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史書  作者: 風華
旅の始まり
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第二章 旅の始まり 2 

「紅貴、そういえば身分証明書はもってるの?李仙道を通るには、横の関所で身分証明書を見せる必要があるはずだけど」

 見張り台から李仙道まではほとんど距離はないらしい。馬に乗っているとはいえ、速度を緩めていたため、会話がし易かった。少し心配そうに瑠璃に尋ねられた紅貴は、軽く頷くと、瑠璃の問いに答える。

「それなら、俺が煌李宮に滞在しているときに、煌李宮の人が用意してくれたんだ。これから洸に行くのには、何かと必要だろうからって。本当はたくさんの審査や手続きが必要らしいんだけど、すぐ用意してもらえたんだ」

「そう、それならよかった。ほら、あそこ、李仙道入口が見えてきたわ」

 瑠璃が指をさした方角を見ると、大きな白い門が開かれていた。人も馬も荷馬車も、通るには十分な広さだ。門の内側、紅貴からみてその左側から出てくるのは、これから煌李宮に向かおうとする人々だろう。紅貴が見た時は、ちょうど、馬車が門の内側から出てくるところだった。大きな馬車に、たくさんの荷が積まれ、馬車を守るかのように馬に乗った人々がその左右にいたが、そんな大所帯でありながらも、門には人が通れる通れる余裕があった。門の両端には兵士が立ち、紅貴からみて右の関所の前には、数人が列を作っていた。

「いつもより検問に時間がかかってるようね」

 馬を降りた瑠璃は、そう呟いた。

「そうなのか?」

「うん。あの程度の人通りだったら、数人とはいえ、列を作るほど待たされないはずよ」

「やはり、漣さんが襲われたせいではないでしょうか。犯人を捕まえようとして、慎重に検問を行っているのかもしれません。そうしないと、李仙道の安全は守れませんし」

白琳の言う通りだろう。李仙道は、元々、嘉を行きかう商人が安全に主要な都市を行き来できるように作られたのだという。李仙道そのものは、大きな橋のような造りになっており、その周囲は城壁のようなもので囲まれているため、族に襲われる心配もない。しかも李仙道の内側は、嘉の兵が見回りをしている。そのため、物が盗まれたり、人が襲われるということはめったにないらしい。そもそも、李仙道に入るには、関所を通過する必要がある。そこで、李仙道を通過する許可が出なければ、通行できないのだ。李仙道が安全だといわれるのは、そのためだった。だが、その李仙道の入口近くで、人が襲われた。検問がいつもよりも慎重になるのは当然なのかもしれない。

「なぁ翡翠、漣さんを襲ったやつ、捕まえられそうか?」

「さぁな。あぁ、念のため言っておくが、漣を襲ったやつを捕まえるために寄り道する気はない。たまたま見つけたら捕まえるかもしれないが。だが、寄り道する気はない」

「ちょっと待てよ!翡翠は強いんだろう?翡翠なら捕まえられるはずだろう!?友達が襲われたのに、いいのかよ!俺、てっきり、翡翠が犯人を捕まえると思ってたのに!」

 翡翠の冷たい言い方に、ムッとした紅貴は、思わずそういうが、翡翠は、態度を変えることなく、なんでもないことのように言う。

「俺の仕事はお前を洸に連れていくことで、漣を襲ったやつを捕まえる事じゃない。第一、俺は漣と友達になった覚えはない」

「なんだよその言い方!考雅さんにも捕まえるって約束してたじゃないか!」

「『ついで』だと言ったはずだ。ついでに見つけたられたら捕まえるが、見つからなかったら捕まえない。 俺じゃなくても、捕まえることができるはずだから問題ないだろう」

「なんだよそれ!」

 紅貴は、思わず翡翠の胸倉をつかみたい衝動に駆られたが、背が低い紅貴は、それが叶わない。一方翡翠は、面倒だというように溜息をついていた。紅貴は、その態度に苛立ちを覚え、言葉を続けようとするが、翡翠の静かな口調がそれを遮った。

「だいたい、お前自身は犯人を捕まえる技量はないだろう?自分じゃできないくせに文句言うな」

「ちょっと翡翠言いすぎよ!紅貴の気持ちを考えなさいよ」

 瑠璃はそう言ったが、紅貴は瑠璃の声をほとんど聞いていなかった。翡翠の言葉が突き刺さる。確かに、自分では、できないのだ。紅貴は能力がある人間は、それを生かし、弱い立場を助けるべきだと思っていた。だからこそ、力があるのに何もやろうとしない翡翠に苛立ちを覚えたのだ。しかし、紅貴自身は頼むだけで、何もやろうとしていなかった。それに、気づいてしまった。結局、何もやらない翡翠と同じではないだろうか。

「そんなにやりたきゃおまえがやれ、と言いたいところだが技量がないのに無理にやると、お前の身が危ないだけだから辞めておけ……恨むなら、何もできない自分を恨むんだな」

「……そうだな、翡翠の言う通りだ。でも、やっぱりずるい!翡翠はできるのにやらないじゃないか……」

 紅貴は俯いた。思わず拳を強く握り締める。できるのにやらない翡翠にも、口だけで何もやれない自分自身に対しても腹立たしい。どうしたら いいか分からずに、黙っていると、柔らかい手が紅貴の肩を叩いた。ゆっくりと顔をあげると、 白琳が優しい笑みを浮かべていた。

「自分の力でできなくてくやしいお気持ちはわかります。でも、これから、人を助けられる強さを身につければ良いのではないのでしょうか。これから強くなって、でも、翡翠様のような性格にならなければ良いと思うんです。ですから元気出してください」

 そう言う白琳の声色はどこまでも温かかった。瑠璃の声がそれに続く。

「それもそうね。とりあえず、漣を襲った犯人は翡翠とは違って、真面目な嘉の兵士が捕まえると思うわ。紅貴が強くなった時は、今度こそ紅貴ができることをやれば良いと思う。紅貴はこれからよ」

「うん、ありがとう」

 紅貴がそういうと、白琳と瑠璃はにっこりと笑った。

「翡翠様が先に関所の方へ行ってしまってますね。私たちも急ぎましょう」

 白琳に言われ、関所の方を見ると、翡翠はすでに門の入口の列に加わろうとしていた。

「まったく!なんで馬鹿兄はいつも、あんな風に勝手なの!?白琳、紅貴、行くわよ」

 紅貴は、そういって歩き出した瑠璃を追いかけた。


 列に並んで、10分ほど経った頃、やっと紅貴達の検問の番が回ってきた。人が好さそうな、大柄な男が顔をのぞかせている。

「時間かかって申し訳ありません。順番に、身分証明書を出してください」

 役人の男は、微かに笑みを浮かべて言った。先頭にいた翡翠が身分証明書を出した瞬間、役人の男は目を見開いた。

「これはこれは……麒翠様でしたか!お会いできて光栄です!」

 役人の男は、感動したようにそう言っていたが、当の翡翠は、無関心な様子だった。白琳はクスクスと笑いながらそれに続き、瑠璃も身分証明書を見せた。紅貴も、煌李宮で用意された身分証明書を見せるが、役人の男の手が止まる。

「紅貴君……かな?この身分証明書、偽物じゃないかな?」

 驚いたのは紅貴だ。これは確かに、煌李宮で用意ものだ。偽物なはずがない。驚きのあまり、紅貴はとっさに声を出すことができなかった。

「ちょっと待ってください!そんなはずありません!確かにこれは本物なはずです!」

 茫然としている紅貴の代わりに、瑠璃が言った。

「瑠璃さん、よく見てください。あなたの身分証明書と、紅貴君の身分証明書、少し違いますよ」

 役人の瑠璃の証明書と、紅貴の証明書を裏返した。そこには国名である「嘉」が象形化されたものが描かれている。紅貴はそれをみて、はっとする。明らかに紅貴の「嘉」は全体的に細い字体になっているのだ。

「何か事情があるのかもしれないけど、これはいったいどういうことかな?いつもは話をきいて、理由によってはここを通すんだけど、今日は物騒な事件がおこっているからね、中で詳しく調べたい」

「でも……」

 紅貴が動揺していると、翡翠が口を開いた。

「俺の権限でなんとかならないか」

紅 貴にとっては意外な言葉だった。翡翠の性格なら、助けるはずはないだろうと思っていたのだ。

「残念ですが麒翠様、麒翠様のお願いとあっても、規則は規則ですのでお通しできません。ですが、取り調べが終わりましたら悪いようにいたしません。その様子ですと、今夜はどこかにお泊まりになるようですね。なんでしたら、そちらの宿まで、用が済み次第紅貴さんをお連れします。規則ですので、このままここを通すわけには行きませんが、それでよろしいですか」

翡翠はしばらく考えるそぶりを見せた。

「それなら助かる。うるさい餓鬼一人、今日だけとはいえいなくなるのは、良いことだからな。湖北村の亮ってやつの屋敷にいるから、頼んだ」

 紅貴は愕然とする。そんな紅貴のことを知ってか知らずか、翡翠は、背中を向けてしまった。瑠璃と白琳がそんな翡翠を止めようとしていたが、翡翠が足を止める様子はなく、ついに翡翠の姿は見えなくなってしまった。やっぱり翡翠は翡翠だったと、拳を握りしめていると、役人が申し訳なさそうに言う。

「なんだか悪いことをしてしまったね。ごめんな。取り調べが終わったらすぐ麒翠様のところへ連れて行くよ」

「いいんです。悪いのは全部、翡翠なんだから」

 紅貴はそう言って、俯いた。


「翡翠、紅貴を置いて行くなんてどういうつもり!?」

 瑠璃は、平然とした顔をしている翡翠を睨みつけた。

「置いていってなんの問題があるんだ?」

「問題あるでしょう!もし、あのまま紅貴が捕まったらどうするつもり!?あの役人さん、一見人はよさそうだけど、何考えているかわからないわ!でも二将軍麒翠の名前を使って、諦めないで押せば、紅貴がああなることもなかったはずでしょう?」

「普通はな」

 翡翠は腕を組んだまま抑揚のない声で言う。

「白琳も何か言って!この馬鹿兄、本当に馬鹿なんだから!」

瑠璃に言われた白琳は笑みを浮かべた。

「本名を名乗るなんて珍しいですね。あぁいう関所とかですと、翡翠様はいつもでしたら、麒翠という名前だと何かと面倒だという理由で偽名を使うそうですね。今回の旅でも、『偽名』の身分証明書もっているはずですよね?本名を名乗るなんて、どういった心境の変化なんでしょうね」

「白琳、いったいどういうこと?」

 白琳はにこにこと笑いながら続ける。

「私にはわかりません。翡翠様はいったい何をたくらんでるんでしょうね」

「……とにかく、紅貴を『桜亭』に連れてくるのは桃華の仕事だ。俺たちは先を行こう」

「もしかして、翡翠と桃華、何か企んでるの!?」

翡翠はため息をつき、何も言わずに歩きだしてしまった。


 役人に関所の内部に案内された紅貴は、椅子に座るように言われた。木で出来た椅子に座った紅貴は、あたりを見回す。壁も、床も天井も全てが灰色の石で出来ており、冷たい印象に感じられる。

「お茶持ってくるから少し待っててね」

 関所内部にいいる、もう一人の役人が、にこやかに笑いながらそう言った。その後ろ姿を見送りながら、紅貴はため息をついた。翡翠には怒られ、身分証明証はなぜか偽物。そして、旅の仲間には置いて行かれる。旅の初日から、あまりにも不運すぎると紅貴は感じていた。やがて、役人の男がお茶を持って戻ってきた。

「私が淹れるお茶は美味しいと評判でね、じっくり味わってくれ。さて、いくつか質問しようかな」

 紅貴は緊張して喉が渇いていた。何も悪いことをしていないのだから、緊張する必要はないのだが、不思議と心臓の鼓動がいつもより早い。紅貴は、心を落ち着かせようと、お茶を一口飲んだ。

「さて、まず君の名――」

 紅貴は最初の質問を最後まで聞くことができなかった。男が質問を言い終わるより先に、紅貴は、椅子から力なく落ちた。


「さて、用が済むまではしばらくは眠ってもらうとしようかな」

 お茶を持ってきた男はすでにその声が紅貴には届いていないことを知っていた。


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