第六十一話 「夕凪の帰り道」
夕陽が海を赤く染めていた。
昼間の眩しい青とは違う、どこか静かな橙色の世界。波は穏やかに揺れ、海面には夕焼けが鏡のように映っている。
そんな景色の中。
「まだ帰りたくな〜〜〜い!」
フリートが海の中でじたばたしていた。
「子供かお前は」
レンが呆れた声を出すと、フリートはぷくっと頬を膨らませる。
「だって海楽しいんだもん〜〜〜!」
ユシルも同じように砂浜へ寝転がっていた。
「ん〜〜〜、わかる〜〜〜……ここ落ち着く〜〜〜」
「お前はどこでも落ち着いてるだろ」
「えへへ〜〜〜」
咲夜はそんな二人を見て笑っている。
「ほんと仲良いねぇ」
ソレイナは静かに周囲を警戒しながらも、どこか穏やかな表情を浮かべていた。
「……異常なし。問題なく一日を終えられそうですね」
アヤネも小さく頷く。
「はい。敵性反応なし」
レンは荷物をまとめながら海を見る。
「結局、普通に遊んで終わったな」
「平和でいいことです」
ソレイナの言葉に、レンは少し笑った。
「まぁ、たしかにな」
その時だった。
「主さ〜〜〜ん!」
海の方からフリートが大きく手を振る。
「最後に一緒に泳ご〜〜〜!」
「えぇ……」
レンが露骨に嫌そうな顔をすると、咲夜が楽しそうに肩を叩いた。
「いいじゃん!せっかく海来たんだし!」
「いやもう十分遊んだだろ……」
ユシルも起き上がる。
「主〜〜〜、いこ〜〜〜?」
「……はぁ」
結局押し切られる形で、レンは再び海へ向かうことになった。
波打ち際へ足を入れる。
夕方になった海水は少し冷たかった。
「うお、冷たっ」
「へへ〜〜〜!」
フリートは嬉しそうに周囲へ水を飛ばしている。
その横でユシルはぷかぷか浮いていた。
「きもち〜〜〜」
「お前ほんと自由だな」
咲夜はレンへ笑いかける。
「でも、なんかいいよね」
「何が?」
「こういう時間。戦ったりばっかじゃなくてさ」
レンは少しだけ黙る。
頭に浮かぶのは、トランセンド・ラボとの戦い。異能暴走状態。黒コートの男。
危険なことは増えている。
でも今は。
こうして笑っていられる。
「……そうだな」
その時だった。
ざばんっ!
突然、大きな水柱が上がる。
「うわっ!?」
見ると、フリートが海中から勢いよく飛び出してきた。
その周囲には魚の群れが渦のように集まっている。
「見て見て〜〜〜!集まってきた〜〜〜!」
「なんで!?」
「海洋の擬神だから〜〜〜?」
「疑問形で言うな!」
魚達はまるでフリートに懐いているかのようだった。
咲夜が目を輝かせる。
「すご〜い!」
ユシルもぱちぱち拍手している。
「フリート人気者〜〜〜」
ソレイナは小さくため息を吐いた。
「……海では特に力が強くなるのですね」
アヤネも分析するように呟く。
「周囲の水分支配率が上昇しています。通常時より出力増加」
「つまり?」
「テンションが高い」
「そこ分析なのか?」
そんなやり取りをしているうちに、空はさらに赤く染まっていく。
やがて太陽がゆっくりと水平線へ沈み始めた。
フリートが静かにその景色を見つめる。
「……綺麗」
いつもののんびりした声とは違う、少し落ち着いた声だった。
レンも空を見る。
「……ほんとだな」
海風が静かに吹き抜ける。
波の音だけが聞こえる穏やかな時間。
ソレイナはレンの隣へ立った。
「主様」
「ん?」
「……こういう時間を、守りたいですね」
レンは少し驚く。
ソレイナは海を見つめたまま続けた。
「貴方様の日常を。皆で笑っていられる時間を」
ユシルも頷く。
「うん〜〜〜、楽しいもんね〜〜〜」
アヤネも静かに口を開く。
「……悪くありません。この環境」
フリートは夕陽を背に笑った。
「だから守るんだよ〜〜〜!」
レンはそんな擬神達を見て、小さく笑う。
「……頼もしいな、お前ら」
その言葉に、四人はそれぞれ嬉しそうな表情を見せた。
帰り道。
海辺から駐車場へ向かう途中、咲夜が大きく伸びをする。
「楽しかった〜!」
「だな」
「またみんなで来たいね!」
フリートが勢いよく手を上げた。
「次は船乗りたい〜〜〜!」
ユシルも続く。
「山もいいよ〜〜〜」
アヤネは少し考える。
「鉱山も興味があります」
「お前だけ方向性違うな?」
ソレイナは静かにレンを見る。
「主様はどうしたいですか?」
突然聞かれ、レンは少し考えた。
そして。
「……またみんなで、どっか行けたらいいな」
その言葉に、擬神達の表情が柔らかくなる。
夕暮れの海。
穏やかな一日。
戦いとは無縁の、静かな時間。
それは確かに、レン達にとって大切な“日常”だった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




