23. 二人の関係
しばらくして、ラリアは正気に戻った。ようやく落ち着いて話ができる状態になったことに、ユウリは安堵しながらその辺の椅子にもたれかかって事情を訊くことになった。
一息ついたせいか、セシリアは前がはだけていることに気づいていないが。
「お見苦しいものを見せてしまい、大変申し訳ありませんでした」
ラリアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいよいいよ。むしろ良いモン見れた――じゃなくて、その発作はずっと前から?」
「はい。ひどく疲れたりすると、良質な魔力を理性では抑えられないくらいに欲してしまいます。とくに、エルフといった種族の身体から分泌されたものとかに」
「なるほどねぇ。今回のデスマーチがその発作の引き金になったというわけか」
「それだけじゃないとは思うんですけどね」
ラリアはそう言って眼鏡を外した。
「いいの?」
「大丈夫です。セシリア。ユウリは出会った頃から気づいてましたから」
心配そうにするセシリアに、ラリアはそう言った。
ラリアの目は普通の人間とは違う、縦長の瞳孔だった。
「お気づきかもしれませんが。私は人間ではありません。竜人族という種族です」
「まあ、普通じゃないってことはわかってたけど、まさか竜人とはね」
ユウリは淡々とその事実を受け止め、言葉を続ける。
「しかもただの竜人じゃない。系譜はもっと古い〝龍人〟という種族だろ」
「そこまでわかってるとは、ユウリに隠さなくてもよかったですね」
ラリアはそう言って微笑した。
「ねえねえ。竜人と龍人ってなにが違うの?」
すると、セシリアが不思議そうにそう訊ねてきた。
「簡単に言うと、ワイバーンかドラゴンくらい違うな」
「なるほど。よくわからん」
説明するには生物学の知識と、ドラゴンとワイバーン骨格などを用いるから、そうなんだぁ、くらいのニュアンスで受け止めてもらえればと。
「竜人族の特徴として、セシリアみたいな長い耳を持っているんだが、ラリアの種族は見た目は普通の人間そのもの。そのかわりに目がドラゴンと似ているんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「それともう一つ。食性がほんのちょっぴり似通っている」
「食性?」
「ドラゴンって良質な魔力で育ったモノが好きなんだ。古い資料にはエルフの味を知ったドラゴンはエルフを率先して狩った、という記述があるくらいに」
「あはは。その話はあまり聞きたくないかも」
セシリアは眉を顰めて苦笑した。エルフである彼女からしたらあまり良い話ではない。それでもエルフという種族は不思議で、魔物からしたら高級品、あるいは嗜好品なのだ。ゴブリンとかがエルフを繁殖用として率先して狙うのも、その良質な魔力と血肉を求めているからで。魔獣を手懐けるにもエルフの肉が一番なくらいだ。まあ、この話はきっとセシリアが良い顔をしないだろうし、裏社会とは無縁な彼女には話さなくてもいい事柄だ。
「まあ、ヴァンパイアが近いだろうな。血や肉が欲しいわけじゃないらしいけど。そのほかに上げるとしたら欲求の発散かなぁ」
「欲求の発散……」
なにか思い当たる節があったのか、セシリアはほんのりと顔を赤らめた。そんなことを察しながらもユウリは知らないふりをして言葉を続ける。
「今回の場合、セシリアは体を動かして、汗をかいては乾いて、また汗をかいてはと濃縮されたセシリアの成分が、疲労困憊のラリアが自分自身を回復するために欲した」
あくまで納得できるそれっぽい仮説だけどね、とユウリは思った。
「回復ですか。確かにセシリアを襲った後は体が軽い気がします」
「ラリア! 勘違いされるよ!」
真顔で真面目に答えるラリアに、セシリアは両手を小さくぶんぶん振って抗議した。
もう手遅れでは? とユウリは思いながらも口には出さなかった。
「まあ、べつに汗じゃなくても、体液とか分泌物、エルフの身体から出てきたモノならなんでもOKなんだろうけど。唾液とかでもね」
「唾液……」
セシリアはそう思いながら恥ずかしそうに口元を押さえた。
わっかりやす、とユウリは思いながらも詮索はしなかった。
「それにしてもユウリはなんでも知っていますよね」
「まあね。と言っても龍人に関しては、おとぎ話程度の資料しかないんだ。もう一千年前からの生き証人でも連れてこないかぎり、その存在を認知されることはないだろうし」
「それもそうでしょうね。私も〝天命の空書〟を通して知りましたから」
ラリアはそう言いながら、外していた眼鏡をかけた。その彼女を見ながらユウリは「なるほどねぇ」とぼそりと呟く。過去の記憶がない彼女が自分の軌跡を探したくもなるのもわかる、とユウリは思いながら夢の根底にあるものを知れて満足した。
「でも、ユウリに話せてよかったね。これで気兼ねなくユウリに相談できるし」
「ユウリばっかに頼っててはまだまだですよ……というか、前がはだけているのに、ユウリにずっと見られて恥ずかしくないんですか?」
ラリアに言われてようやく気づいたセシリアは慌てて前を隠した。恥ずかしがるセシリアを横目に溜息をついたラリアはユウリに目を向ける。
「ユウリも、あまり女の子の裸をガン見するものでもないですよ」
「ん? ああゴメン。絶景だったからつい」
「そのわりには平然としていますよね。興奮とかしないんですか?」
そう指摘されたユウリは、自分の股間を軽く二回ほど叩いて反応を見た。
「うーん。枯れてんじゃない?」
「それ、しれっと言ってますけど、全然大丈夫じゃないのでは?」
「と言われてもなぁ。小さい頃から同世代の男女で一緒にお風呂入ってたし。あまり恥ずかしいとかなかったし、興奮するとかも希薄なんだよねぇ。体が発達したり、毛が生えたときは大人の仲間入りと表して祝って、おたがいにさわったりもしてたくらいだし」
「いまとんでもないことを聞いたような気がします」
「でもあれだ、久々に酒でも飲もうかな、ってくらいの感覚で興奮させるよ」
「本能はそれでいいんですか」
ラリアに心配されるユウリだが、病気ではないため、とくになにもしない。
「あとユウリに聞きたいことがあるのですが」
「ん? なにかな?」
「どうやってこの部屋に入ったのですか?」
「テッテレェ! なんと鍵の術式を解析してマスターキーを作ってみました!」
ゴン、とラリアの大杖で頭部を殴られるユウリだった。
当然の報いだ。騎士に突き出されなかっただけ感謝しないといけない。それと同時に、ユウリが杖で殴られる〝おやくそく〟が誕生したのは言うまでもない。




