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史書  作者: 風華
旅の始まり
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第二章 旅の始まり 3  

 紅貴は、目を覚ました。まだ完全には冷めていない眼で、辺りを見回そうとするが、暗くてよく見えない。誰か、と声を上げようとするが、できなかった。布をかまされており、口を開くことは不可能だった。立ち上がろうとするが、それもできない。どうやら、後ろ手で、何かに縛り付けられているらしかった。

 俺……捕まったんだ……いったい何で……

 身分証明書が偽物だと言われて捕まった。実際、瑠璃がもっている身分証明書と紅貴がもっているものは違っていた。

 ――もしかして、俺を捕まえるために仕組まれた……?いったい何のために……

煌李宮にいる時、周りは紅貴に親切にしてくれていた。しかし、煌李宮に用意された身分証明書が偽物だと知った以上、煌李宮側に、紅貴を仕組んだ人物がいると考えるのが自然だろう。

 ――いったい何のために?……まさか巻物か……?

 あの巻物であれば、とられてもおかしくない代物である。だとすれば、まずい。

 ――なんとかしてここから脱出しなきゃ……。

 頼りの翡翠は紅貴を置いて行ってしまった。自分でなんとかするしかないのだ。 ――あの頃のように、なんでもないことのように自分を助けてくれる人はもういないのだから。


 日は沈みかけ、もうじき閉門という時刻、瑠璃、白琳、翡翠の三人は靖郭に着いた。李京よりは小規模だが、それなりに栄えた都市だ。本来、馬の足でも二日はかかるところを、一日で着いてしまったことに、瑠璃は驚いていた。昼食のための休憩をしなかったとはいえ、まさか本当に一日で靖郭に着けるとは思っていなかったのだ。

「本当に着いちゃったね」

「えぇ……途中、李仙道を降りて、私たちが知らない道を使ったとはいえ、驚きました」

 瑠璃と白琳は、翡翠についてここまで来たのだが、途中で翡翠は李仙道を降りてしまったのだ。李仙道を外れた先は、路は整備されておらず、ひたすら草原が広がっていた。不便といえば不便だったが、李仙道とは違い、人がいなかったため、一気に進むことができのだ。途中、山の側も通り、少しでも馬が足を滑らせれば、怪我では済まないような場所もあったが、馬の扱いに長けている瑠璃、白琳、翡翠には問題ではなかった。

「ねぇなんでこんなに急いでまで靖郭に行こうとしたの?」

「靖郭にどうしても今日中につかなきゃいけない事情があったからだ」

 翡翠は、足早に歩きながらそう言った。翡翠は、基本的にいつも早足だが、今日はいつも以上ではないかと瑠璃は思った。そんな翡翠を不思議に思い、ふと周りを見回すと、周囲の人々の視線がこちらに集まっているように感じられた。瑠璃は、横を歩く白琳と、前を歩く翡翠を交互に見た。その二人を見た瑠璃は妙に納得してしまった。

(白琳は、絶世の、っていってもおかしくない美女だものね)

 瑠璃は声にださずに心の中でそうつぶやいた。李京でも白琳の美貌は有名である。求婚者も後を絶たないが、それを全部断っているのだ。一時期、あまりの美しさに、絵師が白琳の顔を描き、売り出したこともあったという。それほどまでに美しい白琳が通るのだから、人の視線が集まるのは当然なのかもしれない。おそらく、翡翠はそれが気に入らなくて、早足になっているのだろうと、瑠璃は思った。

 実際には瑠璃も注目の的になっているといことを瑠璃本人は気付いていなかった。

「ここだ」

 翡翠は急に足を止めた。目の前にある石でできた物体がが『桜亭』なのだろう。路をしきる灰色の石の壁と同化し、建物には見えない。

「ここが桜亭だ。今晩は、ここに泊まる」

 翡翠はそう言ったが、宿屋には見えなかった。普通宿屋の前では、客を入れようと呼び込みが行われ、宿屋だと一目でわかる看板が置かれているものだが、それもない。そもそも建物というよりは壁にしか見えないそれは、翡翠に言われなければ見向きもしないだろう。翡翠は壁を触った。動くようには見えない壁は、不思議なことに簡単に押され、三人を中へ導いた。

「馬小屋以外何もありませんね」

 壁の内側には建物はなく、馬小屋があるだけだった。馬小屋には、馬が一頭いるだけだった。

「まさか馬小屋に泊まるの!?」

「いや、ここには馬をあずけるだけだ」

翡翠はそう言うと、自分の天馬を馬小屋にあずけた。瑠璃も、それにならい、馬を連れた。そこで、もともと馬小屋にいた馬を見た瑠璃は気付く。

「これ、紅貴が乗ってた馬?」

「あぁ。多分桃華の指示でここまで自力で来たんだろう。……皇太子の馬ならこれぐらいできて当然だろうな」

「この子頭良いのね」

「こいつがいるってことは、天テンもそろそろ来るか」

翡翠がそうつぶやいた時、瑠璃は上空で、羽音を聞いた。瑠璃が上を見ると、白いふわふわとした羽をもつ生き物がいる。間違いなく天テンだった。天テンはゆっくりと下降し、馬小屋の前に着陸した。

「天テンお疲れさま。あら、それ桃華の刀?」

 天テンの口には桃華の刀が咥えられていた。少し長さが短い脇差には水色の龍のぬいぐるみがくくりつけられている。こんなことは桃華以外はしないだろう。 もう一つの黒い鞘の刀には、銀の細工がなされている。鍔には細かい桜の彫刻。そこから延びた赤い紐が、鞘と唾の間をきつく結んでいる。

「なんで天テンが桃華の刀なんかもってるの?まさか桃華に何かあったの?」

「……刀が邪魔だっただけだろう。たぶんそれで天テンに刀を預けたんだと思うが」

 瑠璃は改めて天テンを見た。天テンは瞳を下に向けており、口でくわえている刀はかすかに震えている。息も荒く、ひどく疲れているようだ。

「本当に何もないって言える?天テンもこんな状態なのに……」

「あぁ。桃華も紅貴も無事だ。断言できる」

 翡翠はそう言うと、天テンに近づくと、手を出した。天テンは刀を翡翠の手に落とした。落とす、というよりは落ちてしまったという方が適当かもしれないと、瑠璃には感じられた。刀を受け取った翡翠は無言で歩きだした。三歩進んだところで翡翠は立ち止まる。左手で刀をきつく握ったまましゃがむと、右手で石畳の上に手を置いた。そんな翡翠の様子を不思議に思っていると、再び羽音が聞こえた。天テンが空を飛んでいる。

「天テン疲れているでしょう?休んで!」

しかし、白い天馬はキュンと鳴くと、あっというまに遠くへ飛んで行ってしまった。

「もしかして、桃華様を向いに行ったのではないでしょうか。そうですよね?翡翠様」

白琳がそう言ったのを聞いた瑠璃は翡翠の方を見るが、先ほどまでいた翡翠の姿はない。瑠璃はあわてて、翡翠が先ほどまでいたところへ走った。

「え……」

「どうしたんですか?」

「ここ、地下に続いているみたいなの」

 翡翠が先ほどまでいた場所はぽっかりと穴があき、階段が地下につづいていた。穴の横には、石が置かれている。どうやら一見馬小屋しかないこの場所に、宿屋の入口が隠されていたようだ。

「白琳、行きましょう」

「えぇ」

 階段は長かった。壁にはろうそくの火が灯っていたため、視界には困らなかったが、地下に続く終りがなさそうな階段は不気味だった。地下牢にでも繋がっているみたいだと、瑠璃は思う。しかし、続いている場所は地下牢ではなかったようだ。ほのかな明かりが漏れている。

「もうすぐつくみたいね」

 やがて、開けた場所に出た。壁に埋め込まれる形でろうそくがあり、明るかったため、はっきりと様子が分かる。木でできた台に手を乗せた、老人がにっこりと笑ってこちらを見た。

「麒翠様の連れかな?」

「あ、はい」

「まずここのきまりを説明しよう」

「ここ、『桜亭』はいろんな奴が来る。だが、互いの身元は聞いてはならん。それをしたら、すぐにここから追い出す。あとは普通の宿屋と同じだ」

老人はそう言うと、部屋の鍵を瑠璃に手渡した。

「ところで、翡翠様はどちらへ?」

「この下の道場だが、誰にも邪魔されたくないと言ってたから、貸し切りにした。翡翠の連れだといっても行くことは許さん」

「道場?馬鹿兄翡翠、いったい何考えてるの?」

「瑠璃、翡翠様のことなんか考えても、仕方ないですわ。部屋に行きましょう」

 そういった白琳の口ぶりはいつもより早口だった。心なしか、微かにおこっているのではないかと、瑠璃には思えた。


「ねぇ、お願いがあるの」

 李仙道の入口にやってきた少女がそう言う。歳は12、3歳だろうか。肩より少し長い黒髪は、毛先のほうがくるくると巻かれていた。とても可愛らしい少女だ。首を少し傾け、大きな瞳で見つめられた男は、優しい声で言う。

「どうしたんだい?」

「あのね、私身分証明書もってないの……でも、どうしても李仙道通りたいの……」

 少女はそう言うと俯いてしまった。男は少女を見る。大きな瞳のかわいらしい少女は、桃色の服を着ていた。服の感じを見る限り、武器を持っている様子はなく、怪しい様子はない。どこからどうみても無害なこの少女なら、通しても良いような気はしたが、青年が襲われたのだ。――少なくとも表向きは。その事実を作った以上、無害に見えるとはいえ、簡単に少女を通してしまえば、周りから怪しまれるかもしれない。些細なことでも、隙を見せるわけにはいかないのだ。

「ごめんね、お譲ちゃん。ここの近くで人が襲われてね、そう簡単に通すわけにはいかないんだ。すぐにおわるから、中でお話を聞いてからでも良いかい?」

「うん、おじさんありがとう」

 少しの時間だけ、少女を中で引き留める。そういう形を作れば、周りから怪しまれることもないだろう。少女には簡単な質問をし、すぐに通してやれば良いだろう。少女が、こちらの事情を 知るはずもないのだから。少女は嬉しそうににっこりと笑った。


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