第十七話 これから②
しっとりとした汗が滲む肌を重ねて抱き合う時間を愛おしいと思う。
日常から切り離された空間は時間の流れを曖昧にさせ、腕の中のぬくもりを手離しがたくさせてくる。
「今、何時……?」
「まだ大丈夫だよ」
時間を確認しようとベッドから起き上がろうとするサクラを制し、迅は穏やかな微笑みを向けた。
予約時間に合わせてしっかりとした時間配分をすることも、セラピストに求められる力量の一つだ。
これから一緒にシャワーを浴びる時間を考えても、帰り支度をはじめるまでには少し余裕がある。
「だから、もう少しだけこうしていようか」
「……うん……」
白く華奢な肩を引き寄せればサクラは素直に身を寄せてきて、迅はそのままサクラを抱き締める。
「なんか……」
「なに?」
胸元へ甘えるように頭を預けられ、迅の口元には柔らかな笑みが浮かんだ。
「施術を受けるのは一年ぶり? だけど、ジンくん、かなり腕を上げた?」
感嘆の言葉とともに悪戯っぽく光るサクラの瞳が迅を見上げてきて、迅は一瞬目を見張り、サクラの髪を指先で梳きながらその目を嬉しそうに緩ませる。
「そう言ってもらえるとすごく嬉しいな。forestではかなり刺激を受けて勉強したから」
「そういえば、forestのコンセプト? 売り? にそんなことが書いてあった気がする」
forestのホームページをしっかりチェックしてくれていたらしいサクラの呟きに、迅の笑みは深くなる。
ミサトによるエステティックサロンの癒し効果と、性感特化のフウガから学んだ技術は、迅の中で実を結び、大きく成長させてくれた。
「頑張ったんだね」
「!」
にこり、と柔らかく笑われて、迅は小さく息を呑む。
それはサクラにとっては率直な感想で、勉強を頑張った子供を褒めるような類のものではないのだろうが、今までの努力が認められた気がして、胸の奥へじんわりとした喜びが広がっていく。
「……ありがとう」
「え?」
「今日は、オレのほうが癒された気がするから」
「ええ?」
びっくりしたように目を丸くするサクラは可愛らしく、思わず腕の中に引き寄せると、ぎゅっと強く抱き締める。
「サクラがたくさん気持ちよくなってくれたから。嬉しい」
「もうっ、恥ずかしいから!」
施術中のサクラの反応と姿を思い出して喜びを伝えれば、サクラは顔を赤くして恨めしげな目を向けてくる。
そんなサクラに、迅は「あはは」と楽しそうに笑い、腕の中のサクラにじゃれついた。
「ごめんごめん」
口ではそう言いつつも、反省自体はあまりしていないかもしれない。
「でも、サクラには本当に感謝してるから」
最後のお客様がサクラでよかったと思いながら、迅は再度サクラの華奢な身体を抱き締める。
「……うん。そう言ってもらえるとわたしも嬉しい」
頷いたサクラははにかみ、恥ずかしそうに迅を見上げてくる。
「……すごく、よかったよ」
「……サクラ……」
その言葉が意味するものを理解して、迅の胸にはじわじわとした歓喜が湧いた。
この道を選んでよかったと、心の底から思えた。
「ジンく……?」
サクラの頭に顔を寄せると、髪の上からそっとキスを落とす。
それから不思議そうに瞳を瞬かせているサクラに向かい、柔らかな微笑みを向けた。
「オレと出会ってくれてありがとう」
――過去の呪縛から解き放たれた瞬間だった。




