第六十話 「蒼海と夏の一日」
真っ青な空だった。
見上げれば雲ひとつない快晴。照りつける太陽の光が海面に反射し、きらきらと白く輝いている。
潮風が頬を撫で、波の音が静かに耳へ届く。
そんな夏らしい景色の中――。
「海だぁ〜〜〜〜!!!」
真っ先に砂浜を駆け出したのはフリートだった。
海色の髪を揺らしながら一直線に波打ち際へ向かい、そのまま勢いよく海へ飛び込む。
大きな水しぶきが上がった。
「冷た〜〜〜い!」
「いやお前海洋の擬神だろ!?」
レンが思わず叫ぶと、フリートは楽しそうに笑う。
「だから楽しいんだよ〜〜〜!」
その横ではユシルが裸足で砂浜を歩いていた。
「ん〜〜〜、砂気持ちいい〜〜〜」
「お前はマイペースだな……」
ユシルはしゃがみ込み、小さな花を見つける。
「わぁ〜、海辺にも咲いてるんだね〜」
すると周囲の草花がふわりと揺れた。
自然の擬神であるユシルに反応しているのか、海風とは違う優しい風が吹き抜けていく。
少し離れた場所では、ソレイナが真剣な表情で周囲を見回していた。
「主様、こちら側の人通りは少なめです。もし休憩するなら岩場付近が安全かと」
「遊びに来たんだよな俺達?」
「はい。ですが護衛も重要です」
アヤネも静かに頷く。
「視界も広い。奇襲を受けにくい地形です」
「お前らほんとブレないな……」
レンが苦笑していると、後ろから元気な声が飛んできた。
「おまたせ〜!」
振り返ると、朝比奈咲夜が手を振りながら走ってくる。
白いパーカー姿に帽子を被り、肩にはビーチバッグ。
「咲夜、ほんとに来たんだな」
「もちろん!海だよ海!」
そう言うなり、咲夜は目を輝かせながら海を見る。
「うわぁ〜……綺麗!」
フリートが勢いよく戻ってきた。
「咲夜さんも入ろ〜〜〜!」
「入る入る!」
二人はそのまま波打ち際へ走っていく。
レンはそんな光景を見ながらため息を吐いた。
「元気だなぁ……」
その時。
「主様」
ソレイナが静かに声をかけてくる。
「ん?」
「……ありがとうございます」
「は?」
突然の言葉にレンは目を丸くした。
ソレイナは海を見つめたまま続ける。
「我々擬神は、本来こうして穏やかに過ごすことは少ない存在です。戦うことが役目でしたから」
「……」
「ですが、主様と出会ってからは違う。こうして平和な時間を過ごせている」
レンは少し困ったように頭をかく。
「別に大したことしてないだろ」
「主様だからこそです」
真っ直ぐな言葉だった。
レンは少し照れくさそうに視線を逸らす。
「……そっか」
その横でアヤネも小さく口を開く。
「私も、嫌いではありません。この環境」
「おぉ、アヤネが素直だ」
「……主様?」
「すみませんでした」
そのやり取りに、ソレイナが小さく笑う。
そんな穏やかな空気を壊すように。
「主さ〜〜〜ん!!!」
遠くからフリートの声が響いた。
振り向くと、巨大な水柱が上がっている。
「なにやってんだアイツ!?」
海の中央付近。
そこではフリートが嬉しそうに両手を広げていた。
周囲の海水が渦を巻き、小型の潜水艦のような形を作っている。
「見て見て〜〜〜!《蒼海潜航》〜〜〜!」
「遊びで能力使うなぁぁぁ!?」
海水で作られた“潜水艦”は、そのまま海中へ潜っていく。
次の瞬間。
離れた位置から勢いよく浮上した。
大量の水しぶきが上がり、近くにいた咲夜がびしょ濡れになる。
「きゃぁっ!?ちょ、フリートちゃん!?」
「わぁ〜〜〜成功〜〜〜!」
「成功じゃないよ〜!」
咲夜は笑いながら水を払っている。
レンは頭を抱えた。
「なんで海来ると全員テンション上がるんだ……」
ユシルはのんびりと答える。
「夏だからじゃな〜い?」
「その理論で全部済ませるな」
昼過ぎになると、レン達は岩場近くへ移動していた。
持ってきた飲み物を広げ、簡単な昼食を食べる。
「ん〜〜〜、海で食べると美味しいね〜」
ユシルがサンドイッチを頬張りながら笑う。
咲夜も嬉しそうだった。
「わかる!なんか特別感あるよね!」
ソレイナは海を見つめながら呟く。
「……平和ですね」
「そうだな」
レンも静かに海を眺めた。
波の音。
青い空。
騒がしい仲間達。
以前の自分なら、こんな時間を過ごすことはなかったかもしれない。
普通じゃない毎日。
けれど、嫌ではなかった。
その時。
アヤネがふと海の向こうを見つめる。
「……?」
「どうした?」
「いえ……今、一瞬だけ違和感が」
ソレイナの表情が少し鋭くなる。
「敵ですか?」
「……不明。ただ、何か視線のような」
レンも海の向こうを見る。
しかし見えるのは、遠くの水平線だけだった。
フリートは気づかず海ではしゃいでいる。
「主さ〜〜〜ん!早く来て〜〜〜!」
「はぁ……」
レンは立ち上がる。
「今行くよ」
ソレイナは少し警戒を残したまま頷いた。
「……念のため、周囲を警戒します」
アヤネも静かに砂浜へ視線を向ける。
だが、その違和感はすぐに消えていた。
夕暮れが近づき始める海辺。
楽しい一日は、まだ終わらない。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




