第六十二話 夕暮れの帰り道と小さな変化
俺は神代レン。普通の高校生――だった。
だがスキル《神核生成》によって炎の擬神ソレイナ、自然の擬神ユシル、操りの擬神アヤネ、そして海洋の擬神フリートと出会い、俺の日常は大きく変わった。
けれど最近は、激しい戦いよりも、こうして穏やかな時間を過ごすことが増えている。
「……平和、だなぁ」
夕暮れの商店街。
オレンジ色に染まる道を、俺たちは並んで歩いていた。
ソレイナはいつものように俺の少し後ろ。
ユシルはふわふわと浮かびながら眠そうにしている。
アヤネは静かに周囲を観察し。
フリートは興味津々といった様子で店を眺めていた。
「主さん主さん、あれ見てください!」
フリートが指差した先には、大きな水槽が置かれた熱帯魚店があった。
青い照明の中を、小さな魚たちが群れで泳いでいる。
「わぁ〜……綺麗〜……」
ユシルが眠そうな声を漏らす。
フリートは目を輝かせながら水槽へ駆け寄った。
「海とはまた違いますね……!」
「魚、好きなのか?」
「はい!海は大好きです!」
フリートは市女笠を押さえながら嬉しそうに笑う。
その姿を見て、店員らしきおじさんが苦笑した。
「お嬢ちゃん、魚好きなんだねぇ」
「はい!」
「ははは、元気でよろしい!」
ソレイナが静かに呟く。
「……主様」
「ん?」
「フリートが楽しそうで何よりです」
「そうだな」
アヤネも小さく頷いた。
「海洋系統の擬神ですので、水場との親和性が高いのでしょう」
「親和性って、ゲームみたいな言い方だな」
「事実です」
真顔で返され、思わず苦笑する。
その時だった。
「……主様」
ソレイナの声色が変わった。
一瞬で空気が引き締まる。
「どうした?」
「……いえ」
ソレイナは人混みへ視線を向ける。
アヤネも静かに周囲を見渡していた。
「少し、視線を感じました」
「敵か?」
「わかりません。ですが、悪意のようなものを」
フリートも水槽から離れ、真剣な表情になる。
ユシルだけはのんびりしていた。
「ん〜……でも〜今は消えたよ〜?」
「消えた?」
「うん〜。すぅ〜ってどっかいった〜」
ソレイナは警戒を解かない。
「……主様、念のため近くを離れないでください」
「あぁ」
最近は平和だった。
だからこそ、こういう小さな違和感が逆に不気味だった。
トランセンド・ラボ。
あの組織が動いていないとは思えない。
俺たちは再び歩き始めた。
すると今度は、フリートが立ち止まる。
「……?」
「どうした?」
「主さん、あそこ」
フリートが指差した先。
そこにはゲームセンターがあった。
派手な音楽。
光る画面。
大勢の学生。
その入口を見つめながら、フリートは少しそわそわしている。
「……入りたいのか?」
「えっ」
図星だったらしい。
フリートは慌てて両手を振った。
「い、いえ!任務中ですし!」
「別にちょっとくらいならいいだろ」
「本当ですか!?」
一気に表情が明るくなる。
ソレイナが小さくため息をついた。
「……主様は甘いです」
「たまにはいいだろ」
「ですが――」
「ソレイナも来るか?」
「……行きます」
即答だった。
アヤネも静かに続く。
「護衛任務を継続します」
「はいはい」
結局全員でゲームセンターへ入ることになった。
中はかなり騒がしかった。
フリートは目を輝かせながら辺りを見渡している。
「すごいです……!」
「そんな珍しいか?」
「はい!こういう場所は初めて見ました!」
ユシルはクレーンゲームを見上げていた。
「ぬいぐるみ〜〜」
「あれ欲しいのか?」
「ん〜〜〜」
欲しいらしい。
俺は財布を取り出した。
「やってみるか」
「おぉ〜〜」
数分後。
「……取れない」
「主さん頑張ってください!」
「主様、右に二センチです」
「細かい!」
「左です」
「どっちだよ!」
アヤネは真剣に分析していた。
「アームの保持力が低いです。恐らく確率機」
「そんな知識あるのか……」
ユシルはぼんやり眺めている。
「がんばれ〜〜」
そして。
数回目でようやく景品が落ちた。
「おぉ!」
「取れました!」
フリートが拍手する。
ユシルは受け取った植物モチーフのぬいぐるみを抱きしめた。
「ふへへ〜〜」
嬉しそうだ。
その姿を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
ソレイナも少しだけ表情を緩めていた。
「……楽しそうですね」
「あぁ」
「こういう時間も、悪くありません」
夕暮れはいつの間にか夜へ変わっていた。
ゲームセンターを出ると、ひんやりとした夜風が吹く。
フリートが空を見上げる。
「綺麗ですね」
街の灯り。
夜空。
穏やかな時間。
戦いばかりじゃない。
こういう日常があるから、守りたいと思える。
ソレイナが静かに口を開いた。
「主様」
「ん?」
「……私は、この世界を最初はよく知りませんでした」
「うん」
「ですが、最近は少しだけ理解できた気がします」
「何を?」
ソレイナは夜の街を見つめる。
「守りたいと思える景色が、たくさんあるということを」
その言葉に、俺は少し驚いた。
最初のソレイナは、敵を排除することしか考えていなかった。
でも今は違う。
ユシルも、アヤネも、フリートも。
みんな少しずつ、この世界での時間を重ねて変わっている。
「……そっか」
「はい」
フリートが笑う。
「主さんのおかげですね!」
「俺のおかげか?」
「はい!」
ユシルもぬいぐるみを抱えながら頷いた。
「主のおかげ〜〜」
アヤネまで小さく頷く。
「否定はしません」
「なんだそれ」
思わず笑ってしまう。
その時だった。
ソレイナが再び足を止めた。
「……主様」
今度は、さっきよりも鋭い声だった。
「どうした」
ソレイナは夜の路地を睨む。
アヤネの瞳も細くなる。
フリートの周囲に水が浮かび始めた。
ユシルも眠たそうな目を少しだけ開く。
そこには――
誰も、いなかった。
だが。
暗い路地の奥。
ほんの一瞬だけ。
黒いコートの裾のようなものが、見えた気がした。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




