第十二話 百万円の闇②
ラブホにはお茶目な面があるらしい。
それから数日後。喫茶店で落ち合ったラブホは、キャスケットこそ被ってはいなかったが、全体的に茶色い服と丸い眼鏡をかけ、〝探偵ルック〟をしているように見えた。
「……ラブホさん……。その格好……」
「あ。わかります? まずは形から、って言うじゃないですか」
手に持っている虫眼鏡はわざわざ購入したのだろうか。
そわそわと落ち着きなさそうにしながらもどこか楽しそうなラブホに、迅の口元は引き攣った。
「それよりも、そろそろ来ますよ。一発勝負ですからね。気合いを入れてください」
店の扉へ視線を向け、ラブホが張り切って声をかけてくる。
席と席の間にある衝立の陰に隠れるように身を屈めるラブホの姿は、完全に不審人物だった。
「ここの通路を通ってくれるといいんですけどね……」
マリには顔が割れているため、念のために眼鏡をかけている迅は、慣れない鼻パッドの感覚にブリッジを押し上げながら吐息をつく。
直接謝罪がしたいと申し出たミサトへ、「アカリ」は内容が内容だけに個室での話し合いを求めてきたという。
「アカリ」の言い分はもっともで、迅とラブホは慌てて条件検索をかけ、個室があり、かつそこへ向かうための通路に客席がある喫茶店を探し出したのだ。
ミサトが待つ個室へ「アカリ」が向かう途中で、フロアの座席で待ち構えた迅が「アカリ」の顔を確認する。
そろそろ現れるはずの「アカリ」を待ち、迅は緊張の息を呑み込んだ。
「あ……っ、あの人じゃないですか?」
扉を開けて店内へ入ってきた女性は、きょろきょろと辺りを見回して近くにいた店員へと声をかける。
個室で待ち合わせをしているとでも伝えたのだろうか。「こちらへどうぞ」と案内する店員の後に続き、ラブホと迅が座る席の横の通路を歩いてくる。
その女性が現れた時から、記憶の中にある「マリ」の姿が重なって見えていたが、「アカリ」と思わしき女性がこちらに近づいてくるにつれて、迅の心臓はバクバクと音を鳴らし、瞳はじわじわと見開いていく。
「ジンさん……? どうです? 〝マリ〟さんですか?」
「――――……マリ、だ」
迅のほうへ身を乗り出して潜めた声で尋ねてくるラブホに、迅はこくりと喉を鳴らす。
記憶の中の「マリ」に比べると少しだけ痩せたような気がするものの、全体的な雰囲気はもちろんのこと、顔も「マリ」に間違いない。
「! じゃあ……!」
アカリ――もとい、マリは、店内にいる他の客になど目もくれずに迅とラブホの前を通り過ぎていき、ミサトの待つ個室へと消えていった。
「……少しだけ時間を置いたら行こう」
「はい」
迅が神妙な声色で声をかければ、ラブホは緊張の滲んだ面持ちでゆっくりと首を縦に振る。
ミサトが予約した個室は、二名から四名用だった。
手を上げて店員を呼ぶと、断りを入れて個室へ向かう。
扉の前で一度足を止めて中の様子を窺えば、ちょうど挨拶を終えて本題に入ろうとしているところらしかった。
――コンッ、コンッ。
さすがにいきなり扉を開けるわけにはいかず、迅は軽いノック音を響かせる。
「はい」
「失礼します」
すぐに返ってきた応答に室内へ踏み込めば、まさか他の人間が現れるとは予想もしていなかっただろうマリの驚いたような声が上がった。
「え……?」
そうして新たにやってきた人物――迅の顔を見上げ、マリの目はみるみると見開いていき、そのまま愕然と固まった。
「あ……」
別人かもしれなかった微かな可能性は完全に消え、迅は複雑な微笑みをマリへ向ける。
「マリ。久しぶり」




