27. ボッコボコ
騒ぎを聞きつけた野次馬たちの視線がユウリたちに集中した。
テーブルを囲うを者たち全員が冒険者。「なんだなんだ?」と「喧嘩か?」と注目する理由は冒険者ならではの突発的に始まる、喧嘩という、娯楽イベントだ。
デュエルと言ってもいい。これが始まると冒険者たちはこぞって賭けを始めるのだ。
その流れにユウリは持ち込んだ。
ユウリが、エヴィーシュリンプに合う調味料を取りにいっている間にセシリアたちの前に現れたパーティ。調味料を待っている間、遠くから呑気に聞き耳を立てていたかぎり、セシリアが所属していたパーティで間違いない。ラリアとの会話の内容から察するにあまり仲が良いようには感じられない。むしろ因縁がある様子だ。
おまけにあの魔法の契約書。不正までしてセシリアに迫ってきたということは、よほど手放したくなかったのか、あるいは最近の配信を見て気が変わったのか。
ユウリが元いたパーティを彷彿とさせる集団。搾取するだけ搾取する集団。ともあれ、仲間に危害を加えそうな以上、排除しても構わないだろう、とユウリは思う。
「やってくれたなぁ。〈付与術師〉ごときが俺たちに敵うと思ってんのか?」
「思ってる思ってる。こーっから見ても物凄く弱そうに見えるぞ。ほら、あそこの酒飲みだって弱く見える、みたいな顔で見てるもん」
ユウリは酒の肴にこちらを見ている冒険者を指差す。すると、指差されると思ってなかったであろう冒険者が、『おれぇ?』と言わんばかりの驚いた顔をする。
まあ、それでヘイトがそちらにいくわけがないのだが。
「もし俺が勝ったら、二度とセシリアの前に現れないと誓え」
蹴り飛ばしたダッカが頭を抱えながら起き上がって口を開く。
「けどよ。〈付与術師〉さんよ。俺たちはお前さんと戦う理由がない。まさかタダで――」
「タダとは言ってねぇぞ?」
そう言ってユウリは、どさっ、と財宝の入った大きな袋を床に置いた。
「こいつは〝ミョテン聖都地下大墳墓〟で手に入れた財宝だ。勝てばいけ好かねぇ俺をボコボコにしてセシリアと財宝の両方を手に入れてウハウハできる。もし俺に負けたらセシリアに近づくな。これだったら良いだろ?」
ユウリは余裕な笑みを浮かべて言った。財宝の量からして数年は遊んで暮らせる額。そんなのを見てしまったパーティメンバーは一瞬にして目の色を変えた。
獲物が食いついてユウリはニッコリ。
「おいおい。そんな条件で大丈夫かよォ。後悔しても知らねぇぜ! 〈付与術師〉さんよ! 今更吐いた唾飲み込んでも遅いからなぁ!」
数人同時に殴りかかってきたが、ユウリは華麗に避け、背中を向けている男の頭をひっぱたいた。後頭部を盛大に叩かれた男が、頭を押えながら振り向いた。
「こいよ。舐めプしてやる」
ユウリは挑発して、受付で呆れた表情で見つめているティナに目を向ける。
ティナは溜息をつきながら、近くのスイッチを押した。すると、空間を拡張する魔法が発動し、ギルド内の空間が歪み、中心から空間が拡張された。
「この野郎ぉ! タダで済むと思うなよ!」
後頭部を叩かれた男が殴りかかるが、ユウリは難なく避けた。そして、ユウリは相手の腕をいなし、軽い一撃を鳩尾におみまいする。蹲った男を後にして次に殴りかかってきた男の拳を避け、ビンタ、女には鼻を小突いた。ついでにダッカの尾てい骨を膝蹴りした。
「ぷぷぷ。強気に出てきたわりには弱っわーい。魔法使ってないんだぜ? セシリアを利用したのも納得だわぁ。弱い弱い。セシリアよりも。セシリアよりもYO☆WA☆Iっ」
ユウリはとことんおちょくった。すると、その弱さを証明するかのようにパーティメンバー全員の表情が強張り、自分たちの武器に手が伸びる。
「あーダメダメダメ。それ抜いたら擁護できなく、あーシャキーン、と……知らね」
喧嘩イベントには武器を使ってはいけない、というルールが存在する。争いごとをギルド側が容認しているのも、その約束があるからだ。それを破ったらどうなることやら。まあ、相手が先に抜いた場合、正当防衛でこちらも武器や魔法を使っていいことになる。
「そんなら俺も魔法使うぞ? あっ、かわいそうだから強化魔法だけにしておくね」
「舐めてんじゃねーぞ! このクソ野郎がぁ!」
男がロングソードをユウリに水平に振りう。キン、と金属が響き、振り切ったロングソードの刃先が消え、ユウリの指の間に収まっていた。
驚く男を無視して、身体強化魔法を付与したユウリは小突くように連続で殴る。完全には振り切らず、軽く胸の前に引く程度の拳だが、強化魔法を付与したユウリの一撃は振りかぶった拳以上の威力を出している。仕上げに蹴りを入れ、一人目を沈めた。
「いっちょあがり、っと」
「よそ見してんじゃねぇ!」
ほかの男が、背後から巨大な大剣を振り下ろすが、防御系の付与魔法を行使したユウリの身体に当たった瞬間、根元からへし折れた。驚く男。ユウリは平然と踵を返し。
「アッパーカット」
ユウリはネイティブな口調で言い、助走をつけずに拳を振り上げる。
見事に顎に突き刺さり、男はそのまま天井に突き刺さった。
「このヤロー!」
次に女が背後から椅子を投げてきたが、ユウリは首を振って回避し、〈アストラルハンド〉を行使して、過ぎ去っていく椅子を掴んで女に投げ返した。
見事顔面に直撃して、地面に倒れて泣き叫ぶ。うるせぇな、とユウリは思いながらへし折った大剣に重力魔法を付与し、のたうち回る女にぶつけて気絶させた。
そして、気配を決して背後をとろうとした女に踵を返し、少し強めに又蹴りを入れた。苦悶の声をあげながら蹲る女。
「赤ちゃんできなくなったらどうすんだッ」
「殺す気でナイフ構えてたやつに言われたくねぇ」
ユウリは後頭部を掻きながら天井から落ちてきた男の靴を拾い、激臭を生成する魔法を付与した。女を蹴って仰向けにして腕を封じるように馬乗りになる。そして、女には鼻を過敏にする魔法を付与して準備完了だ。
「てれれ~、てれれてってれてれれ~、じゃーん、じゃじゃじゃーん」
ユウリは裏声の鼻歌まじりに激臭の靴を女の鼻と口を押し当てた。
必死にもがく女。ユウリは気にも留めずに抵抗が消えるまで抑え込んだ。
やがて、女は気絶した。
「ふー、終わった。あとは、っと」
ユウリは一息ついて靴を「くせっ」と言いながら捨てた。
「な、なんなんだ! デタラメだっ」
ダッカは悲惨な光景に狼狽する。ぽっと出の相手に、有名でもない冒険者たった一人に全滅するとは思っていなかった。
だが、ダッカの誤算はユウリの冒険者としての評価だけしか見ていなかったことだ。元賞金稼ぎのユウリが対人戦闘のスペシャリストとは知らないのだ。
もうダッカには後がなかった。
「こ、この野郎!」
ダッカは腰のホルスターからリボルバーを引き抜いた。魔弾が一発入った銃だった。
「避けてください!」
ユウリの圧巻の戦いに呆然としていたラリアが叫んだ。
銃声が響く。気づいていないユウリに。だが、ユウリは振り向かないまま半身を引いて避けた。通り過ぎていく銃弾は、ギルドの壁を破壊した。
静寂に包まれるギルド。幸いなことに冒険者たちは自分の料理を持って避けたことで死傷者はいなかったが代わりに壁が崩れて外と繋がってしまった。
「――――――、」
振り向くユウリ。その瞬間、ゾクッとする圧が放たれる。
それはその場にいた全員にも感じた。殺気ともとれる威圧感。それは誰もが知るある職業の特性だった。特定の条件を踏むと発動する〈銃士〉の固有のモノだった。
「この気配っ。お、お前まさか!」
ユウリは淡々とホルスターから、M&WR8ユウリ専用カスタム銃を引き抜き、ダッカの頭部に突きつけた。冷たく、鋭い眼光とともに見おろしながら。
「ドカァァァァァァァァァァァンッ!」
「ギャァァァァァァァァァァァァッ!」
ユウリは銃声に張り合うくらいの声量で叫び、ダッカを驚かした。
ダッカは絶叫し、漏らした。
「アーハッハッハッハッ。冗談冗談。撃つわけないっしょ」
だが、その変わり銃床で殴った。気絶はしないが、痛みで蹲った。
「いやー、終わった終わった。大したことなかったな。おいダッカさんやい。もう二度とセシリアにちょっかいかけんなよぉ。次きたら撃ち殺すからなぁ」
のほほんとユウリは言いながら財宝を鞄に収納してラリアたちのところに向かう。
少し遅れて、周囲から拍手と歓声が上がった。
それと同時に空間拡張魔法が解除され、ギルド内が元に戻った。
「ユウリ。ごめん。本当なら私がどうにかしなきゃいけな――――」
謝るセシリアの言葉をユウリは静止した。
「俺は感謝の言葉のほうが聞きたいね」
「……、うん。ありがとう。ユウリ」
セシリアは笑みを浮かべてユウリにお礼を言った。
「待ってて。おれいに高いお料理注文してくるから」
「おう。期待してるぞ」
セシリアの厚意にユウリは海老を咥えながら見送った。
「ありがとうございます。ユウリ。私の力不足でセシリアを守ってあげれませんでした」
もぐもぐ食べるユウリに、ラリアはそう言った。
「いいってことよ」
ユウリの気兼ねない言葉にラリアは微笑し、床に伸びているパーティに目を向ける。
「察しているかもしれませんが、あいつらはセシリアがいたパーティです。散々こき使われたあげく、捨てられた。まともな評価を受けれなかった原因でもあります」
「なるほどねぇ。そりゃ、あの等級なのも納得だ」
「セシリアとはそんなときに出会いました。追放宣言されて、必死に元パーティメンバーに泣きつく彼女を引き取って一緒に冒険を始めて、今に至ります」
「だいぶ不愉快だったろ」
「はい。でもユウリのおかげで愉快な気持ちです」
「死体蹴りする?」
「遠慮しときます」
「そう」
「ユウリ」
「ん? なに?」
「……、いえ。なんでもありません」
ユウリはなにか言いたげなラリアに背を向け、ティナの元に向かった。
「ティナ。俺にかけられたお金をおくれ」
すっ、と紫色の羽を渡された。
「お金は慈善団体に寄付しておきますねぇ」
「こ、ここって集めた募金の九割を活動費として徴収する詐欺集団じゃねぇか! ここに送るくらいなら街外れの孤児院に寄付してくれぇ……」
ユウリは悔しそうにそう言って、紫色の羽をティナに返した。
「わかりました。そうしておきますね」
そう言ってティナは紫色の羽を燃やした。
ユウリ、収入ゼロ。かわりに善行を積んだのだった。




