第十五話 感謝①
「え……」
「細井さん……!?」
「細井さんが〝A子さん〟!?」
「って、どういうことです!?」
まずはミサトが目を見開き、続いてトウマと迅が細井のほうへ顔を向け、カナタが驚きの声を上げてラブホへ問いかける。
フウガも声に出していないだけで、衝撃を受けている様子は伝わってきた。
「……」
ラブホの追及に動きを止めた細井は、視線をこちらへ向けることなく沈黙する。
「わたしはかなりの確信を得ていますが、それでも決定的な証拠があるわけではなく、人違いである可能性も万に一くらいにはあります」
黙秘する細井にラブホは厳しい口調で続けて答えを促す。
「細井さん。わたしの検証は合ってますか?」
「……」
「だんまりですか。でしたら、もう一つ」
細井は口を閉ざしたまま視線を落とし、ラブホは答えを待つのは時間の無駄だとばかりにさらなる手札を切る。
「〝マナミ〟さんのSNSもチェックさせてもらいました。〝マナミ〟さんは投稿数は多くありませんが、いくつかアップしている日常風景の写真の中に、指先が映り込んでいるものがありました」
流行りの飲み物の写真を投稿した際に、カップを持つ指先が映っていたのだとラブホは語る。
「ネイルって、他の人と同じになることってないと思うんですよね」
大量生産されている市販のチップをつけているならばまだしも、どう見てもきちんとしたサロンに行ってネイルをしてもらっている場合、他の人とデザインが被ることはまずないため、そこから身元が割れてしまうことは多々あるようだった。
「こちらも証拠はありません。あくまでもわたしの記憶によるものです。ですので、デザインが酷似していただけかもしれません。でも」
そこでラブホは眉を寄せ、記憶を確認するように過去の映像へ思いを寄せる。
「可愛かったので覚えてるんですよね。二本の爪で一つのリボンになる特徴的なデザイン」
中指を引っ込めて薬指と位置を揃えると、左右に分かれていたリボンが一つになるデザイン。そんなデザインのネイルがそうそう溢れているわけがない。
「細井さん。しばらく前に、リボンデザインのネイル、してましたよね?」
淡々とした問いかけに、細井がゆっくりと呼吸を整える気配が伝わってきた。
「うっかりですね。まさかそこまで見られていると思っていませんでした?」
未だに沈黙を守り続ける細井に、ラブホは追い打ちをかけるように疑問を呈す。
おそらくは指先が映り込んでいることに意識が向かず、そういった危険性まで気がつかずに投稿してしまったのだろう。
「それでも自分ではありません、って主張されますか?」
「……っ」
冷ややかになったラブホの視線に、細井が小さく息を詰める。
さすがにここまでくれば言い逃れはできないだろう、と迅が固唾を飲んで二人のやりとりを見守る中。
「ちょっと待って、ラブホちゃん」
ミサトから動揺の声が上がり、ラブホの名推理を一時中断する。
「ラブホちゃんのその推測が正しいとしたら……」
信じ難いものを見るような目が細井へ向き、粛々としたミサトの声が響く。
「細井さん。あなた、今、妊娠しているってこと?」
その言葉に、その場にいる全員の目がハッとなって細井へ向いた。
――〝A子さん〟は〝月城蒼〟の子供を妊娠し、堕ろす堕ろさないで言い争いになった。
つまり、〝A子さん〟が細井ということは、彼女は今、その身に小さな命を宿しているということになるのだ。
「アオの子を?」
妊娠発覚間もない腹部はまだ膨らんでおらず、細井の身体はほっそりしているが、ついそこを見つめて沈黙してしまう。
「……」
「……」
みな、それぞれなにを思っているのだろう。
迅の胸にはどう言葉にしていいかわからない複雑な思いが浮かび、無意識に奥歯を噛み締める。
―〝セラピスト〟と〝お客様〟の子。
それも、一つの大切な命には違いない。
「ごめんなさい……っ」
全員の視線を受け、細井は腹部に両手を添えると深々と頭を下げる。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい……っ」
謝罪の言葉は段々と震えていき、涙混じりになっていく。
「わたしっ、アイドル時代からずっと〝蒼くん〟のファンで……っ」
〝A子さん〟が盲目的な〝月城蒼〟のファンであるならばそういうことになるのだが、その告白には衝撃を受け、迅はもちろん、ミサトも驚きの目を細井へ向ける。
細井とは個人的な交流があるわけではないものの、アイドルに興味があるなどという話は聞いたことがなかった。
それはきっと、エステ店のオーナーと従業員としての長い付き合いの中で、ミサトも知らなかった趣味に違いない。
「蒼くんがforestでセラピストをする、って聞いて……! 本物の蒼くんと会って話せると思ったら嬉しくて……っ」
ミサトがアオをスカウトしたと聞いた時、細井は内心狂喜乱舞していたという。
自分は内勤スタッフで、アオはセラピスト。親しく言葉を交わす未来を、信じて疑っていなかったに違いない。
「でも! 実際は、よく考えてみたら入金に来る時にちょっと言葉を交わすくらいで、ほかの人たちみたいにずっと話せるわけじゃなくて……っ」
そして、アオがセラピストとして採用され、デビューしてから十日ほど。現実は想像とは違い、必要最低限しか事務所に顔を出さないアオとの交流はほとんどなく、もどかしい気持ちを抱くようになったらしい。
「最初の頃は、『可愛いね』って声をかけてもらっただけで満足だったのに……っ。『細井さんみたいな子がお客様で来てくれたら嬉しいのに』って言われて、つい……っ」
はじめは、他のファンたちとは違い、お金を払わなくても会って話すことができる立場に優越感すら覚えていたと細井は自嘲する。
だが、実際は、アオが事務所に立ち寄った時に出勤していなければ会うことは叶わない。
――指名客たちは、もっと長時間をアオと一緒に過ごし、いろいろな話をしたり聞いたりしているのに。
期待を裏切られ、すぐに欲が出てきた。
――もっと一緒にいたい。二人きりで会いたい。話したい。もっと、もっと……!
大きくなる欲望に逆らえず、違反行為だとわかっていて、別人になりすまして予約してしまったのだと細井は苦しそうに涙を流す。
「……アイツは……、ほんとに……」
苦しげな細井の告白を聞き、迅は頭痛を覚えて肩を落とす。
アオの軽薄さは理解しているつもりではあったが、たとえ冗談でも、まさか内勤スタッフにまで軟派行為をしていたとは呆れてしまう。
おそらく、なにも考えていないからこその行動だ。
「避妊具をつけてない状態で挿れていいか、って迫られて、最初は断ったんです……っ。でも、断り切れなくて……っ」
本番行為そのものは願ってもいないことだったが、さすがに避妊をしてくれないとなると承諾するわけにはいかず、「避妊具を付けてほしい」とお願いしたという。だが、嫌われたくないという思いが強く、避妊具をつけないまま迫られて、流されてしまったとのことだった。
「それで、生理がこないことに気づいて、慌てて調べてみたら陽性で……!」
元々生理不順だったこともあり、心のどこかで、まさか妊娠なんてしないだろうと安易に考えていたのが良くなかったと、細井は反省の色を滲ませる。
大体の予定日より一週間以上外れるようなことも少なくはなく、生理が遅れていることに気づいてもあまり深刻に捉えていなかったという。
そして、さすがにおかしいと違和感を覚えておそるおそる市販の検査薬を購入すると、結果は「陽性」を示していて、そこではじめて事態の大変さに気づいて動揺したらしかった。
「どうしよう、って悩んで……。でも、〝蒼くん〟の子供なら産みたいな、って」
悩んだ末に細井が出した結論は、未婚の母となってもかまわないから、〝蒼〟の子供を産み育てることだった。
「それで、もう一度蒼くんを予約して報告したら、開口一番に『困る』『堕ろせ』『ふざけんな』って……!」
そこで細井の顔は苦し気に歪み、泣きそうな叫びが上がる。




