第十六話 解散⑤
フウガは迅の想像を裏切ることなく、歩幅が広く歩く速度が早い。
少し事務所を出るのが遅れただけですでに小さくなっていた背中を見失わないようにしながら、迅は急いでフウガを追っていた。
「フウガ……!」
「あ?」
あと数メートル、というところで声をかけた迅に足を止め、フウガが振り返る。
「よかった。追いつけて」
「なにか用か?」
少しだけ上がってしまった呼吸を整えながら安堵の笑顔を向ければ、フウガからは訝しげな視線が返ってきて、あいかわらずだと苦笑いが浮かんでしまう。
「とくにこれといった用事があるわけじゃないけど、やっぱりちゃんと挨拶はしておきたいな、って」
これが最後だとは思っていないため、別れの挨拶をするつもりはないものの、それでも一つの区切りとして話をしておきたかった。
「今まで本当にありがとう」
素直な笑顔を向けた迅に、フウガが少しだけ驚いたように息を詰める気配が伝わってきた。
「最初にフウガの性感マッサージの講習を受けた時、衝撃的だったし、すごく勉強になった。正直、ちょっと悔しかった。だけど、だからこそもっと頑張ろうって思えたし、もっと技術を向上させたいと思った」
女性向け風俗はその名のとおり、ベースとして一番に求められるものが性感技術だ。
そのため、この業界に入ってすぐに迅が学んだものはアロママッサージや性感の技術で、その後ある程度の努力をしたことで、それなりに腕は磨かれたと思っていた。
だが、目の前で繰り広げられるフウガの圧倒的な性感技術を見せつけられ、いつの間にか無意識に慢心していた自分に気づかされた。
このままの自分に甘んじてはダメだと初心に返ることができたのは、間違いなくフウガのおかげだった。
「オレと出会ってくれてありがとう!」
「……ああ」
成長することができたのは、フウガの存在があったからこそだ。
フウガを引っ張ってきてくれたミサトに感謝するのはもちろんのこと、フウガにも気持ちを伝えれば、フウガは気難しげな表情になった。
「お前は……」
「ん?」
「いや。わざわざ言うまでもないな。きっとお前はなにがあってもそのまま変わらないんだろうからな」
「え……。性感技術は上がってくれないと困るんだけど」
おかしそうに苦笑するフウガに、「変わらない」などとおそろしいことを言わないでほしいと本気で願う。
性感技術の講師であるフウガに才能のなさを指摘されたら立ち直れなくなってしまう。
「そういう意味じゃない」
思わず落ち込みかけてしまった迅を否定して、フウガは口元に苦笑を刻んだ。
「〝身体と心に寄り添う〟。forestのコンセプトそのものだな」
「え?」
言われていることの意味がよくわからずに問い返すものの、フウガから具体的な答えが返ってくることはなかった。
「オレもお前を見習って頑張るよ」
「え……?」
フウガが、迅のなにを見習うというのだろう。
性感技術も売上も、フウガのほうが高いというのに。
「じゃあな」
「ちょ……、フウガ!?」
中途半端な会話のまま話を終わらせて背中を向きかけるフウガを、迅は慌てて引き留める。
だが。
「この業界にいればまた会うだろうからな」
じゃ。と、フウガはあいかわらず淡々とした態度で後ろ手を振ってくる。
その姿は、なんともフウガらしいと思え、迅は笑顔になって声を上げる。
「……じゃあ、また!」
別れの言葉は口にしない。
きっとまた、そのうち会えると信じているから。




