噌汁。
焼き魚。
煮物。
サラダ。
そして炊き立てのご飯。
食欲を刺激する香りが部屋に広がっている。
ユシルの目が輝いた。
「おぉ~!」
フリートも感動したような顔になる。
「美味しそうです!」
ソレイナは姿勢を正した。
アヤネも席へ着く。
母が微笑む。
「さぁ、冷めないうちに食べましょう」
全員で手を合わせた。
「いただきます」
食事が始まる。
ユシルはさっそくご飯を口へ運んだ。
「おいし~!」
「まだ一口だろ」
「でもおいし~!」
即答だった。
フリートも魚を一口食べる。
「本当に美味しいです」
「ありがとう」
母は嬉しそうだった。
ソレイナも静かに箸を動かしている。
「母様の料理は素晴らしいです」
「ふふっ、ありがとう」
アヤネも小さく頷く。
「非常に栄養バランスが良いです」
「そこを見るのね」
思わず笑ってしまう。
しばらく穏やかな食事の時間が続いた。
食器の音。
談笑。
暖かな空気。
どこにでもある家庭の夕食風景。
母がふと俺を見る。
「学校はどうだった?」
「あぁ、いつも通りだな」
「生徒会は?」
「相変わらず書類だらけ」
「大変そうね」
「まぁな」
するとユシルが元気よく手を上げた。
「今日はね~」
全員の視線が集まる。
「今日はね~」
だが続きが出てこない。
「何があったんだよ」
「忘れた~」
食卓が静まり返る。
そして。
フリートが吹き出した。
「ふふっ」
母も笑う。
俺も苦笑した。
「お前らしいな」
「えへへ~」
ユシルは楽しそうだ。
ソレイナが少し考えてから口を開く。
「ですが、本日は平和でした」
「そうねぇ」
母も頷く。
「平和が一番よ」
その言葉に全員が同意した。
戦いも異能も関係ない。
こうして食卓を囲む時間は何より大切だった。
フリートが味噌汁を飲みながら尋ねる。
「主さんは学校楽しいですか?」
「ん?」
「生徒会とか、お友達とか」
少し考える。
以前の俺なら即答できなかっただろう。
だが今は違う。
「あぁ、まぁ楽しいな」
その言葉に四人の擬神が嬉しそうな顔をした。
ソレイナは微笑み。
ユシルはにへらと笑い。
アヤネは小さく頷き。
フリートは安心したように笑った。
「それなら良かったです」
「そうか?」
「はい!」
食卓はさらに賑やかになる。
母はその様子を眺めながら穏やかに微笑んでいた。
少し前まで二人だった食卓。
今ではずいぶん賑やかになった。
それはレンも感じていた。
夕食を終え。
食器を片付け。
リビングへ移動する。
ユシルはソファへ飛び込んだ。
「ふにゃ~」
「だらけるなよ」
「無理~」
即答だった。
フリートはテレビの横に座る。
アヤネは本棚を眺めている。
ソレイナは温かいお茶を用意していた。
母が笑う。
「本当に仲良しね」
その言葉に誰も否定しなかった。
窓の外はすっかり夜になっている。
静かな住宅街。
穏やかな時間。
今日もまた何事もない一日が終わろうとしていた。
そして神代家には。
変わらず賑やかな笑い声が響いていた。
夕食を終えた後も、神代家の賑やかな時間は続いていた。
リビングではユシルが完全にソファへ沈没している。
「ふにゃぁ~……」
「お前、本当に溶けてないか?」
レンが呆れたように声をかける。
するとユシルは片目だけ開いた。
「溶けてな~い……」
「絶対だらけてるだけだろ」
「ばれた~」
全く隠す気もない。
フリートがくすくすと笑う。
「ユシルさんって自由ですよね」
「自由なのが良いんだよ~」
「それで良いのか……」
レンがため息をつく。
その横ではアヤネが本棚の前に立っていた。
何冊か本を取り出しては戻し、また別の本を眺めている。
「何してるんだ?」
「知識の収集です」
「読めるのか?」
「問題ありません」
そう言って一冊の本を開く。
パラパラとページをめくる速度が妙に速い。
レンは思わず目を瞬かせた。
「読んでるのか、それ」
「読んでいます」
「速くない?」
「普通です」
どうやら擬神にとっては普通らしい。
ソレイナはテーブルの上を片付けながら母の手伝いをしていた。
「こちらはこちらへ」
「ありがとう、ソレイナちゃん」
「いえ」
慣れた手つきで皿を運ぶ。
母もすっかり頼りにしているようだった。
フリートも慌てて立ち上がる。
「あ、私もお手伝いします!」
「ありがとう」
台所では三人が並んで作業を始める。
その様子を眺めながらレンはふと呟いた。
「なんか普通の家族みたいだな」
言った瞬間、自分でも少し驚く。
だが、それは本心だった。
以前は母と二人だけだった家。
今では四人の擬神がいる。
騒がしくて落ち着かないことも多い。
だが寂しいと感じることはなくなった。
ユシルがソファから顔だけ出した。
「家族~?」
「あぁ」
「じゃあ主様はお父さん?」
「違う」
「お兄ちゃん?」
「それも違う気がする」
「じゃあ主様~?」
「なんだその分類」
フリートが笑いを堪えている。
ソレイナも少しだけ口元を緩めた。
アヤネですら小さく肩を震わせていた。
気づけばリビングには笑い声が広がっていた。
夜はゆっくり更けていく。
テレビではバラエティ番組が流れている。
ユシルはいつの間にかテレビに夢中になっていた。
「すご~い!」
「何がだよ」
「わかんない!」
「わかんないのかよ!」
レンのツッコミにまた笑いが起こる。
フリートは興味津々で画面を見ていた。
「人間って面白いことを考えるんですね」
「まぁな」
「勉強になります」
その後もしばらくテレビを見たり、本を読んだりしながら時間は過ぎていった。
やがて時計の針が夜遅い時間を指し始める。
母が立ち上がった。
「そろそろ寝る準備しなさい」
「あぁ」
「は~い」
「わかりました」
「はい」
「承知しました」
それぞれ返事をする。
洗面所で歯を磨き。
顔を洗い。
寝る支度を整える。
ユシルは途中で泡だらけになっていた。
「ぶくぶく~」
「遊ぶな」
「は~い」
全く反省していない。
ようやく準備が終わり、各々が落ち着いた頃。
レンは自室へ戻った。
窓の外には静かな夜空が広がっている。
遠くで虫の鳴き声が聞こえた。
今日も平和だった。
異能者との戦いもない。
トランセンド・ラボの影もない。
ただ学校へ行き。
生徒会の仕事をして。
仲間たちと過ごし。
家へ帰ってくる。
そんな普通の日常。
ベッドへ腰を下ろす。
しばらくすると扉が少しだけ開いた。
顔を出したのはフリートだった。
「主さん」
「ん?」
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
フリートは嬉しそうに微笑み、扉を閉める。
その後。
別の扉の隙間からユシルが現れた。
「おやすみ~」
「おう」
すぐ消えた。
続いてアヤネ。
「おやすみなさい、主殿」
「あぁ」
最後にソレイナ。
静かに一礼する。
「良い夢を」
「お前もな」
ソレイナは小さく微笑み、そのまま部屋を後にした。
再び静かになる部屋。
レンはベッドへ横になる。
天井を見上げる。
少し前まで考えられなかった生活。
だが今は、それが当たり前になっていた。
ゆっくりと目を閉じる。
神代家の夜は静かに更けていった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




