第十四話 混沌③
それから十日ほどの時間が過ぎ、新規受付再開のタイミングに合わせ、臨時ミーティングが行われることになった。
まずは各自の近況報告から今後の方針を考えるということで、一番重要であるforestの状況説明のためにラブホが話を切り出した。
「週刊誌での暴露記事以来、掲示板への書き込みがすごいことになっています。もちろん匿名ですので、どこまで本当なのか信憑性には欠けますが……。電話で直接問い合わせをしてくる人は減りましたが、DMもメールも、通常業務に支障をきたしている状態です」
あることないこと好き勝手に書かれるのが掲示板の特徴だが、アオの記事が出てからというもの、自分もアオと本番行為をしたという書き込みや、中にはお金を貸したのに泣き寝入りするしかないという訴えも書き込まれ、それに対する意見や誹謗中傷で収集がつかなくなっていた。
さらには、元から無法地帯ということもあり、アオのスキャンダルの火の粉は他のforestのセラピストたちにも降りかかり、身に覚えのない批判や悪評を書き込まれ、掲示板上のことではあるものの、非難にさらされるまでになっている。
新規予約の再開にあたり、予約への問い合わせ対応を優先するようにはしているものの、アオの顧客を中心にアオ関連の問い合わせも相変わらずのため、順次対応しているといっても捌き切れない状態だと、ラブホは疲弊した様子を見せる。
あれから予約のキャンセルも続き、アオが抜けた穴は大きいとはいえ、予約数はピーク時の三分の一にまで落ち込んでしまっている。
「まったく関係ない人のSNSへの無責任な発言も数多く見られ、forestの評判はガタ落ちです。このままでは新規のお客様確保は望めなくなるかと」
元々のアオの知名度もあり、女風利用者とはまったく関係ない人々まで今回の件をおもしろおかしく煽っているため、その余波はforestへ多大なるダメージを与えている。
中には、ただ女性向け風俗を叩きたいだけのご意見コメントを書く愉快犯もいるという。
この状態ではとても新規のお客様が入ってこないのでは、というラブホの危惧は当然のものだろう。
「そうですね……。オレも、しばらく前に反応が良かったお客様に営業のDMを送ったらブロックされました」
そう言って肩を落としたのはトウマだ。
続いて、カナタも言い難そうに先日予約で会ったという女性の話を口にする。
「僕も、同時にアオさんにも入っていたという女性から、お金を貸したという話を聞きました。その方は無料延をしてもらったらしくて、その代金だと思って諦める、って言ってましたけど……」
延長料金にしては高い支払いではあるものの、これも〝痛い勉強代〟として自業自得だと悔しさを呑み込んでいるという話を聞かされ、ただ謝罪することしかできなかったのだとカナタは顔を歪ませる。
「オレも、リピーターさんは変わらず入ってくれてるけど、アオの件がある前に送っていた営業DMはまったく反応が返ってこなくなってるかな。……あくまでオレは、forestのジンとして認識されていることを実感するよ」
迅もまた、ここ最近感じていることを率直に伝え、困ったように眉を下げる。
こんなことがあっても迅を引き続き指名してくれている女性たちは本当にいい人たちばかりで、「大変なことになったね」と同情を寄せてくれるDMが多く、女性を癒す立場にある迅のほうが救われる思いをしていて、彼女たちには感謝の気持ちでいっぱいだった。
一方で、新規開拓をしようと思っても、芳しい反応はまったく返ってこないというのが現状だ。
「フウガはどう?」
腕を組んだままずっと口を閉ざしているフウガに話を振れば、フウガはやれやれといった様子で溜め息を吐き出した。
「アオの件に触れてくるような本指はいないが、オレも似たようなものだ」
フウガを指名している女性たちもフウガの性格をよく理解しているのか、余計な話に触れてはこないものの、以前はそれなりにあった新規問い合わせが皆無になったとフウガは言う。
「あのあと、アオさんからは音沙汰なしですか?」
「うん……。まったく」
触れていい話題なのかと遠慮がちに聞いてくるカナタに、迅は苦笑いを返す。
表向き〝退店〟という形で責任を取ったように見えるものの、残された余波は未だに甚大なダメージをもたらしている。
住む家もなく、借金を抱え、生活費にも困った状態で、今どこでなにをしているのだろう。
「居候させてたんでしたっけ」
言外でもう出ていったのかと尋ねられ、溜め息とともに頷いた。
「あの日から数日後には出て行ったよ。オレは会ってないけど。ただ、たいしたものじゃないけど、いくつか私物を持ち逃げしていったかな」
「それって窃盗じゃ……」
ぎょっとした様子でカナタが突っ込みを入れてくるが、さすがにこの件を大ごとにするつもりはない。
「まぁ、それくらいはいいんだけど。ラブホさんにもらった玩具までどうするつもりなんだろ」
「玩具、って……、あの?」
「はい……。すみません。せっかくくれたのに」
お客様に使うために〝借りて〟いってそのまま忘れてしまったのだろうかと独り言のように呟くと、元持ち主であるラブホに反応され、迅は自分の手元から消えてしまった経緯を説明する。
貰いものを〝失くしてしまった〟理由は迅のせいではないものの、紛失したことを謝る迅へ、ラブホは呆れたように嘆息する。
「まぁ、売るためでしょうね」
「え」
「お小遣い稼ぎくらいにはなるかと」
「……なるんだ」
そこまでしてお金を工面しなければならないほど困っているのかと思うと、さすがにほんの少しだけ心配になってしまう。
だからといって、もう関わりたくはないのだが。
「ところで、週刊誌の件だけど」
それぞれの現状を一通り確認したところでミサトが重たい口を開き、室内には一気に緊張の糸が張った。
「第二報を出すようなことを匂わせていたけど、どうやら取り止めになったことが確認できたわ」
弁護士にも協力を仰ぎながら伝手を辿って情報を集めていたところ、続報を出すまでには至らなかったという旨を聞いたのだと、ミサトは難しそうな表情で眉を寄せる。
ただ、それは本当なのかとミサトはまだ疑いを持っているようだった。もし本当に続報の準備を進めていたのだとしたら、そう簡単に中止できるものなのだろうか。
「それは不幸中の幸いですね」
「でも、どうして……」
ほっと安堵の表情を見せるカナタの一方で、トウマが信じられないとばかりにミサトを見つめる。
「意外と売れなかったとかでしょうか?」
カナタは眉を顰めて小首を捻り、単純に売上が悪かったからではと予想する。
週刊誌も商売である以上、利益を得られなければ意味がない。
元アイドルの堕ちたその後ということで、売れると見込んで発行部数を増やしたはいいものの、思った以上に売り上げが伸びず、第二報は断念することにでもなったのだろうか。
アオには申し訳ないが、娯楽が溢れている世の中で、もはや世間が〝月城蒼〟への興味を失っていたとしても不思議はない。
「さすがに理由まではなんとも……」
本当になにが起こったのかとミサトが困惑の色を見せる中で、ラブホが静かに挙手をして、ぐるりと全員の顔を見回した。
「その件についてですが、わたしのほうからお話したいことがあります」
「ラブホちゃん」
驚いたように目を丸くするミサトへ視線だけで話をする許可を得たラブホは、ここ数日の調査で得た情報を淡々と語り出す。
「今回、週刊誌にアオさんの件を売った〝A子さん〟についてですが、たぶん、特定できました」




