第三話 出発①
風俗を使う女性たちのカリスマ――。
正直、そんな肩書にどんな価値があるのだろうと思うのだが、ようするに利用歴の長い、この界隈の〝ご意見番〟的存在だ。
ラブホは、その中でも一万弱のフォロワー数を誇る圧倒的存在感を放つ女風ユーザーで、常日頃から様々な物議を醸す見解や辛辣な意見を多数投稿していた。
この界隈では間違いなく一番有名なユーザーであるため、実際に会ったことはなくともラブホのことを知っているセラピストや利用者は多いだろう。迅もその一人だ。ただ、迅の場合は。
――『このセラピスト、プロ意識が足りないとしか思えない』
ある時、迅がSNSで発信したなにげない投稿が、そんな批判付で引用されたことがあった。
フォロワー数が三百もいかない迅の投稿は普段そこまで評価されることはないのだが、その時だけは桁違いの反応数を叩き出した。
いわゆる、〝ぷちバズった〟――いや、むしろ〝ぷち炎上〟というやつだ。
迅に直接苦情のメールを送ってくるような人は少なかったが、それでも引用という形で多種多様の批判に晒され、鳴りやまない通知の嵐に頭を抱えた記憶はいつまでたっても鮮明だ。
ちょっとしたトラウマになってしまい、それ以降、SNSでの発信が怖くなってしまったほど。
その、〝ぷち炎上〟の原因となった――迅の投稿を最初に引用した人物こそ、間違いなくカリスマユーザーナンバーワンである「愛穂」だったのだ。
「よりによって、ラブホ……」
一人暮らしの自宅に戻った迅は、その時の胃痛を思い出し、胃のあたりを押さえるように服の上からぎゅっとみぞおちを握り締めた。
嫌な思い出があり、あまりよくない印象の持ち主だ。
そんな人物とこれから一緒に仕事をしていくことを考えると、だんだんと頭が痛くなっていき、物怖じしてしまう。
会ったことがあるわけではないため、実際中身がどのような人物なのかはわからないが、普段の尖った発言だけを見ていると、正直あまり上手くやっていく自信はなかった。
だが、あのミサトが気に入ったというのだから、偏見で物事を考えるのはよくないのかもしれない。
「セラピストとしてだけでなく、運営のほうも……」
セラピストとして復帰しても、今まで通り兼業で、本業の隙間時間を使って無理のない範囲内での活動を想定していた迅は、重い声色で呟きを洩らす。
セラピスト業だけであればともかくとして、運営にも携わるとなると、そんな片手間でできるような仕事内容ではないことはなんとなくわかっている。前の店舗では運営に携わる人が多くおり、アルバイトの女性も数人抱えていた。その仕事を自分が担うのかと考えただけで気が重くなる。
迅の本業の勤務先は、中小企業といっても社会保険や福利厚生はきちんと整っているわけで、転職を考えるような社員はほとんどいない。
一方、風俗業はといえば、そういった制度が整っているはずもなく、不安定も不安定すぎる仕事だ。いっときの腰かけであればまだしも、長く従事するものではない。
考えるまでもない。本業を疎かにしてまで携わるなど愚行だ。
「これまで通り、あくまで副業として、オレにできることがあればできる範囲内のことは手伝うくらいのスタンスで……」
セラピストとして復帰する方向に舵取りすることは決意できたが、さすがにそれ以上の重責を担うことは難しい。
後日呼ばれている顔合わせの際には、その旨ミサトに伝えようと決心し、迅は深い呼吸をついたのだった。




