第百七話 知識の擬神と生徒会の午後
『異能学園高等学校』生徒会室。
窓の外では穏やかな風が吹いていた。
先日召喚された知識の擬神アイナもすっかり生徒会室の空気に馴染み始めている。
机の上には書類の山。
生徒会の面々はそれぞれ自分の仕事に取り掛かっていた。
レンもまた椅子に座り、書類を仕分けている。
しかし。
その隣では。
アイナが信じられない速度でペンを走らせていた。
紙を一枚。
二枚。
三枚。
次々と処理していく。
レンは思わず手を止めた。
「……速くないか?」
アイナは顔を上げる。
そして小さく首を傾げた。
「そうですか?」
「そうですかじゃないだろ」
「私は普通ですよ?」
「いや絶対普通じゃない」
アイナは不思議そうな顔をした。
ソレイナが小さく笑う。
「アイナ基準の普通は信用しない方がいいですよ、主様」
「だよな」
「はい」
アイナは元気よく返事をした。
しかし本人は本当に分かっていないらしい。
フリートも苦笑する。
「アイナちゃんって昔からそうだよね」
「そうなのか?」
「うん。難しいことを簡単にやっちゃうの」
「なるほどな……」
レンは改めてアイナを見る。
小柄な少女。
だがその頭脳は規格外。
知識の擬神。
その名に偽りはないらしい。
その時だった。
ユシルが机に突っ伏した。
「ふにゃ~……」
「どうした」
「暇~」
「仕事しろ」
「やだ~」
「即答するな」
レンは思わずツッコむ。
ユシルは頬を膨らませた。
「だってぇ~書類難しい~」
「読めば分かるだろ」
「むり~」
「お前なぁ……」
アヤネがため息を吐いた。
「主殿、諦めてください」
「諦めるしかないのか」
「はい」
「断言された」
フリートが小さく笑う。
ソレイナも肩を震わせていた。
平和だった。
本当に平和だった。
敵も現れない。
異変も起きない。
ただ生徒会として学校の仕事をしているだけ。
だが。
レンはこういう時間も嫌いではなかった。
普通の高校生ではなくなった。
それでも。
こうして仲間たちと過ごす時間は心地良い。
その時。
朝比奈咲夜が勢いよく立ち上がった。
「よーし!」
全員の視線が集まる。
「なんだ?」
「飽きた!」
「座れ」
「即答!?」
「当たり前だ」
咲夜は机に突っ伏した。
「だって書類ばっかりなんだもん~」
「生徒会だからな」
「もっとこう!戦ったり!」
「平和なんだからいいだろ」
「それはそうだけど~」
隣では月影詩乃が静かに問題集を開いていた。
咲夜がそれを見る。
「詩乃ちゃんは相変わらず勉強してるね」
「ん」
「飽きない?」
「飽きない」
「すごい」
「普通」
「普通じゃないよ!?」
詩乃は少しだけ首を傾げた。
その様子に皆が笑う。
氷室凛も珍しく口元を緩めた。
「今日は静かね」
「確かに」
レンも頷く。
「事件もないしな」
「それが一番よ」
「まぁな」
凛の言葉に誰も反論しなかった。
平和が一番。
それは全員が理解している。
しばらくして。
アイナが突然立ち上がった。
「主君」
「ん?」
「喉が渇きました」
「そうか」
「お茶を入れます!」
「自分で解決した」
アイナはてくてくと給湯スペースへ向かった。
そして数分後。
戻ってくる。
なぜか人数分のお茶を持って。
「どうぞ!」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「いただきます~」
「ありがとー!」
全員がお茶を受け取る。
アイナは満足そうだった。
レンも一口飲む。
ちょうどいい温度だった。
「うまいな」
「本当ですか!」
「おう」
「やりました!」
アイナは嬉しそうに笑った。
まるで褒められた子供のようだった。
ソレイナが優しく見守る。
アヤネもどこか安心した表情だった。
どうやら擬神同士でも付き合いは長いらしい。
その後も穏やかな時間は続く。
書類を片付け。
雑談をして。
時々笑って。
そんな時間が流れていった。
夕方。
窓の外が少しずつ赤く染まり始める。
天城修也は最後の書類に判子を押した。
「よし」
その声に全員が顔を上げた。
「終わった?」
咲夜が聞く。
修也は笑顔で頷いた。
「ああ。今日の仕事は終了だ」
「やったー!」
咲夜が両手を上げる。
ユシルも続いた。
「終わった~!」
「最初からほとんど働いてなかっただろ」
「細かいことは気にしない~」
「気にしろ」
レンは呆れる。
しかしそんなやり取りも今では日常だった。
修也が立ち上がる。
「それじゃあ解散にしよう」
「はい」
「お疲れ様でした」
「おつかれ~」
「お疲れ様です!」
次々と椅子から立ち上がる。
レンも荷物を持った。
ソレイナ。
ユシル。
アヤネ。
フリート。
そしてアイナ。
五人の擬神たちも自然とレンの周囲へ集まる。
修也はその光景を見て微笑んだ。
「賑やかになったものだな」
「確かに」
レンも苦笑する。
昔なら考えられなかった。
だが今では。
この光景が当たり前になっていた。
ソレイナが優しく微笑む。
ユシルがふわふわと浮かぶ。
アヤネが静かに立つ。
フリートが元気よく笑う。
アイナが楽しそうに周囲を見回す。
レンはそんな仲間たちを見て。
小さく笑った。
今日も平和な一日だった。
それだけで十分だった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




