第百二十話 『終焉の門前』
踏み出した瞬間、世界の密度が変わった。
さっきまで“線”として見えていた戦場が、今は“流れ”として押し寄せてくる。
敵の核。
空間の歪み。
巨獣の心臓。
そのすべてが、一本の巨大な脈動として繋がっていた。
「主君、負荷上昇しています」
アイナの声が静かに響く。
冷静だが、その中に微細な警告が混ざっていた。
「共鳴維持時間、残り短縮」
「構造崩壊の兆候あり」
ソレイナが炎を揺らめかせる。
「ならば急ぎましょう」
その声は熱を含んでいるのに、どこか冷たい判断だった。
ユシルが空中でくるくる回る。
「わぁ〜、世界ぐにゃぐにゃだね〜」
アヤネが即座に制止する。
「ユシル、ふざけている場合ではありません」
「はいはーい」
フリートは前方を睨む。
「敵の再構築、加速しています」
◇
黒衣の男は動かない。
ただ立っているだけなのに、その存在感だけで空間が重くなる。
「来るか」
低い声。
巨獣の胸部が大きく開く。
中の核が、まるで鼓動する心臓のように明滅していた。
そのたびに空間が“跳ねる”。
現実が一拍ずつズレていく。
◇
「アイナ」
俺は短く呼ぶ。
「はい」
「最短ルート」
即座に返答。
「解析完了」
「敵核への到達経路、三本」
「成功率最大経路、提示します」
視界の中に、光の線が浮かぶ。
それはただの道じゃない。
“生存できる確率の流れ”。
◇
ソレイナが小さく息を吐く。
「主様、少し無理をしますよ」
ユシルが笑う。
「無理するの?楽しそう〜」
アヤネがため息をつく。
「楽しむものではありません」
フリートが拳を鳴らす。
「ですが、やるしかないですね」
◇
黒衣の男が笑う。
「選択か」
「いいだろう」
巨獣が吠える。
その声は、音ではない。
“空間そのものの拒絶”。
周囲の現実が押し返されるように揺れる。
だが――
アイナの声が一段強くなる。
「主君」
「今です」
◇
俺は走り出した。
同時に世界が歪む。
巨獣の影が視界を覆う。
地面が消える。
空間が“折れる”。
ソレイナが炎を放つ。
その炎は敵を焼くのではない。
“現実の歪みを固定する杭”として突き刺さる。
ユシルが空間に根を張るように手を広げる。
「とまれ〜!」
アヤネが言う。
「補助構造展開」
フリートが拳を振るう。
「道を開きます!」
◇
巨獣の腕が振り下ろされる。
空間ごと潰す一撃。
だがその瞬間。
アイナの声が響く。
「干渉線修正」
「回避確率上昇」
俺の身体が“ずれる”。
攻撃が直撃するはずの位置から、わずかに外れる。
紙一重。
だが確実に生きる位置。
◇
黒衣の男が目を細める。
「ほう……」
巨獣の核が脈打つ。
門が開きかける。
その奥から、黒い風のようなものが漏れ出す。
ソレイナが声を低くする。
「来ますね」
ユシルが珍しく真面目な顔をする。
「なんか……嫌な感じ〜」
アヤネが短く言う。
「異常存在反応」
フリートが構える。
「まだ上があるとは」
◇
俺は走る。
ただひたすらに。
核へ。
門へ。
終わらせるための一点へ。
アイナの声が続く。
「残り距離、縮小」
「接触まであと三十」
「二十」
「十」
黒衣の男が呟く。
「間に合うと思うか?」
◇
その問いに答える余裕はない。
だが、答えはもう決まっている。
ソレイナが炎を解放する。
ユシルが世界を押す。
アヤネが構造を繋ぐ。
フリートが突破口を開く。
そして――
俺は最後の一歩を踏み込んだ。
◇
核に触れる直前。
世界が静止する。
音が消える。
視界だけが異様に鮮明になる。
黒衣の男が微笑む。
巨獣が咆哮する。
門が開く。
そのすべてが、一瞬の中に凝縮される。
アイナの声が最後に響く。
「主君」
「選択を」
◇
俺は手を伸ばした。
そして――核に触れた。
その瞬間。
世界が、砕けた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




