第十七話 これから①
forestが幕を下ろすまで、残すところあと二十五日となった。多くのお客様を抱える迅は、時間が許す限り一人ひとりの女性へ丁寧で誠意ある対応を行おうと心に決めていた。
お互いに最後に会いたいと思っていても、どうしても予定が合わないお客様もいるだろう。その時には、相手の女性が満足いくまでDMでのやり取りをして、お別れの挨拶を交わすことができたらいいと思っている。そして、わざわざ会いに来てくれた女性とは、後悔のないよう全力で最後の時間を過ごしたい。
「さて、どうしよう」
まずなにからするべきかと一人になったところで呟いて、迅はふと周りの景色に意識を向けた。
吐き出す息が白い。
いよいよ本格的な冬に入り、行き交う人々が寒そうに身を竦ませている姿が目に入った。
「少しは成長できたと思っているんだけどな」
一年前と、さらにその一年前の自分に思いを這わせ、迅は自身へ問いかける。
元々は、自分のコンプレックスから飛び込んだ世界だった。
それでもここで、なりたい自分を見つけ、少しは近づけているような気がしている。
――女性用風俗のセラピストとは。
迅がなりたいと思っている自分の姿は、それが仕事かプライベートかにかかわらず、今も昔も根本的には変わっていない。
この一年の経験は、迅を大きく成長させてくれた。
――女性の心と身体を癒す。
たくさんの女性の心に触れ、多くの気づきを得た。
そしてなによりも、forestでの一番の学びは、性感技術を含むマッサージテクニックだった。
素人だった頃とは比べようになるはずもなく、シークレット・ラバーズ時代よりもはるかに腕が上がったように思う。
――『優しすぎて、なにも感じられなかった』
今であれば、彼女が言っていたことの意味が理解できる。
――『エッチの時、本当はなにも感じられなくて、ずっと苦痛だったの』
触れるか触れないかの絶妙な加減で肌を撫でる、いわゆる〝フェザータッチ〟というテクニックは存在するものの、それはあくまで前戯における焦らしのテクニックの一つで、彼女との行為の中で迅が信じていた優しい愛撫の仕方とはまったく異なるものだった。
今の自分であれば、彼女にそんなセリフを言わせることはないだろうと考えてしまう。
優しいだけではダメなのだということを学んだ。
すべては、セラピストになったから。
そして、さらに成長した自分の姿を、ぜひ見てほしい人がいた。
「なんか……、懐かしいな」
一年と少し前のあの日のことを、妙に懐かしく感じた。
あの日もこうしてスマホを手に持ち、たくさんのメッセージを送った。
そしてその中でも、一番最初に連絡をした相手は。
――『近々、会えるかな?』
ポケットからスマホを取り出すと、迅は短いメッセージを送信した。
しばらく待つと既読がつき、すぐに答えが返ってくる。
――『なにかあったの?』
約一年前のあの日と同じ会話だ。
だが、このあと迎える結末は違う。
――『今月をもって店が閉まることになったから。きちんと説明させてほしいな、って。だから、月末あたりに会えたら嬉しい』
あの時とは真逆の言葉を打っている自分に、迅の顔には穏やかな笑みが浮かんだ。
――『わかった。時間作るね』
返ってきた言葉も、あの日とは似て非なるものだった。
――サクラを、forest最後のお客様に。
サクラ以外を考えられるだろうかと思いながら、その後、電車に乗った迅は、すべてのお客様に丁寧な閉店の連絡を入れたのだった。
*****
そうして忙しなく時間は流れていき、迅にとってforestのセラピストとして最後となる日を迎えていた。
「解散、って……。例の事件のせい?」
ここは、シークレット・ラバーズ時代、サクラと会う時によく使っていたラブホテルの一室だった。
閉店、ではなく、あえて解散、という言葉を選んで使った迅へ、サクラの寂しげな顔が向けられた。
「まぁ……、結果的にはそうなるのかな」
「そ、っか……」
仕方ないよね。と呟いて、迅のすぐ隣に座ったサクラは表情を曇らせる。
そんなサクラに、いつかとは違い、迅はここまでの詳しい経緯を説明した。
「これからどうするの?」
「まだ決めてはいないけど……。でも、この仕事はもう少し続けたいと思ってる」
手持ち無沙汰にペットボトルを両手で持っているサクラから今後のことを聞かれ、迅は自分の正直な気持ちを伝えると喉を潤した。
就職活動をすることもチラリと頭の隅に過ぎったが、やはりまだ、この世界から離れるのは早いと思った。
「移籍先のお店はもう決まってるの?」
「まだ」
forestが閉店するという情報はまたたく間に業界内へと広がって、事件発覚からすぐだったこともあり、一定の話題になった。
そのせい、というわけでもないだろうが、迅の元には何件か「自分の店に来ないか」という旨の誘いが来ていたのだが、決定打に欠けていて保留状態だった。
「そう、なんだ……」
「でも」
両手で持ったペットボトルをぎゅっと握り締め、暗い面持ちで俯いてしまったサクラを、迅は真っ直ぐ見つめる。
「連絡する」
「え?」
「必ず。それは約束するから」
驚いたように顔を上げたサクラに力強く頷いて、迅はかつてできなかった約束を口にする。
「信じて、待ってて」
「ジンくん……」
ここで働きたいという店が決まったら、一番にサクラへ報告する。
笑顔でそう告げた迅に、サクラは少しだけ泣きそうになりながら嬉しそうな笑みを浮かべる。
「うん。信じてる」
迅のことを信じ、待っていてくれるサクラを、決して裏切ったりしない。
心の中で強く誓い、迅は「セラピスト」へとスイッチを切り替える。
「それより、サクラ。前回は話すだけで終わっちゃったから……」
サクラの肩をそっと引き寄せ、耳元で甘い吐息を落とせば、その言葉の続きを察したらしいサクラの顔はほのかに赤くなった。
「あ……。えと……、うん」
「forestはマッサージ技術を売りにしていたから、かなり腕が磨かれたと思うんだよね」
恥ずかしそうに小さく頷くサクラへにっこり笑い、迅はサクラの身体を自分の腕の中にゆっくりと抱き寄せていく。
「サクラは、シクレ時代のオレを知っているお客様だから、ぜひ成長ぶりをみてほしい」
この一年で、かなり性感技術が上がったという自信がある。
サクラには、ぜひそれを実感してほしかった。
「今日までの集大成を感じてほしい」
「……う、うん……」
迅の胸に身体を預けてイエスの返事を示してくるサクラに満足気な笑みを零し、迅はサクラの頬をそっと撫で上げながら甘く誘いかける。
「じゃあ、一緒にシャワー行こうか」
そうしてサクラの手を取って脱衣所までエスコートすると、サクラの身体をそっと壁に押し付ける。
「ジンく……」
「サクラ……」
「ん……」
頬に手を添え、上向かせると、優しく唇を塞ぎ、キスをしながらサクラの服を脱がせていく。
「うんと気持ちよくするね」
キスの合間に目を合わせ、迅はにこりと笑う。
――ココロとカラダ。最高の癒しを貴女に。
最上に心地よい時間を過ごせるように、迅は全力を尽くすのだった。




