第49話 合宿初日
雨の中、翠と一緒にしばらく軒先で待っていると、一台の厳つい車が駐車場に滑り込んできた。
中から出てきたのは、スキンヘッドの男。
定演の会場として使ったジャズバーの店長だった。
彼は開口一番嘆いた。
「いやホント大変だった、ここまで来んの! 山を越え谷を越え!」
「ごめんね、マスター。わざわざ来てもらっちゃって」翠が手を合わせる。
「いやぁ、姉さんに頼まれたら来るしかねぇっすよ」
「またまたぁ」
マスターと呼ばれる彼は、話によればジャズミュージシャンとしても現役で、去年のヤマノではセルリアンのコーチを務めていたらしい。
見た目には四十代ほどのようだったが、翠はまるで同級生みたいに会話していた。
いちかは、翠が一体何歳なのか、よくわからなくなった。
普段は小学生のように無邪気なのに、不意に精神面や人脈で大人を感じさせてくる……
「君は? 一年生?」マスターがいちかに目をやる。
「あ、はい。金海です」
「金海ちゃんね。よろしく」彼は軽く挨拶すると、翠に尋ねる。「もうみんな音出ししてんの?」
「ううん、私たちもさっき着いたからさ。少し待ってて」
「了解。久しぶりに碧音しばくかぁ」
二人が合宿所に入る後をついていきながら、いちかは、スキンヘッドにいじられるサングラスの光景を想像した。
◇
多目的室を整理して作った合奏スペースに、メンバー全員が楽器を持って座っている。
創部後初、部員オンリーのフルバンド編成だ。
バンドの前では、マスターが長机にスコアを広げ、肘をついていた。
「んじゃ、とりあえず聴かせてよ」
合宿所に、コンテスト用の曲が響き始める。
楽譜を手に聞いていたマスターは、徐々にしかめっ面になっていき、曲が終わる頃には頭を抱えていた。
「うぁー」彼はツルツルの頭を叩きながら唸った。「なんか、合奏以前だな……」
ですよね。
いちかも、部員たちも、心の中で頷く。
冬休みに入ってからというもの、部員はなかなか集まることができず、全員で合奏できた機会は、片手で数えるほどだった。
しかも、今のメンバーは、多くがC年や大学から楽器を始めた人で構成されている。
歴戦のエキストラだらけだった去年とは、名前が同じだけの実質別バンドだ。
マスターが最初に指示したのは、セクション毎の基礎練習。
合宿初日の練習時間は、合奏もままならぬうちに消え去っていった。




