5.ピンチの時に現れるのはヒーローとは限らない
時が経つのは早いもので、私が婚約破棄されて前世の記憶を取り戻してから1年が経ちました。
この1年、私は随分と頑張ったと思う。
まず、私が悪役令嬢で会った時の被害者のその後の調査を行った。
幸いにも理不尽な罪状で投獄されていた人たちは、私が婚約破棄されてすぐに釈放されていた。
無実であっても犯罪者として扱われてしまっていたら、何もすることが出来ないから良かった。
私のせいでクビになり職にあぶれた人には次の就職先を、学園を退学させられた人には他の学園への招待状を、縁談を邪魔されてしまった人には他の良い縁談を。
私が直接それを行ったところで被害者達は怪しんで受け入れてくれるはずはないから、お金を払って何でも屋のような人に頼んでそうなるように手配した。
この方法にはそれなりの資金が必要だった。私が私じゃなかったら、こんな面倒なことはしなくても良かったんだけど自業自得だ。で、その資金を集めるっていう問題も出てきた。
カルバート家は香水製造の事業が波に乗って貧乏貴族から脱却し、少し多めの収入を得ることが出来ていた。
それでも、私が自由に使えるほどのお金はない。というか、自分の尻ぬぐいのために家族に迷惑なんてかけられない。だから、自分で稼がなくちゃならなかった。
そこで、思いついたのが香り付きのハンドクリーム。
前世では普通だったけど、化粧品とかに匂いを付けたりするっていう発想がなかった。
香水店の一画にお試しで置かせてもらってみたところ、売れる売れる。
予想以上の売れ行きだった。
普段は使わない人や、薬品の独特な匂いが苦手な子供達にも人気な商品だった。
これで、依頼料を賄う事が出来たので思ったよりも早くことを進められた。
そして、1年たった今、ようやく全ての被害者がひとまず私の被害の影響から解放されることとなったのだった。
良かった。私のせいで苦しんでいる人がいると思うと、罪悪感で夜もまともに寝られなかった。これからは、少しはゆっくり眠れるようになるかな。
そうして、ほうと息をついたのもつかの間。カルバート家の経済状況が一変した。
急にカルバート家の商品が売れなくなったのだ。
それは、ある一つの噂がきっかけだった。カルバート家の香水には違法な材料を使っているというものだ。
根も葉もない噂だったが瞬く間に広がり、だんだんとカルバート家の香水を買う人がいなくなってしまった。
それだけにとどまらず、ありもしない香水の欠陥を作り上げて訴訟を起こす人も出た。後ろ盾のないカルバート家とそんな不穏な噂が流れているせいもあって勝つことが出来ず、多大な賠償金を支払うことになってしまった。
商品は売れなくなり、賠償金まで払わなくてはならなくなったカルバート家は莫大な借金を抱えて経営破綻してしまった。
婚約破棄からの没落っていうまたしてもテンプレ展開の予感。
って、そんなこと言ってる場合じゃなかった。これからどうしよう……。
「オイコラ!いるのは分かってんだぞ!大人しく出てきやがれ!!」
ドンドン!!と激しく屋敷の扉を叩く音と怒鳴り声が響いた。
ドアベルがあるんだからそれを使えば良いのに。
うんざりしつつも、扉が壊される前に急いで玄関へ向かった。
「お待たせして申し訳ありません。ご用件は何でしょうか?」
「しらばっくれるんじゃねえ。借金のことに決まってんだろう?1億ペル、耳そろえて返しな!」
「……すみません。まだ用意することが出来ていないので、もう少しだけ待っていただけないでしょうか?」
鋭い目つきで威圧的に睨み、怒鳴りつける相手に出来るだけ丁寧に話す。
うう、ヤのつく自由業みたいな人だなあ。
この世界にはそんな職業はないけれど。
でもまあ、それと同じような人なんだけどね。借金の取り立て屋だから。
「お嬢ちゃん、約束は守んなきゃなんねえって教えてもらわなかったのかあ?この契約書に今日までに返すって書いてあんだろうが。返せねえって言うなら、それなりの覚悟はあるんだろうな?」
ああ、ほんとに失敗した。
まさか、お金を借りたところがヤミ金だったなんて。
金利は常識の範囲内くらいだけれど、返済能力がないと思った時点で契約を切りに来るところだった。
裏で奴隷商とも繋がっているという黒い噂もある。
カルバート家は事業を全てたたみ、今後の新しい事業計画があるわけでもなく、返済の見通しがまったくと言っていいほど立っていない。
取り立てに来るのも時間の問題だった。
私は取り立て屋に何も言い返すことも出来ず、ことの成り行きを受け入れることにした。
このまま奴隷として売りに行かれるのかもしれない。
本当にありがちな悪役令嬢のテンプレ的末路だなあ。
「だったら、大人しく着いてきな」
私が立場を受け入れたことが分かると、取り立て屋は連れて行こうと私の腕を遠慮なく掴もうと手を伸ばした。
「ちょっと待った!そいつを連れて行くのはまだ早いんじゃないか?」
目の前を赤い髪が揺れる。そう言って颯爽と現れた青年が私と取り立て屋の間に入り、その手を拒んだ。
「はあ?何だよお前?邪魔すんじゃねえ」
「いやさ、聞いてて思ったんだけど、今こいつを連れてったところで損するのはあんた達だぜ」
「損だと?」
行動を遮られた取り立て屋はけんか腰で苛立っていたが、その言葉を聞き、ぴくりと表情がこわばった。
「こいつを奴隷商に売るつもりなんだろうけど、こんなガキみたいな体型の女、売ったところで高くても1000万ペルにもならない。若くない他の奴らはもっと低いだろ?この屋敷だってせいぜい5000万ペルってところか。1億ペルには全然届かない」
「でも、こいつらは返す当てがねえんだからそうするしかねえだろ」
「いやいや、返す当てならある。あんたは知らないかもしれないけど、こいつは実は妖精使いなんだぜ。コンテストで勝てればすぐにでも1億ペルくらい稼げると思うけどな」
「それなら……そうなのか?」
「あんたが判断できないんだったら、組織にでも確認しに行ったらどうだ?」
その赤い髪の青年の話を聞いた取り立て屋は、唸りながら悩み続け、自分では判断できないと思ったのかそのまま私を連れて行くことなく屋敷を離れていった。
目の前で起こった予想外の出来事に口を挟むことも出来ず、だただた呆然と見ているだけだった。
これって、助かったってことでいいの?
悪役令嬢だった私を恨みはする人がいても、助けてくれる人なんていないと思ってたのに。通りすがりの私の事を知らない人だったら、そんな人もいたかもしれないけど、彼は私が悪役令嬢だった頃からの知り合いだった。
「あの、ありが……」
「くくっ、馬鹿は簡単に騙されんな。でも、張り合いがなくてつまんねえわ」
取り立て屋の去って行く姿を眺め、私に背を向ける彼にお礼を言おうとした。
でも、何か不穏な言葉が聞こえた気がして、言葉を最後まで続けることが出来なかった。
え?よく聞こえなかったんだけど、何て言ったの?聞き間違いだよね?
私がそれを問いかける間もなく、彼は悪そうな笑みを浮かべてこちらを振り返った。
「さてと、邪魔者もいなくなったことだし、さっさと俺に出すもんだしな!」
あれ?助けてくれたんじゃないの?
もしかして、この人も同業者?
ピンチの時に現れるのはヒーローとは限らないのね!!