第五十九話 「海へ向かう約束」
朝の光が神代家のカーテンの隙間から差し込み、部屋の中を淡く照らしていた。
静かな朝――になるはずだった。
「主様、起床してください」
聞き慣れた声と共に、レンの布団が勢いよく剥がされる。
「うわっ!?寒っ!!」
飛び起きたレンの前には、いつも通り真面目な顔をしたソレイナが立っていた。
「もう朝です。主様、今日は外出の準備が必要でしょう」
「わかってる……けどまだ早いだろ……………」
ベッドへ戻ろうとした瞬間。
「だめ〜〜〜〜~~」
今度は逆方向からユシルが抱きついてきた。
「今日は海行く準備するんでしょ〜?寝てたら終わっちゃうよ〜〜」
「お前ら朝から元気だな……………」
レンは眠そうに頭をかきながら起き上がる。
その横では、アヤネが窓際で外を見ていた。
「天候、良好。明日も晴れる可能性が高いです」
「気象予報士かお前は」
「土地と空気の流れを観測しています」
「ほんと万能だな…………」
その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「おっはよ〜〜〜!!!」
元気な声と共に入ってきたのはフリートだった。
海色の髪を揺らしながら、楽しそうに部屋へ入ってくる。
「海〜〜〜!海だよ主さん〜〜〜!」
「まだ行ってないからな?」
「でも楽しみ〜〜〜!」
フリートはそのままベッドへ飛び込み、ぽすんと倒れ込んだ。
「……お前、ほんと自由だな」
「海の子だからね〜〜〜」
何がどう関係しているのかわからない返答に、レンは苦笑するしかなかった。
その後、朝食を終えたレン達はリビングへ集まっていた。
テーブルには地図やスマホが広げられている。
「で、どこの海に行くんだ?」
レンがそう聞くと、フリートが勢いよく手を上げた。
「綺麗なとこ!」
「雑すぎるだろ」
ユシルも便乗する。
「自然いっぱいがいい〜〜〜」
ソレイナは腕を組みながら考える。
「人が少ない場所のほうが警護はしやすいです」
アヤネも静かに頷いた。
「障害物が少ない場所であれば、迎撃も容易」
「お前ら遊びじゃなくて護衛前提なのやめろ」
レンが頭を抱えていると、母が笑いながらスマホを見せてきた。
「ここなんてどう?少し離れてるけど景色綺麗よ」
そこには海岸の写真が映っていた。
透き通った青い海。白い砂浜。周囲には岩場や自然も多い。
ユシルの目が輝く。
「わぁ〜〜〜!」
フリートも身を乗り出した。
「ここ行きたい〜〜〜!」
ソレイナは真剣に画面を見る。
「地形も悪くありません」
「だから戦闘基準で考えるなって」
アヤネは小さく頷いた。
「ですが、主様を守るには重要です」
「いやまあ……ありがたいけどさ」
レンは苦笑しながらスマホを受け取った。
「じゃあここにするか」
その瞬間、フリートとユシルが同時に歓声を上げる。
「やった〜〜〜!」
「海〜〜〜〜!」
二人はそのまま部屋をくるくる回り始めた。
ソレイナは静かにため息をつく。
「まったく……落ち着きがありませんね」
「ソレイナも少し楽しそうだけどな」
「っ……」
レンの言葉に、ソレイナはわずかに視線を逸らした。
「私は主様の護衛を優先しているだけです」
「はいはい」
昼過ぎ。
レン達は海へ持っていくものを買いに商店街へ来ていた。
「タオル、飲み物……あと日焼け止めか」
「主様、これも必要では?」
ソレイナが手に取ったのは、大きな救急セットだった。
「海水浴にそれは重装備すぎる」
「万が一があります」
アヤネは別の棚を見ている。
「防水性の高いバッグがあります」
「なんか普通に頼りになるな……」
その横でフリートは浮き輪コーナーに夢中だった。
「主さん!これ見て〜〜〜!」
巨大なサメ型浮き輪を抱えながら笑っている。
「でかっ!?」
ユシルはクラゲ型の浮き輪を持っていた。
「ふわふわ〜〜〜」
「お前ら完全に遊びモードだな……」
その時。
「あれ、レン?」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには朝比奈咲夜が立っていた。
「あ、咲夜」
「なになに?みんなで買い物?」
「明日海行くから準備だよ」
咲夜は目を輝かせた。
「海!?いいなぁ〜!」
フリートがすぐに近寄る。
「海行くよ〜〜〜!」
「わ、元気だねぇフリートちゃん」
ユシルものんびり手を振った。
「一緒に行く〜〜?」
「えっ、いいの!?」
レンは少し驚く。
「来るのか?」
「もちろん!楽しそうだし!」
ソレイナは少し考えた後、静かに頷いた。
「戦力は多いほうが良いですね」
「だから護衛目線やめろって」
咲夜は楽しそうに笑った。
「じゃあ決まり!海だ〜!」
夕焼けの商店街に、賑やかな声が響く。
そんな様子を、少し離れた場所から見つめる影があった。
黒いフードを深く被った人物。
「……神代レン」
小さく呟かれた声は、人混みの中へ静かに消えていく。
しかし、その存在に気づく者はいなかった。
海へ向かう前日。
賑やかな日常は、まだ穏やかに続いていた。
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