第十四話 混沌②
いよいよ週刊誌が発売となった日。昨日に引き続き、事務スタッフは記事への問い合わせ対応に追われ、通常業務に支障をきたしていた。ラブホによると、女風利用者からだけではなく、一部報道関係者からの取材申し込みのようなものあったらしく、それもまた対応に悩まされたとのことだった。
そしてその夜に急遽開かれることになった緊急ミーティングには、forestの全セラピスト・スタッフが顔を揃え、事務室には重い苦しい空気が流れていた。
そんな中、淡々と経緯を説明するミサトの声が響き、すでにホームページ上からはアオの在籍を削除し、お知らせ欄にアオ退店の旨を記載したこと。SNSはDMで行われたやり取りを確認する必要があるため、パスワードを変更し、鍵付きアカウントに移行したこと。そして、今回のトラブルに関する基本対応が明示され、全員、神妙な面持ちでミサトの話を受け止めていた。
「とにかく、お客様には、『事実確認中』だと、騒がせてしまったことと不安を抱かせてしまったことを丁寧に謝罪してちょうだい。それから、個別の問い合わせに応じることは難しいため、店からの公式発表を待ってほしいと、真摯な態度で対応すること」
「はい」
とくにお客様と直接接することになるセラピストへ重々言い聞かせてくるミサトへ、迅、フウガ、トウマ、カナタは深く頷いてみせる。
これだけの騒ぎになり、当のアオ本人がいないともなれば、本指名以外の女性たちから問い合わせが来ることも充分考えられる。中には、心ない言葉を浴びせ、誹謗中傷してくる者もいるだろう。
「現時点で入っている予約に関してはしっかりと対応するとして、当面の間は新規受付は停止しようと思っているわ。SNSへの投稿やキャスもしばらくの間は控えてちょうだい」
野次馬のような興味本位でやってくる女性や、利用者のふりをして報道関係者が入り込んでくるのを防止するため、しばらくは様子を見る必要があるとミサトは告げてくる。
「それから、このあとすべきこと、だけど」
ミサトは全員の顔を見回して、まずはラブホに向かって口を開く。
「ラブホちゃんは、アオが〝アイツ〟と言っていたA子さんについて調べてちょうだい」
おそらく、アオが〝アイツ〟と吐き捨てた人物が週刊誌にアオのことを洩らしたA子さんなのだろうが、特定を急がせてくるミサトに、ラブホの力強い瞳が向けられる。
「もう始めてます」
「さすがね。ありがとう」
ラブホに向かって頷いたミサトは、ほかのメンバーのほうへと顔を上げる。
「私はアオのお客様一人ひとりに、誠心誠意、謝罪の連絡をするわ」
今回の騒動に対するお詫びと、すでにアオが退店したことの報告。アオは顧客数が多かったため、一人一人のお客様へ丁寧に対応するとなるとかなりの時間と労力が必要となってくるが、それはオーナーとしての責任があるとミサトはきっぱり言い切った。
「それから、出版社に対しても連絡を入れておきます」
週刊誌には、第二弾となるネタも隠し持っているようなことが匂わされていたため、なんとしてでも止めなければならない。
すでに話題の矛先は、アオ一人の問題行動に留まらず、forest運営に対するセラピストの管理体制にまで突き刺さっているため、これ以上の攻撃を受けることは避けたかった。
「ジンは、本指さんへの対応を第一に考えつつ、今回の件で問い合わせがあったお客様への謝罪と説明をお願いできるかしら」
「わかりました」
今夜は事務所に泊まり込みだろうか。
今が踏ん張りどころだと、迅は徹夜での対応を覚悟する。
「三人は、とにかく自分たちのお客様に真摯な対応をしてちょうだい」
「はい」
「わかりました」
「もちろんです」
カナタ、フウガ、トウマが各々真剣な面持ちで頷く姿に、ミサトは「頼むわよ」とばかりの瞳を返す。
そうして今後の対応についての基本方針が共有され、みんなが終電がなくなる前にと帰宅を急ぐ中、迅は事務所に残ることを決める。
ミサトに言われたことは当然として、ほかにもアオが未空へ売掛分をどのくらい返しているのかなど、確認しておきたいことや対処したいことがあった。
それから迅は寝る間も惜しんで諸々の対応に追われ、一時帰宅したのは三日後のことだった。
*****
「あ。鍵、入ってる」
手紙の溜まったポストの中身を確認すると、一番下からアオに渡しておいたスペアキーが顔を覗かせて、迅は思わず目を丸くしてしまっていた。
さすがに居座り続けるようなことはしないと思ったが、本当に出ていったのだなと奇妙な感心を抱いてしまう。
「変な置き土産を残してないだろうな?」
荷物はきちんとすべて持っていったのか。
自分の家でありながら恐々と部屋の扉を開けると電気をつけ、アオの私物が置かれていた場所やキャリーバッグの存在を確認する。
前に勝手に置かれたディフューザーはそのままだが、ぱっと見た感じではきちんと回収されているようだった。
と、安心したのも束の間のこと。
「はぁぁ!? アオ、アイツ……!」
とりあえず飲み物でも飲もうと冷蔵庫を開けた迅は、記憶の中より大幅に減っている缶ビールとペットボトルの本数に、素っ頓狂な声を上げて目を見開いた。
まさか、水物などという重い物をわざわざ持っていったのだろうか。
「ほかになくなってる物……」
元々金目の物など置いていないのでそれほど心配することもないのだが、慌ててあちこちを確認する。
気のせいか、ちょっとした食べ物やそのうち捨てるつもりだった雑誌が消えているような気がした。
食べ物は小腹を満たすためとしても、雑誌など売っても二束三文にしかならないだろうに。
他に覚えた違和感は、記憶を探ってもビフォーアフターの違いを見つけられなかったため、気づかなかったふりをすることにした。
「アイツは……。最後の最後まで……」
最後の最後まで予想を裏切ってくると、迅は大きな溜め息をつくと脱力する。
それから、ふとテーブルの上に視線を移した時だった。
「……は? 手紙?」
なにも置かれていなかった場所に白い紙があることに気づき、迅は驚きながら手を伸ばす。
あのアオが、殊勝にもお礼の手紙をしたためるとは思えない。
――「不要そうなものを処分させてもらいました」
「怪盗なんとかかよ!」
たしかに迅宛てのメッセージではあったものの、そこに書かれた文字を目にして迅は思わず突っ込んだ。
不要そう、と勝手に決めてくれているが、そんなことがあるわけがない。
ただ。
――「追伸。ジンさんって本当にお人よしですよね。騙されないように気をつけてください」
わざとなのか、紙の端に残された蟻のような小さな文字を発見し、迅は苦々しい笑みを洩らす。
室内には、ほのかな甘さを含んだ木の香りが誰かの存在を残していた。




