26. 昔の仲間
「「カンパーイ!」」
「乾杯」
ユウリとセシリアは盛大にジョッキを打ち付け合い、ラリアも控えめに当てる。
冒険者ギルドの食事処でユウリたち三人は、少し時間が経ってからセシリアがB級冒険者に昇格が決まり、これで全員がB級冒険者になったことを祝って祝杯をあげていた。
「エヴィーシュリンプうんめぇ。身がぷりっぷりっ。最の高」
山盛りの剥き海老に舌鼓を打つユウリは、さらにもう一尾にかぶりつく。
「ユウリは海老が好きなんですね」
「大ッ好物だね」
エヴィーシュリンプ。エヴィー海に生息する最大で全長三〇センチにもなる大型の海老。肉厚でシータイガーにも劣らない味と風味が人気。繁殖能力が高く、漁獲量も多い。さらに組合で毎年の漁獲量を決めているため、安定した量を保っている。一般家庭の食卓にも並べられる人気食材であり、港ではエヴィーシュリンプを使った郷土料理がたくさん作られている。とくに直火焼き、茹で、エビチリが人気料理だ。こういう名前であるせいか、ある島国では、エヴィエビと呼ばれている。
「ホントに美味しいね。いくらでも食べれちゃうよ」
エヴィーシュリンプを美味しそうに食べるセシリア。そんな彼女の一瞬だけ見せた所作をユウリは見逃さなかった。すると、見られていることにセシリアは気づいた。
「ん? どうしたの?」
「セシリアって上級貴族の娘だったりする?」
ユウリの純粋な気持ちから出た質問に、セシリアは笑顔のまま固まった。
「ち、違うけど、ななんでそう思ったのかな?」
ぎこちないポーカーフェイスで平然を装うセシリア。
「いや、食べ方に一瞬だけ違和感を感じたから気になったんだ」
「へっ、へぇ……そうなんだ。偶然じゃないかなぁ?」
セシリアはそう言いながら顔を反らした。それはもう答えを言ってるようなもんだぞ、とユウリは思いながら口を開く。
「そっか。なんとなく気になっただけだから気にしないでくれ」
早々に会話を終了させ、ユウリはエヴィーシュリンプを頬張った。
「うんめぇ。シェフ! スダチと塩ねえ?」
ユウリは上機嫌のままばっと立ち上がって厨房のほうに向かった。会話に入らなかったラリアは溜息を吐き、難を逃れたセシリアは安堵の息をついた。
そして、なにもかも見透かしてるような彼の後姿を二人で眺めた。
「ユウリってここにものすごく馴染んでるよね。いつからいるんだろう?」
「以前から風の噂で元賞金稼ぎということは知っていましたが、最近になって姿を現したということは、〝ラヴィエル〟の外で活動していたんじゃないでしょうか」
「誰かとパーティ組んでたりしたのかな?」
「してたんじゃないでしょうか。あとは訊くしかありません」
「なんだろう。喧嘩別れ? 最近定番の追放とか?」
「憶測で語らないほうがいいですよ。それに、ユウリの場合、追放される前に先に見切りをつけるタイプだと思いますよ。ズルズルと引きづるタイプでもなさそうですし」
「それもそうね」
そんな会話をしながらもユウリを観察する二人。
「スダチだよスダチ。えっ、ないの? んじゃ、ライムは? え? それもねぇの?」
なにを所望しているのか二人には不明だ。
「スダチってなんでしょうか?」
「私にもわかりません」
ラリアとセシリアは何気ない会話をしながら食事を続けた。
「おっ、セシリアじゃねぇか」
だが、その幸せな時間は、ある男が声をかけてきたことで終わった。
セシリアのその声を聞いて固まり、気まずそうに俯いた。
そして、セシリアたちが座るテーブルを囲うようにして、男の仲間たちが囲う。まるで逃がさないと言わんばかりの位置取りだった。
男の名前は、ダッカ。デコが広いのが特徴のパーティリーダーであり、暗めの金髪男、ハゲの男、くせ毛の金髪女、清楚の仮面をかぶった女、計五人で構成されている〝誓いし聖樹の剣〟という名のパーティ。以前、セシリアが組んでいたパーティである。
「今更なんの用ですか? もう縁は切れているんですよね?」
ラリアは平常心を保ちながら冷たく言い放った。
「いいじゃねぇか。少しくらいお話ししたって」
「そうそう。パーティの中で一番の頑張り屋さんだったからねぇ」
パーティーたちはそう言った。
「よく言いますね。セシリアの手柄をぜんぶ横どりして昇級したくせに」
「おいおい。口が過ぎるとただじゃすまさねぇぞ?」
「私をやれるとでも?」
一触即発になりそうな雰囲気だが、止めに入ったのはダッカだった。
「まあまあまあ。今日はちょっかいかけに来たわけじゃねぇんだ。セシリアに今まで冒険者活動でつぎこんだ金を返してもらいにきただけだ」
その言葉に、ラリアの目が鋭くなった。
「あなた――――」
「待って。ラリア」
「セシリア。でも……」
「大丈夫だよ。これは私の問題だから」
そう言って深呼吸をしたセシリアは立ち上がる。
「ダッカさん。パーティで色々とお世話になったことには感謝しています。ですが、最初に交わした契約書にはそんなことが書かれていなかったはずです」
「嘘だと思うなら、見てもらっても構わねぇぜ?」
そう言ってダッカは契約書を取り出してセシリアに渡した。
「な、なにこれ、どういうこと!?」
契約書の内容を再確認したセシリアは思わず叫んだ。
「どうしたのですか?」
「前に交わした契約書にはなかった文面が書かれてる。『一年未満で脱退する場合は使用された金額に+αして支払わなければいけない』って書いてある」
「そんな。ちゃんと確認してたんですよね? それじゃなんで……」
ラリアは、はっ、とした。魔法の契約書は絶対だ。だが、その効力は強力ゆえに複雑な内容はかけない。例えば『金を設定した金額を支払います』という単純な契約、それも一つしか無理だ。ましてや契約が成立した状態での条件追加は不可能だ。
「あなたたち、不正に契約書を作成しましたね」
「なんのことかな?」
ダッカの鼻にかけたような笑みをすべてを物語っていた。
「とぼけても無駄です。調べれば一発でわかりますよ。ましてや、魔法の効力の強い契約書を使っての不正は重罪です」
「なにを言ってんだ。これは正真正銘のセシリア・エルフィルロスとの正式な契約書だ。しっかりと本人のサインももらってんだぜ?」
ラリアはセシリアを一瞥すると、絶望した顔を浮かべていた。それは、そのサインが本物であることを証明していた。しかしどうやって? という疑問が浮かんだ。
だが、証明するにもその魔法をラリアは持っていなかった。
「それじゃ、本物と証明されたことでいっちょ相談といきましょか。先にいっておくが、一括でしか俺たちは受けつけないからな」
「そんな、こんな大金、私には……」
「そりゃぁ、残念だ。今の装備を売っても足りないだろうなぁ。べつにほかの方法だっていいぞ。良い体もってんもんなぁ。毎晩、俺たちの相手をするだけでもいいんだぜ?」
契約書を持って震えるセシリアの肩を掴んでダッカはそう言った。
「なにを言うんですか! それでは一生契約が終わらないじゃないですか!」
「待つ代わり、にってことだよ」
そう言いながらダッカはセシリアに顔を近づける。
「どうする? セシリアが決めていいぜ? 仲間には手を出さないでおくぜ?」
セシリアを、まるで脅迫するようにダッカは囁いた。瞬間。
「邪魔だ。どけ」
そう言ってダッカを蹴り飛ばしたのはユウリだった。かなり強く蹴られた二メートル近く飛んでいった。スダチの代わりに柑橘系の調味料をもらってきたユウリは、
「汚ねぇ手でセシリアにさわんな。こちとら食事中なんだよ」
ユウリはそう言ってエヴィーシュリンプを調味料につけてかぶりついた。
すると、「てめぇ!」「なにしやがんだ!」とダッカの小物みたいなパーティメンバーが声を上げるが、それをダッカが手で制した。
「アンタもセシリアたちの仲間か? 誤解しないでくれ。俺たちはただ冒険者活動でつぎこんだ金を払ってほしいだけなんだ。ちゃんと契約書もある」
「どれ?」
ユウリが呑気にそう言うと、「これ」とセシリアが持っていた契約書を受け取る。
「ふーん。これがねぇ」
ユウリは呑気に海老を食べながら内容を確認した。
「べつにセシリアじゃなくてもいいぜ。金を払ってくれるならアンタでも」
「……、」
「おい。聞いてんのかよ」
じーっとユウリは、ふむふむ、と言いながら契約書の内容を熟読する。いや、目の動きが尋常ではないほどに上下左右をいったりきたりしていた。
そして、ユウリは「ちょっと失礼」と言ってセシリアの肩を叩き、次にダッカの肩を叩いた。それがなにを意味するのか誰もわからなかった。
「――〈ジャッジメント〉」
ユウリは魔法を行使した。その魔法は今回のような契約書の不正などを暴くために使われる魔法だった。ラリアがいま使いたかった魔法だ。
すると、ユウリが触れたセシリアとダッカが契約書と繋がるように淡く光った。
瞬間、淡い光が砕け散り、同時に契約書が粉々になった。
周囲は静まり返り、ユウリは口角を上げてダッカのほうを見やる。
「これはどういうことかな?」
そう言ったユウリはテーブルを乗り越え、
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ダッカに飛び蹴りをかました。ぐえぇ、と宙を舞って五メートル近く飛んでいったダッカは仰向けの状態で床に叩きつけられた。
「テメェ!」
「なにしやがるんだ!」
ダッカのパーティメンバーたちが吠えた。
だが、ユウリは笑みを崩さずに両手を広げ、
「れでぃーす、あーんど、じえんとるめーん。これから始まりますはこのノーネームパーティに喧嘩を吹っかけてきた五人組パーティと、この〈付与術師〉ユウリのガチンコ勝負。魔法職じゃ勝てない。ならかけようじゃないか。血沸き肉躍る勝負をお見せしよう!」
冒険者ギルドの全員に聞こえるように大きな声で宣言した。
「かけたいやつは俺にかけろ。今日はウハウハだぜ?」




