第百二十二話 『境界再起動』
世界が戻ったのではない。
“再び組み立てられた”という方が正しい。
崩壊した現実は、砂のように一度ほどけ、そして別の手によって無理やり積み直された。
ただし、その構造は元のものとは違う。
どこか一部が欠け、どこかに余計な継ぎ目がある。
呼吸するたびに違和感が混じる世界。
◇
俺はまだ核を握っていた。
黒いそれは、今も鼓動している。
だが先ほどとは違う。
“こちらの鼓動に合わせている”ような感覚があった。
「主君」
アイナの声が安定している。
だが、わずかに警戒が増している。
「現象変化を確認」
「世界構造が一時的に“同期状態”へ移行」
「外部干渉により、法則再編成中」
ソレイナが炎を小さく揺らす。
「つまり……押し返した結果、向こうも作り直してきた、ということですか」
アヤネが冷静に補足する。
「否。再構築ではなく“上書き”。
現行世界を基盤にしているが、主導権は別」
フリートが周囲を見回す。
「で、敵はどこですか?」
ユシルが空中でくるくる回る。
「見えないね〜?」
◇
黒衣の男は、先ほどと同じ位置にいる。
だが、そこに“いる”という確信が持てない。
存在しているのに、存在していない。
観測しようとすると、別の場所にいるように感じる。
「観測干渉か……」
アイナが即座に解析する。
「対象存在は固定座標を持たない」
「観測者依存型存在」
ソレイナが目を細める。
「厄介ですね」
◇
男がゆっくり手を上げる。
その動作に意味はないように見える。
だがその瞬間――
空間の一部が“切り取られる”。
建物の残骸が、音もなく消えた。
爆発ではない。
削除。
存在の削除。
◇
「主君!」
アヤネが即座に前へ出る。
しかし次の瞬間、アヤネの足元の地面が消えた。
重力だけが残る。
空間が“抜け落ちる”。
「っ……!」
フリートが跳ぶ。
空中でアヤネを掴む。
「危ない!」
ユシルが叫ぶ。
「なにそれこわい〜!」
◇
アイナの声が鋭くなる。
「注意」
「対象は物理破壊ではない」
「“存在領域削除”」
「触れた対象は世界から切り離される」
ソレイナの炎が強くなる。
「つまり、触れたら終わり、ということですね」
◇
黒衣の男が言う。
「これは試験だ」
「再起動後の世界において」
「どちらが“基準”になるかを決める」
◇
俺は核を握りしめる。
その瞬間、核が反応する。
黒い表面に、微かな光が混じる。
まるで“応答している”ようだった。
「アイナ」
「はい」
「これ、制御できるのか」
一瞬の沈黙。
そして。
「理論上は可能」
「ただし条件あり」
「主君自身が“基準点”として確定する必要があります」
ソレイナが息を呑む。
「つまり……主様が世界の中心になる、ということですか」
「はい」
◇
ユシルがぽつりと言う。
「それってさ〜……かなり大変じゃない?」
フリートが真剣に頷く。
「普通に危険です」
アヤネが淡々と分析する。
「成功確率は不明。だが失敗時のリスクは高い」
◇
黒衣の男が笑う。
「やるがいい」
「どちらが“現実”になるか、だ」
◇
世界が再び歪む。
今度はゆっくりと。
空間が溶けるように揺れ、建物が波のように形を変える。
現実そのものが“揺らぐ揺り籠”になっている。
◇
ソレイナが俺を見る。
「主様」
「決める時です」
アヤネが言う。
「判断を外部に委ねると、再固定は不可能になります」
ユシルが小さく手を振る。
「大丈夫だよ〜、主様ならいける気がする〜」
フリートが拳を握る。
「守る準備はできています」
◇
俺は核を見る。
黒いそれは、今や脈動している。
まるで“答えを待っている”ように。
◇
アイナの声が静かに響く。
「主君」
「選択を」
「世界を固定するか」
「それとも」
「崩壊を許容するか」
◇
黒衣の男が一歩踏み出す。
世界がそれに合わせて傾く。
◇
その瞬間。
俺は核を強く握った。
選択ではない。
決定でもない。
ただ――“拒絶”だった。
◇
世界が再び軋む。
今度は、こちら側から。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




