第二話 決意③
十二月をもって所属していたシークレット・ラバーズ本店を退店した迅は、本業の年内最終出勤を終えて、年末年始を実家で過ごしていた。
迅と同様、すでに実家を出ている三歳年下の弟も帰省していたが、地元の友人たちと初詣に行くということで、年明け二日目である今日、家には両親と迅の三人だった。
実家に帰るとついゴロゴロしてしまい、寝正月状態になってしまっている。
「迅は誰かに会う予定とかないの?」
「ん~~。ないかな」
お雑煮を食べながら昨日のおせち料理の残り物をつついて、迅は母親からの問いかけにやる気のない返事をする。
リビングのテーブルの、迅から見て斜め前の席には、同じくお雑煮を食べている父親の姿もあるが、元々あまり口数の多くない性格をしているため、存在感は薄い。
「そうなの……」
「ん? なにその反応?」
なんだかがっかりしたような母親の反応に、答えを間違えたかと、迅はまじまじと母親の顔を見つめた。
お盆や年末年始以外で戻ってくることはほとんどないため、たまには家族団らんも悪くないのではないかと思っているのだが、母親にしてみれば、ずっと家にいられると邪魔だったりするのだろうか。
そんなことを思ったのだが、母親が考えていることはまるで違う内容だった。
「彼女と別れてだいぶ経つでしょう。誰かいい人いないの?」
「あ、そういうこと? うん……、残念ながら」
痛いところを突かれ、苦笑いを返すことしかできない。
両親とはそれなりに仲良くやっているため、彼女ができた時も別れた時も、頃合いを見計らって報告していた。
さすがに別れてすぐに新しい恋人ができることは難しいと思っていても、もうそろそろ……、と考えてしまうのが親心というものかもしれない。
そういえば、彼女と別れてからもう少しで一年。気づけば意外と時間がたっている。
――『話が、あるの』
どこか緊張の色が滲んだ彼女の固い表情を思い出す。
あの日も、寒かった。
帰路で見上げた空からはしとしととした雨が降っていて、まるで迅の心を表しているかのようだった。
さすがにもう吹っ切れてはいるけれど。
「そろそろいい人を見つけなさいよ」
「善処します……」
子供たちがいつか結婚することを疑っていない母親からの期待は耳が痛い。
迅とて、結婚願望がないわけではない。いつかは家庭を持ち、子供もほしいと思っている。
けれど、今ではないのだ。
今は、まだ。
現実逃避するように両親から視線を背けると、ふと頭の中に彼女と別れた一年前の出来事が浮かび上がってきた。
――『優しい人がいいのに、優しいだけじゃ嫌、なんて。我が儘でごめんね』
――『優しすぎて、なにも感じられなかった』
もう立ち直っているはずなのに、ここ最近妙に鮮明に彼女のことを思い出してしまうのは、未だにコンプレックスに囚われ続けているからだろうか。
――『そこのお兄さん、ちょっといい?』
彼女に振られたショックで呆然と駅の近くを歩いていた時だった。普段はキャッチなどに耳を傾けることはないというのに、つい足を止めてしまったのは心が弱っていたからだろうか。
打ちひしがれている迅に声をかけきたのは、随分と軽薄そうな男だった。
それが、迅が女性向け風俗の仕事に足を踏み入れたきっかけだ。
――『女性を癒す、セラピストの仕事に興味ない?』
キャッチかと思った男の正体は、俗に言う風俗のスカウトマンだった。
〝女性を癒す〟という言葉に、迅の耳はぴくりと動いた。
――『あ。気になる? 女性のココロとカラダを癒してあげる、夢のようなお仕事なんだけど』
語尾に音符マークがついていそうなかなり軟派な口調ではあったものの、スカウトマンが誘いかけてきたその言葉に強く惹かれた。
彼女に振られた時に言われた言葉は、鋭い刃となって迅の胸の奥に突き刺さったままだった。
女性の深くを触れてかかわる仕事をしたら、女性に寄り添った愛情と優しさを与えることができるだろうか。少しはその時の彼女の気持ちが理解できるようになるだろうか。
そして、女性を満足させることができるような――……。
「そうだよな……」
その時の気持ちを思い出し、無意識に呟きが洩れた。
――女性の心と身体を癒すことができるような存在に。
なれるのだろうか。と迷い、自問自答して、なりたい。と思うまでに時間はかからなかった。
セラピストの仕事に、まだ未練のある自分がいる。
なぜ、セラピストをしようと思ったのか。
あの時掲げた目標を、達成するどころかまだ手が届いてすらいない気がする。
ならば、自分はこれからどうするべきなのか。
「迅?」
「なんでもない」
「そう?」
「ごちそうさま」
不思議そうな表情で自分を見上げてくる母親へ苦笑いを返し、箸を置いた迅は席を立つ。
最後のお客様となったミサトとの別れ際。「いい返事を待っている」と、そっとポケットに忍ばされた名刺は、そのままコートの中に入ったままになっていた。
――もう一度、詳しい話を聞くだけでも聞いてみたい。
一人暮らしの家に戻ったら、すぐにミサトに連絡を入れようと、迅は真っ直ぐ前を向いたのだった。




