第七十二話 静かな午後と小さな違和感
昼下がりの『異能学園高等学校』。
窓から差し込む光が廊下を照らし、生徒たちの笑い声が遠くから聞こえてくる。
そんな平和な空気の中、生徒会室では。
机に突っ伏している自然の擬神の姿があった。
「すぅ〜〜……すぅ〜〜……」
その背中では、葉っぱのついた尻尾がゆらゆらと揺れている。
レンは呆れたようにその姿を見ていた。
「また寝てるのか……」
ソレイナは紅茶を淹れながら小さくため息を吐く。
「ユシルは平常運転ですね。」
「平和ってこと〜……」
寝たまま返事が返ってきた。
「起きてたのかよ。」
「半分だけ〜……」
アヤネは窓際で外を見ている。
その足元では、小さな石ころが意志を持つように転がっていた。
「主様。」
「ん?」
「校庭の地下に埋まっている配管、一部老朽化しています。」
「なんでわかるんだよ……」
「土地が教えてくれました。」
さらっと恐ろしいことを言う。
フリートはソファに座りながら雑誌を読んでいた。
「でも、本当に平和ですね〜。」
「そうだな。」
レンは椅子に座りながら息を吐いた。
最近はトランセンド・ラボの動きもない。
異能暴走状態も発生していない。
拍子抜けするほど平穏だった。
そこへ。
勢いよく扉が開いた。
「やっほー!」
元気いっぱいに飛び込んできたのは咲夜だった。
その後ろから詩乃も静かに入ってくる。
「こんにちは……」
「お前らか。」
「ねぇねぇ!暇!」
「開口一番それかよ。」
咲夜はレンの隣に座ると机に肘をついた。
「だって今日は平和なんだもん。」
「まあ、それは否定しないけどな。」
詩乃はユシルの隣に座る。
そして。
じーっ。
「……また観察してる。」
「勉強になるから……」
「何の勉強なんだよ。」
「……秘密。」
詩乃は小さくノートに何かを書き込む。
ユシルは眠そうに目を開けた。
「ふゆ〜……」
「……葉っぱ、元気。」
「今日は日光がいい感じだからね〜……」
「植物か。」
レンが呟いた瞬間。
今度は修也と凛が入ってきた。
「みんな揃っているね。」
「珍しいわね。」
凛は室内を見回しながら呟く。
修也は苦笑して肩をすくめた。
「こうして見ると、本当に賑やかになったな。」
「最初はソレイナだけだったのにな。」
「はい。」
ソレイナは静かに頷く。
「ですが、まだ足りません。」
レンが眉をひそめた。
「またその話か?」
「はい。」
真面目な顔。
「主様を守るには、まだ戦力不足です。」
「いや、十分強いだろお前ら。」
「それでも、です。」
アヤネも頷く。
「敵の規模が不明です。」
フリートも小さく手を上げた。
「もしまた、あの黒コートの人みたいなのが来たら大変ですし……」
空気が少しだけ重くなる。
トランセンド・ラボ。
あの異常な連中。
レンは思い出すように目を細めた。
だが。
「まっ、来たら返り討ちにすればいいだけよ!」
咲夜が笑い飛ばす。
「簡単に言うなよ……」
「でも、実際そうじゃない?」
凛も腕を組む。
「私たちもいるんだし。」
「うん……」
詩乃も小さく頷いた。
修也は笑みを浮かべる。
「頼もしい仲間だね。」
レンは少しだけ肩の力を抜いた。
「……そうだな。」
その時だった。
カタッ。
アヤネの足元にあった石ころが突然止まる。
アヤネの表情が変わった。
「……?」
「どうした?」
「静かです。」
「は?」
「地面が。」
部屋の空気が少し張り詰める。
ソレイナも目を細めた。
「……主様。」
「なんだよ。」
「少し、嫌な気配がします。」
ユシルも眠そうな目をゆっくり開く。
「ん〜……たしかに〜……」
フリートは窓の外を見る。
「海の流れが変な感じです……」
レンは立ち上がった。
「おいおい、なんだよ急に。」
修也も笑みを消す。
「……何か来るかもしれないね。」
凛は窓へ近づいた。
詩乃は静かにノートを閉じる。
そして。
校舎の外。
遠く。
誰もいないはずの中庭に――。
黒いローブ姿の人影が、一瞬だけ立っていた。
「……っ!」
レンが目を見開く。
だが次の瞬間には消えていた。
「今の……」
ソレイナの瞳が赤く揺れる。
「主様。」
アヤネの周囲で石が浮かび上がる。
ユシルの尻尾の葉がざわりと揺れた。
フリートは静かに立ち上がった。
修也は窓の外を見つめる。
「……どうやら。」
凛が低く呟く。
「平和な時間、終わりみたいね。」
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