第十六話 解散②
年末年始は例年通り実家で過ごした迅だったが、ふとした瞬間にforestのことを考えてしまい、あまり気が休まることはなかった。
とはいっても、今後のことを考えて物思いに耽る姿というのは一年前の自分と同じで、母親の目から見た時には、しっかり寝正月に映ったかもしれない。
そうして年明けすぐの四日。まだお正月の名残がある街並みを横目にして、迅は事務所に足を運んでいた。
休憩室には、ミサトの求めでセラピスト四人とラブホが集まっており、日々の雑談や情報交換はそこそこに、ミサトから店の解散を宣言され、重苦しい空気が流れた。
「閉店……!? ですか……!?」
「……ええ」
予想外の幕引きを聞き、大きく目を見開いたラブホへ、改めてそれを受け止めなければならない苦痛に満ちたミサトの肯定が返った。
「そんな……、どうして……」
ミサトが宣言したforestの結末に、カナタは声を震わせ、トウマは事態を飲み込めない様子で愕然とミサトを見つめ、無言のフウガもさすがにぴくりと眉を寄せて厳しい表情になる。
あらかじめミサトから話を聞いていた迅はそんなメンバーたちの反応に心を痛めながら、見守る役へ徹することに決める。
「ごめんなさい。この数週間、考え抜いて出した結論よ」
今なお、まったく迷いがない、というわけではないのだろう。
それでも、他の選択肢を吞み込むように唇を噛み締めて謝罪をしたミサトは、先日迅にした話と同じ内容の説明をしっかりと語って聞かせた。
「もう、どうにもならないんですか?」
「ええ。あなたたちには、謝ることしかできないわ」
ミサトへ向けた縋るような瞳を揺らめかせるカナタへ、ミサトは同じ結論と謝罪を繰り返す。
「そんな……」
唇を震わせたカナタはそのまま言葉を失い、部屋にはしばしの重い沈黙が流れた。
「……どうしてこんなことになっちゃったんですかね。これから、っていう時に。もっとみんなでやりたいと思っていたのに」
トウマからは、負け試合に男泣きするような声が洩れ、ミサトの顔がさらに歪む。
「すべては私の力不足よ。ごめんなさい」
「そんな、ミサトさんのせいじゃ……っ」
自分を責めるミサトへ慌ててそういうつもりで言ったわけではないと声を上げ、トウマは未来への希望を口にする。
「でも……、だって……。問題のアオはもう辞めたわけですし、ここから盛り返していけば……!」
「……私も最初はそう思ったわ。でも、それはたぶん難しい」
「どうして……!」
緩く左右に首を振って後ろ向きな答えを返すミサトへ、諦めきれないというトウマの追及が襲う。
ミサトはそれを静かに受け止めて、その場にいる一人一人の顔を順番に見つめた。
「みんなのおかげで、うちのお店は〝店〟というよりもあなたたち〝個人〟にお客様がついてくれている。きっとそのお客様たちは突然閉店することがになってもあなたたちから離れたりしないでしょう」
これはミサトの言うとおりで、同じ店のセラピストが問題を起こしたからと、それを理由に離れていくお客様はほとんどいない。
実際に事件発覚後に本指名のお客様から迅の元へ送られてきたメッセージの数々は、励ましの言葉で溢れていて、人と人はやはり心で繋がっているのだと、たくさんの優しさに胸がいっぱいになったのだ。
「だったら……!」
「でも」
食い下がるトウマの訴えを制し、ミサトは感情を押し殺した声色で口を開く。
「新規客はそうはいかないわ」
現実は、そう甘くはない。
ミサトはトウマへ厳しい目を向け、淡々と言い聞かせる。
「今回の事件のおかげで、forestの名前には傷がついてしまった。新規のお客様はうちのお店を最初から避けるでしょう」
新規の指名客が取れないことは、店はもちろん、セラピスト個人にとっても死活問題だ。
今、forestを利用してくれている女性たちが、これから先もずっと同じセラピストを指名しつづけてくれる保証がない以上、既存客だけではやっていけないのが現状だ。
少しずつ先細りしていく未来は見えている。
「そんな……」
「勢いのあった店が、なにかをきっかけにあっという間に衰退していくのはよくあることです。……とくにこの業界では」
認めたくはないが認めざるを得ないミサトの説明にトウマが言葉を失う中、ラブホの淡々とした声が静かに流れた。
「forestと同じようになにか社会を賑わすような問題が起きたり、店を牽引していたトップセラピストが突然退店・移籍したり、締め付けが強すぎて大量のセラピストが同時に店を見限ったりと、理由は様々だと思いますが、一度失速しはじめると崩れ落ちていく流れは止まりません」
利用者としてだが、この業界に誰よりも長く身を置くラブホは、今日に到るまでいろいろな店とセラピストたちの終焉を見てきたのだろう。
状況を冷静に分析してみせるラブホだが、覇気を感じられないのは、自分の気持ちを押し殺しているからに違いない。
「わたしたちは、ミサトさんに頼りすぎだったかもしれません」
「全然そんなことはないわよ。私はオーナーとしての責任を負っただけ」
こうなってしまった原因の一つを口にするラブホへ、ミサトは苦笑しながら首を横に振る。
だが、ラブホはミサトの否定を受け流し、悔しそうに顔を曇らせる。
「たしかに、ミサトさんの判断を仰がなければならない場面が多かったことは間違いありません。でも、それにしても、もう少しなんとかならなかったかな、って」
セラピスト個人や事務の判断で動くことのできない問題が多々発生していたことは事実だ。
だとしても、問題が大きくなる前にできることがあったのではないかと粗を探してしまうのは、こうなった今としては仕方のないことなのかもしれなかった。
「そうね。そういう意味では、私自身がエステ店との兼業でやっていくのは無理があったかもしれないわ。理想の女風店を作るための覚悟が足りていなかった」
オーナーとしてすぐに動かなければならない場面で、元々のエステ店の仕事をしていて対応が遅れてしまうようなことが多々あった。
もっと大規模な店であれば、オーナーの下にいる代表に任せっぱなし、というようなこともあるもの、forestは一店舗のみの小規模店だ。
その状態でforestの経営を最優先できない環境下にあるというのは、たしかにいろいろと厳しいものがあったに違いない。
「それから、少し人を信じすぎてしまった気がします」
哀しみと苦悩の入り混じった表情で視線を落とし、ラブホは唇を引き締める。
「信じることが〝悪〟だという考え方は、よくはないのでしょうが」
「そうね……」
できればそんな考え方はしたくないと胸を痛ませるラブホの呟きに、ミサトも苦笑しながら同意する。
過去の問題行動や軽率な振る舞いを知っていながらアオを信じすぎてしまったことは、問題解決のための初動を遅らせ、事を大きくしてしまった。
「でも、私は、信じたことを後悔はしていないわ。私はあなたたちを信じたいと思っているし、信じている。あなたたちなら、どこへ行ってもやっていける、って」
ミサトは胸を張り、力強い言葉でそれぞれの顔を見回した。
「だから、解散、よ」
大丈夫だと、信じているから。




