第十三話 対決、そして……③
急いで事務所に向かった迅が扉を開けると、一秒でも待っていられないとばかりにラブホが駆け寄ってきた。
「ジンさん……!」
「ラブホさん! ミサトさんは?」
「今、こっちに向かってます。あと十分くらいで到着するかと」
あのあとすぐにラブホから入った連絡でアオのスキャンダルは当の本人を除いて情報共有され、とりあえずトウマとカナタは待機という流れになった。
一刻も早く対応策を考えなければならないということで、初期メンバー四人が事務所に集合することになったのだが、フウガはまだ予約中で、ミサトはタクシーでこちらに向かっている途中だという。
そして、肝心のアオ本人は、といえば。
「アオは?」
「それが……、連絡がつかなくて」
めずらしく休みを取っているアオは、どこで羽を伸ばしているのか、ラインを送っても電話をしても応答がないという。
ネットニュースが流れたとはいえ、騒ぎになっているのはまだ一部の界隈だけのため、下手をするとアオはまだ自身のスキャンダル発覚に気づいていない可能性すらある。
「どうしてこんなことに……」
苦渋の声を洩らすラブホのあとについて玄関から室内へ足を踏み入れた時、業務用携帯の着信音が鳴り響き、迅はそちらへ顔を向ける。
「電話……」
「アオさんの件がネットニュースに出てから電話がすごいんです。もう、どうしたらいいか……」
そもそも、ラブホがアオのスキャンダルを知ったのも、一本の問い合わせからだったという。
そのあと自身で急いでネットの騒ぎを確認し、ミサトへ一報を入れたとのことだった。
それがおそらく迅がシンヤからアオのスキャンダルを聞かされていた同刻だろう。そしてミサトの指示の元、アオを除くforestメンバーのライングループを作って全体へ情報共有されたのが、迅が事務所へ向かっている電車の中だった。
「ラインもメールもスキャンダルの問い合わせばかりですし、とても通常業務ができる状態では……」
「突然のことでパニックになってもおかしくないのに、ラブホさんも細井さんも冷静によく対処してくれていると思います」
電話の向こうの見えない相手に頭を下げ、真摯に対応している内勤スタッフの細井の姿が目に入り、迅は感心の吐息を零す。
ラインやメールでの問い合わせは現在事実を確認中である旨の定型文を個々に合わせて修正して送ればいいだけだが、電話となるとそうはいかない。一人一人丁寧に誠意を尽くす必要がある。
現状、ひっきりなしに電話が鳴る、とまでの状態ではないものの、通常の予約に支障をきたしていることは間違いないだろう。
「冷静な対処……、それは……、皮肉にも、前回のアオさんの件で学んだので」
本気で嫌そうな表情になり、ラブホはおかげさまで細井にもとりあえずの対応方法を教えることができたと軽い毒を吐く。
とにかく今は、「事実確認中」としか答えようがない。
「週刊誌の記事は読みました?」
「いえ。あちこちで騒がれている嘘か本当かわからないスキャンダルの内容は見ましたけど、原文はまだです。というか、発売自体は明日ですよね?」
まずは情報のすり合わせをしてくるラブホを、ソファに腰かけながら見返した。
電車の中でいろいろと検索をして迅なりに調べたのだが、どうやら今流れているネットニュースは明日発売の週刊誌から先んじて一部を発表したものらしく、SNS上では多くの憶測が飛び交ってカオス状態になっていた。
「はい。ただ、早売りしているところはあると思うので、一日前のこのタイミングでネットニュースになったんだと思います」
これも、初日の売上を伸ばすための戦略のうちということだろうか。
その時、玄関の扉が騒がしく開かれる音がして、直後、ミサトが顔を覗かせた。
「遅れてごめんなさい!」
「ミサトさん! お忙しいところをお疲れさまです」
「いいえ。私なんかより、ラブホちゃんたちのほうがよっぽど大変だったでしょう。ごめんなさいね」
ラブホと話しながらミサトは迅の前のソファへ座り、とにかく余計な話をしている場合ではないとばかりのバタバタとした様子で、大きなバッグから一冊の雑誌を取り出した。
「エステ店の従業員にも協力してもらって、週刊誌を手に入れたわ」
「さすがミサトさん」
早売りを見つけたという従業員から週刊誌を受け取っていたため、こちらに着くのが少し遅くなってしまったらしい。
今後の対応を考えるためにも、まずは報道内容を確認してからではないとはじまらない。
机の上に置かれた週刊誌の表紙には、すでにアオのスキャンダルを煽るような見出し文句が書かれていて、迅とラブホが苦々しく顔を歪める中、ミサトが該当ページを開く。
「ここよ。とりあえず丸々四ページにわたって事の詳細が書かれているわね」
迅の目にまず飛び込んできたのは、スキャンダル記事でよく見かけるような、夜のネオンを表現したような写真と、アイドル時代のものと思われる〝蒼〟の写真の切り抜きだった。
俗に言う〝証拠写真〟というようなものはなく、まずは〝堕ちたアイドル〟として、現在女性向け風俗店でセラピストをしている〝月城蒼〟の転落人生がおもしろおかしく書かれ、そして――。
「これって、この女性が自ら情報を売った、ってことなんでしょうか」
「どうかしら……。未だに〝月城蒼〟を追っている記者がいたのかもしれないけれど……」
眉を顰めて窺ってくるラブホへ、ミサトもまた眉間に皺を寄せて考え込む仕草を見せる。
今回、「風俗の世界へ身を堕としたスキャンダラスなアイドル」として具体的に書かれていた記事は、とある女性へのインタビュー内容だった。
ことの発端は、アオがセラピストデビューして間もない、今から約三カ月前のこと。元々〝月城蒼〟のファンだった〝A子さん〟は、女風客として〝アオ〟を指名すれば、かつては手の届かなかった〝アイドル・蒼〟に会えるということで、すぐに〝アオ〟を予約した。
大好きだったアイドルに直接会って話すことができる。蒼への愛を語り、夢うつつの状態で施術に入り、さらには、触れるどころかさらに濃厚な行為なまで……。その後、事件は起こった。
A子さんの話によると、アオから本番行為を迫られ、断ったにもかかわらず強引に挿入してきたという。――しかも、避妊をすることもなく。
本気で蒼のファンだったというA子さんは、ショックを受けつつもその場では流されて許してしまい、アフターピルを購入するという頭もなく、そのまま日常生活へ戻ってしまった。
元々生理不順だったというA子さんは、生理が遅れていても最初はあまり気にしていなかったらしいのだが、さすがに段々と心配になってきて市販の検査薬で妊娠を調べたところ、陽性の反応が出たために、再びアオを指名し、アオの子供を身籠ったことを報告。産む意思を示したところ、堕胎を迫られ、暴力を振るわれたとのことだった。
「……これ、どこまでが本当なんでしょうか……」
「この手の週刊誌はおおげさに書かれているものではあるけど」
「すべてが捏造だと言えないところがあれですよね……」
一通り記事を読み終えたラブホが悩ましげな声を洩らせば、ミサトは大きく肩を落として吐息をつき、ラブホがまた苦々しい表情を浮かべた。
これまでアオが起こしてきた数々の問題行動から、アオへの信頼はすでに底を尽きている。
「どちらにしても、アオと連絡がつかないことにはなんとも話が進まないわ」
ミサトは頭痛を覚えたかのように額へ手をやり、それからラブホのほうへ視線を上げる。
「ちなみにラブホちゃん。この〝A子さん〟に心当たりはある?」
「デビュー当初に指名があり、それからもう一回、少なくとも合計二回以上は指名している女性、ということですよね。アオさんは本指名のお客様が多かったので、この情報だけですぐに特定するのは難しいかと」
「そうよね……」
なんだかラブホが超有能な秘書……、もしくは探偵に見え、こんな時だというのに引き攣った笑いが洩れてしまいそうになる。
アオの指名客はかなりの数に違いないのに、現時点で特定まで結びつかずとも、すでに候補が絞れていそうなところがとても怖い。
「DMを削除されていたらお手上げですが、あとで遡って確認してみます」
「大変な作業をごめんなさいね」
「とんでもないです」
ミサトが言うように、それはかなり大変な作業だと思うのだが、ここはわたしの出番だと意気込んで首を振るラブホに薄ら寒い恐怖を感じてしまう。
DMの覗き見はやめてほしいと散々進言してきた身としては、なんとも複雑な気持ちになる。
なぜみな問題を起こすのか。これでは今後、DMの監視が当然の流れになってしまっても認めざるをえなくなる。
「とにかくアオには電話をかけ続けるとして、まずは今後のお客様対応ね。こういった問題は初期対応がかなり重要になってくるから。……みんなには本当に迷惑をかけるわね」
ミサトは心なし疲れた様子でその場にいる面々を見回して、弱々しい笑みを零す。
「そんな……、ミサトさんのせいじゃ……」
「いいえ。アオをスカウトした私の責任よ。しかも、当初からアオの危うさをわかっていて厳格に管理できなかった」
首を緩く横へ振ったラブホへミサトははっきりと自分の責任を告げ、自分の軽率な行動が引き起こしたことだと後悔を滲ませる。
とはいえ、ショックを受けているミサトには申し訳ないが、ここで立ち止まっている余裕はない。
「今は責任の所在を追究している場合じゃありません。当面の運営活動をどうするかです」
「……そうね」
迅にしては珍しく厳しい空気を滲ませれば、ミサトは気を取り直すように頷いた。
そうして重苦しい緊張が落ちる中、本格的な対策会議がはじまった。
まずは電話やライン、メール、そしてマスコミからの問い合わせへの対応について。当面は「事実確認中」ということで、早急に弁護士にも相談することにする。
次に、今後の運営について――……、と話し合いが始まったところで、ミサトのスマホから着信音が鳴った。
「……アオからだわ」




