第十六話 解散③
その宣言は、ミサトがこの場にいるメンバーを手離すのではなく、それぞれがミサトから〝巣立つ〟ことを意味しているように思えた。
その視線を受け、ぐっと唇を噛み締めたカナタが口を開く。
「……仕方ないことだとはわかっていますけど、もう少しだけでいいから、みんなと一緒にやりたかったです……っ」
ずっと俯きがちだったカナタは、悔しそうに言葉を詰まらせ、ここにきてやっと顔を上げる。
「短期間ではありましたけど、すごく濃い時間でした。この数カ月で得た学びは、数年分の経験に値すると思ってます」
それは、迅も常々感じていることだった。
普通の日常生活の中ではない出会いや人間関係の構築は、本来の一年分の経験が一カ月ほどに凝縮されているように思う。
「この先どうするかはすぐには決められませんし不安だらけですけど……」
ミサトのスカウトでこの世界にやってきたカナタだが、セラピストの仕事にやりがいを感じ、こんなところで終わりたくないという意志を見せる。
今後どう続けていくかは不安があるものの、今まで重ねてきた経験からある程度の自信を持つことはできたと頼もしい言葉を綴った。
「……みなさん、本当にありがとうございました」
いろいろと思うところはあるだろうが負の感情は呑み込んで、カナタは丁寧に頭を下げてこれまでの感謝の気持ちを表した。
「オレは、最初からアオがヤバいヤツだと警告してました」
ここまでずっと無言を通していたフウガだが、さすがに一言くらいは言わないと気持ちが収まらないのだろう。少しだけ棘を感じる声色で口にして、ミサトへ淡々とした目を向ける。
「……そうね。ごめんなさい。決してあなたの直感を信じていなかったわけでも、蔑ろにしたつもりもないの」
「わかってますよ。なんていうか、オレも少し、この店の空気に毒されたみたいです」
そこを突かれると本当に胸に刺さるのだろうミサトが申し訳なさそうな微笑みを浮かべれば、フウガは本意ではなさそうな様子でやれやれと肩を落とす。
「フウガ……?」
迅は不思議そうな目を向けたものの、答えが返ってくることはなく、フウガはそのままどこまでも自分だけの道を歩いていく。
「こうなった以上、オレは次の店を見つけ次第、さっさと辞めさせてもらいます。顧客は連れていってかまわないですよね?」
「ええ。もちろんよ」
一般的には店を移る際に己の顧客を引き抜いていくなど許されない行為だが、今回は店自体がなくなってしまうため、特別措置だ。
ほのかな微笑みを浮かべて頷くミサトを見守りながら、迅はフウガの発言を耳にして「ん?」と一瞬動きを止める。
「あれ? フウガ。そういえば、親の遺産が入ったとかいう太客さんは?」
それは、間違いなくforestの勢いを押し上げる大きな要因となったフウガの常連客のことで、そのあとどうなったのだろうと純粋に疑問に思った迅へ、フウガはあいかわらず感情の乗らない声色で経過を教えてくれる。
「遺産自体は使い果たして、もう今までみたいな入り方は無理だが、これからは細々と指名してくれるとは言っている」
「そっか……。良好な関係を築けているようでよかった」
なんらかの理由で突然大金を手にした女性がセラピストに入れ込んでしまった場合、予後が悪いことが多いのだが、その心配はなさそうでほっとする。
フウガの様子から、移籍先が決まった時にはきちんと連絡を入れて連れていくのだろうなと思えば、自然と表情が綻んだ。
「人の心配をしている場合か。って、まぁ、お前には不要な気遣いだったな」
「え?」
なぜか呆れた様子で溜め息をつかれ、迅は瞳を瞬かせる。
自分はなにか、よけいなことを言ってしまっただろうか。
そんな迅にフウガは可笑しそうな笑みを洩らし、話を続ける。
「この店で働けてよかったとは思っている。マッサージ技術の向上はもちろん、自分に足りなかったことを学べたからな」
「そんなふうに思ってもらえたなら嬉しいわ」
得られたものがあるならば嬉しいと柔らかく微笑むミサトの一方で、迅は心の中で首を捻ってしまう。
出会った時からフウガは優秀だったが、マッサージ技術のほかにどんな学びを得たというのだろう。
「お世話になりました」
意外にも礼儀作法にしっかりしているフウガは話の流れで形式的なお礼を口にして、そのまま話は終わるかと思った時だった。
「……ありがとうございました」
ぽつり、と小さく聞こえた声に、迅は今のは気のせいだったかとフウガを見つめる。
「フウガ?」
なにか言った? と確認してみるものの、迅のその疑問はフウガまで届いていないようだった。
「……なんだか長かったような、短かったような……」
ぽつり、とミサトが洩らした呟きに、迅はforestを結成した時のことを思い出す。
「そう……、ですね。ここまであっという間でしたね」
「本当に、いろいろあったわね」
ミサトと出会ってから今日まではめまぐるしい日々の連続すぎて、いつの間にそんな時間がたっていたのだろうと思う。
一年間の出来事を数年前のことのように懐かしむ迅へ、ミサトは物寂しげな微笑みを浮かべ、それから気を取り直すとメンバー全体へと声をかける。
「forest自体は今月いっぱい稼働させるつもりではいるけれど、今日以降は好きにしてちょうだい。馴染みのお客様たちに連絡を取って、お別れを告げるでもいいし、移籍を希望するようであれば制限をかけるつもりはないから、そのまま付いてきてもらうでも自由にしていいわ」
ある意味、店を畳むまでの整理期間だ。
「……わたしも、どうしましょう」
元々はバイト感覚だったはずが、いつの間にか欠かすことのできない主要メンバーとなっていたラブホは、自分は元の生活に戻るだけかと吐息をつく。
だが。
「え? ラブホちゃんのことは私の秘書として連れていくつもり満々だったんだけど」
「ええ……っ?」
エステ店のほうへ付いてきてくれるつもりはないのかと目を丸くするミサトに、ラブホの驚いたような目が向けられる。
「い……、いいんですか?」
「秘書としてこんなに優秀な人材はなかなかいないもの。ぜひお願いするわ」
「ありがとうございます……!」
ミサトがにっこり笑えば、ラブホの瞳は嬉しそうに輝き、明るい声が上がった。
たしかに、ラブホの事務処理能力はかなり高く、アオが問題を起こした際には有能な探偵ぶりを発揮していた。
ミサトがこの先も手元に置いておきたいと思うのも当然の結果だろう。
「お互いの連絡先を消す必要もないし、そのあたりも自由にしてちょうだい」
お金の切れ目は縁の切れ目という言葉があるように、お金で関係を築く女性向け風俗の世界において、縁は儚いものだ。
だからといって、どんな形であれ一度繋がった縁は尊いもので、こんな世界だからこそ大切にしてほしいとミサトは笑う。
互いに望むのであれば今後も交流を続け、なにかあった際には、頼り頼れる関係で在り続けられるように。
シークレット・ラバーズ時代にはこの世界で出会った人々との連絡先をすべて消去させられるようなこともあったが、やはりミサトとシンヤとでは考え方がまるで違う。
「そうそう。最後にせっかくだから、四人の最終成績と約九カ月間のお店の売上を発表させてもらうわね」
タブレットを手にしたミサトは、まさに有能な女社長の名に相応しい空気を醸し出し、背筋を真っ直ぐ伸ばすと画面に目を落としながら口を開く。




