第五十二話 「黒霧侵食」
文化祭の歓声は、悲鳴へと変わっていた。
砕け散った結界。
空から降り注ぐ黒い霧。
そして、その霧に触れた生徒たちが次々と苦しみ始める。
「がぁぁぁぁぁぁっ!!」
「身体が……熱い……!!」
「助け……っ……!」
黒い靄が生徒たちの皮膚を這い、異様な魔力反応を膨れ上がらせていく。
異能暴走状態――オーバーロード。
レンは歯を食いしばった。
「なんなんだよ……これ……!」
校舎屋上。
そこには黒コートの人物が立っていた。
顔は見えない。
だが、その笑みだけは不気味なほど鮮明だった。
「素晴らしいだろう?」
低い声が響く。
「これこそが、人類の進化だ」
「ふざけるな!」
咲夜の雷が爆ぜる。
《雷装展開》!!
黄金の雷光が身体を包み込む。
次の瞬間、咲夜は一直線に空へ跳んだ。
《閃雷駆》!!
雷撃の如き速度。
だが――。
「遅い」
黒コートの男の周囲に闇が渦巻いた。
《暗黒壁》。
雷が飲み込まれる。
「っ!?」
咲夜が目を見開く。
闇はそのまま膨張し、逆流するように雷を押し返した。
ドォォォォォン!!
「きゃぁっ!!」
咲夜の身体が吹き飛ぶ。
「咲夜!」
凛が氷の足場を生成。
空中で咲夜を受け止める。
「大丈夫!?」
「う、うん……でも、あれヤバい……!」
黒コートの男は笑っていた。
「いいねぇ、その力」
「実に観察しがいがある」
「観察……?」
修也の目が細くなる。
「貴様、何者だ」
「名乗るほどでもないさ」
「私はただ、“研究”しているだけだ」
その瞬間。
地面から黒い腕が無数に伸びた。
「っ!」
凛が即座に反応する。
《氷結領域》!!
爆発的冷気。
黒い腕をまとめて凍結する。
しかし。
パキパキパキッ――!!
闇が氷を侵食した。
「なっ……!?」
「凍らない……!?」
「いや、侵食してるのか……!」
レンの額を汗が伝う。
明らかに異常だった。
これまで戦ってきた異能暴走状態とは格が違う。
まるで、“災害”。
詩乃が静かに前へ出る。
その手にはいつものノート。
「……やる」
ページが開かれる。
青白い光が周囲へ広がった。
《星図展開》。
空間一帯へ巨大な星図が浮かび上がる。
星々の光が軌道を描き、闇を包囲した。
「……捕捉」
次の瞬間。
無数の光線が降り注ぐ。
ドドドドドドドッ!!
校舎屋上が爆煙に包まれた。
「やったか……!?」
しかし。
煙の奥から黒い靄が溢れ出す。
まるで生き物のように。
「残念」
無傷。
男は平然と立っていた。
「その程度か」
詩乃の瞳が揺れる。
「……効いてない」
「嘘でしょ……」
凛も息を呑む。
ソレイナが前へ出た。
「主様、下がってください」
紅蓮の炎が大剣へ宿る。
《紅蓮斬火》!!
巨大な炎刃が空を裂いた。
轟炎。
熱波。
観客席の窓ガラスが震える。
だが。
男は片手を上げるだけだった。
闇が炎を包み込む。
そして――喰らった。
「なっ……!?」
「炎を……!」
「言っただろう?」
男の声が響く。
「闇は全てを飲み込む、と」
今度はユシルが動く。
「ん〜〜……じゃあこれは〜?」
無数の植物が地面から噴き出した。
巨大樹の蔦。
花弁。
自然そのものが牙を剥く。
《樹界眠庭》。
植物が男を拘束しようと殺到する。
しかし。
ズズズズズ……。
黒い霧が植物を侵食。
花が枯れ、蔦が崩れていく。
「自然すら侵食……!」
アヤネの顔色が変わる。
「なら……!」
アヤネが地面へ触れた。
《侵食岩力》!!
周囲の瓦礫と石畳が巨大な岩腕へ変貌。
轟音と共に男へ叩き込まれる。
だが。
黒い闇が岩を侵食した。
ボロボロと崩れ落ちる。
「ありえない……」
レンは呆然とした。
ソレイナ。
ユシル。
アヤネ。
今まで圧倒的だった擬神たちの攻撃が、ほとんど通じていない。
男はゆっくりと笑う。
「いいねぇ」
「実に素晴らしい」
「これほど高純度の力とは」
その時だった。
修也が前へ出た。
いつもの穏やかな笑み。
だが、その瞳だけは鋭い。
「……なるほど」
「これは確かに厄介だ」
凛が振り向く。
「修也?」
「もう遊びの範囲じゃない」
修也の周囲に淡い光が集まり始める。
レンは息を呑んだ。
今まで、生徒会長が本気で戦うところを見たことがない。
だが今――。
空気そのものが変わった。
神代レンは乾いた声を漏らす。
「ソレイナ、ユシル、アヤネでも、太刀打ちできないだと.........」
月影詩乃も静かに呟いた。
「私の―《星図展開》も、あまり効いてないみたい」
氷室凛が険しい表情を浮かべる。
「厄介ね...」
朝比奈咲夜も額の汗を拭った。
「私の雷もだよ~!」
そんな中。
修也だけは静かだった。
「これは、俺も行かないとかな」
「あら、いたのね」
「あぁ、レン、念のため、隠れた位置で神核生成を使用してくれないかな、俺が食い止めている隙に」
「あ、あぁ、」
「主様!」
「待って~」
「お供しますよ」
レンたちが後方へ下がる。
それを確認した修也は、ゆっくりと黒コートの男へ向き直った。
そして。
静かに笑った。
「さて、始めようか」
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