第八十六話 紅蓮の力
『異能学園高等学校』旧訓練場。
夕焼けに染まる空の下、神代レンは静かに右腕を見つめていた。
そこにはまだ、薄く紅蓮の紋様が残っている。
以前よりもはっきりと。
以前よりも熱を持って。
そして以前より――力を感じる。
少し離れた場所では、ソレイナが静かにレンを見守っていた。
ユシルは木陰でふわふわ浮きながら果物ジュースを飲み、アヤネは地面に手を当てて訓練場の状態を調べている。
フリートは訓練場の鉄板を興味深そうに眺めていた。
レンは右手を握る。
熱い。
だが、不思議と嫌な感覚ではなかった。
むしろ――身体の一部みたいだった。
ソレイナが静かに近づく。
「主様」
「あぁ」
「今日は、“力を流す”感覚を覚えていただきます」
「流す……?」
「はい。今の主様は、炎を宿しただけです」
ソレイナはレンの胸へそっと手を当てる。
「ですが、まだ“循環”していない」
「循環?」
「炎とは、流れです」
夕風が吹いた。
赤い髪が揺れる。
ソレイナの瞳には静かな炎が灯っていた。
「止まった炎は消えます。ですが、巡る炎は消えません」
「……つまり?」
「主様自身が炎と一つになるのです」
レンは眉をひそめた。
「いや、難しいなそれ」
「ふふっ、最初は皆そう言います」
ユシルが木陰からひょこっと顔を出す。
「がんばれ〜主〜」
フリートも手を振る。
「主さんならできますよ!」
アヤネは静かに頷いた。
「主殿は、適応が早いです」
レンは小さく息を吐いた。
「……やるしかないか」
ソレイナは一歩下がる。
「では、右腕へ意識を集中してください」
レンは目を閉じる。
右腕。
紋様。
熱。
炎。
――すると。
身体の奥。
胸の中心。
そこに小さな“火”があることに気づいた。
ゆらゆらと揺れる赤い灯火。
「……これか?」
「はい」
ソレイナの声が聞こえる。
「それが、主様の中に宿った炎」
「……」
「それを右腕へ流してください」
レンは意識を集中する。
すると。
胸の熱がゆっくり動いた。
まるで血液のように。
炎が身体を巡っていく。
熱が腕へ流れ込む。
瞬間――。
ボォッ!!
右腕から紅蓮の炎が噴き上がった。
「うおっ!?」
レンは驚き後ろへ飛ぶ。
だが炎は消えない。
右腕へ巻き付くように燃えている。
ユシルがぱちぱち拍手する。
「おぉ〜!」
フリートの目も輝く。
「すごいです主さん!」
アヤネも静かに目を見開いていた。
「……成功」
ソレイナは満足そうに頷く。
「素晴らしいです、主様」
レンは炎の腕を見つめる。
熱い。
だが燃えているのに痛くない。
むしろ身体が軽い。
力が湧いてくる。
「これが……」
ソレイナが続ける。
「炎纏」
「炎を身体へ巡らせ、能力を強化する基本技術です」
レンは拳を握った。
すると炎が強く燃え上がる。
地面が熱で焦げる。
「……すげぇ」
その時だった。
バキィン!!
訓練場の奥で突然鉄板が吹き飛んだ。
レン達が振り向く。
そこには。
巨大な鋼鉄人形。
全長三メートルほどの訓練用自動機兵が立っていた。
片目が赤く点滅している。
フリートが驚く。
「えっ!?」
ユシルが首を傾げた。
「壊れてる〜?」
アヤネが地面に触れる。
「……制御異常。誰かが遠隔操作しています」
レンの表情が変わった。
「敵か?」
その瞬間。
機兵が轟音と共に突進してきた。
ドゴォォン!!
地面が砕ける。
レンは反射的に横へ飛ぶ。
「速っ!?」
機兵の拳が地面へめり込んだ。
ソレイナが前へ出る。
「主様!」
だが。
レンは炎の右腕を見る。
胸の奥の炎が脈打っている。
恐怖よりも――戦いたい感覚があった。
レンは静かに前へ出る。
「……やる」
ソレイナが目を見開いた。
「主様?」
レンは右腕へ炎を集中する。
炎がさらに激しく燃えた。
紅蓮の紋様が輝く。
「これ……使えるんだよな」
ソレイナは静かに頷く。
「はい」
レンは深く息を吸う。
そして。
駆けた。
「うおおおおっ!!」
機兵の拳が振り下ろされる。
レンは炎を纏った右腕で迎え撃った。
激突。
轟音。
炎が爆ぜる。
ドォォォンッ!!
衝撃波が訓練場を揺らした。
ユシルの髪が風で揺れる。
フリートが目を丸くする。
アヤネが静かに呟いた。
「主殿……」
煙の中。
レンは歯を食いしばりながら機兵の拳を止めていた。
「……っ、重っ……!」
だが。
止まっている。
受け止めている。
以前のレンでは絶対に不可能だった力。
ソレイナは微笑んだ。
「主様は、確実に強くなっています」
レンは炎を燃やしながら叫ぶ。
「まだぁぁぁぁっ!!」
炎が爆発的に膨れ上がった。
紅蓮の熱風が訓練場を包み込む。
そして――。
レンの右腕が、さらに深紅へ染まっていくのだった。
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