第十一話 不穏⑤
アオの回収にはかなりの苦戦を強いられた。
いくつか考えられた迅の想定とは違い、拒否をされたとか駄々をこねられたとかではなく、単純にかなり酔っていたからだ。
アオが飲んでいる席に案内された時、アルコールの力で陽気に出来上がった姿を見て、なにを先置いても顔が引き攣ってしまったくらいだ。
電車の中でも会話はきちんと成り立たず、このままミサトの元へ連れて行っても説明能力と判断能力があるのかと、頭が痛くなってしまっていた。
それでも駅から事務所へ向かう道中で夜風にあたり、少しは酔いが覚めてきたのかもしれない。
厳しい表情をしたミサトを前にした時には、さすがのアオも反省の色を見せていた。
「さて。どういうことか説明してもらえるかしら」
「……すみませんでした」
まずは、借金について。
迅の隣に座り、アルコールの匂いを纏わせて謝罪したアオは、テーブルを挟んで向かいに座るミサトへと、苦々しい表情で経緯を説明する。
「キャバクラで使ってしまって金がなくて」
「それで? お客様からお金を借りたっていうの」
「はい……」
そのお客様は事前クレジット決済だったためにその場で現金を受け取ることができず、次の予約場所に向かう電車代すら困り、財布を忘れたなどと適当な言い訳をして口車に乗せ、手持ちの三万円を借りたらしい。
金銭管理のあまりのだらしなさにミサトは呆れ、開いた口が塞がらないながらもなんとか事情を咀嚼し、呑み込んだ。
決して許されることではないが、後払いで支払われるクレジット分の報酬の一部をすぐに用意し、お客様に送金するという着地点に辿り着く。
キャバクラへの支払いについては、今ここで論じている余裕はない。そもそも、ミサトがそこまで面倒を見る必要もない。
そして、今日新たに発覚した、一番の問題行動。
「本番行為については? 本番が禁止されていることは知っているわよね?」
ミサトのその詰問には少しばかり複雑な気持ちを抱いてしまう迅だが、自分とアオのケースを重ねて同じにしてはいけない。
「お客様は貴方に強引に挿入されたって言っているけど」
それが真実であればとても許されることではないと峻厳な態度を取るミサトへ向かい、アオはしばし考え込むような仕草を見せると眉間に皺を寄せる。
「ちなみにそれって誰ですか?」
「〝誰〟!?」
つまりは、本番行為に及んだ相手が複数おり、誰に訴えられているかわからないため、状況を説明できないということなのだろう。
互いに了承済の行為のためか、クレーム案件にまで至らずとも被害者は他にもいるという事実を前にして、ミサトは頭を抱え、ラブホからはなにか汚いものを見るかのような目が向けられる。
「……アカリさん、という方よ」
そうして悩んだ末にミサトが相手の女性の名前を告げれば、アオは心外だとばかりに眉を吊り上げた。
「あー。その人でしたら覚えてます。無理矢理だなんて濡れ衣もいいところです! してほしい、って何度も言ってきたのはアカリのほうなのに!」
「でも……、それならなんで」
いつかの自分の状況と被り、アオが違反行為をしたという事実を追及するよりも、迅は胸に湧いた困惑に囚われてしまう。
あの時の迅も、相手の望みを叶えたつもりが、裏切られた。
どうしてそんなことが起こるのだろう。
「さぁ? あとから気が変わったんじゃないですか」
「えぇぇ……」
あんまりよくなかったとか。と不機嫌そうに唇を尖らせるアオに、迅はそんな理由があるのかと衝撃を受ける。
本当にそれが原因だとしたら、理由としてはあまりにも軽すぎではないだろうか。
「あそこまで強く本番をお願いされたの、初めてです」
「……あ……」
その時、なんとなく引っかかりを覚えたのは、ただの勘か、これまでの経験からか。
――『そういえば、この間、〝ハヤト〟を知ってる、って女がいたな』
フウガの言葉が頭によぎり、迅は矢継ぎ早にアオを窺う。
「ちなみに、どういう感じの人? 体型は? 芸能人だと誰に似てたりする?」
「えーと……。芸能人といわれると難しいですが、目が大きくて、少しぽっちゃりした人でした。見た目は芸人寄りのお笑い系アイドルっぽい感じの。ただ、自己肯定感は低いタイプなので、あんまり可愛くは見えないかな。あ。見た感じで想像した声より少し低いのが特徴かもしれないです」
迅が百万円を払うことになったあの時に酷似した状況と、しばらく前にフウガから聞いた女性の話が頭に浮かび、点と点が繋がっていきそうな嫌な予感に囚われる。
まさか……、と心臓が冷たい鼓動を刻み、指先から体温が失われていった。
「迅? どうかした?」
アオから迅へと視線を移し、ミサトが訝しげに眉を寄せる。
「いえ……」
この予感が外れればいい。
そう願いながら、真実を追究すべく、最初の行動を取るべくミサトへ許可を得る。
「ちょっとフウガに確認したいことがあるんですけど、時間もらっていいですか」
「え、えぇ」
いったいなにが起こっているのかと困惑の色を浮かべるミサトの視線を感じながら、迅はスマホを手に取ると、フウガへその女性と過ごした時間について詳しいことを聞きたいとラインする。 するとすぐに折り返しの電話があり、その時の状況を聞いた迅は唖然となった。
「……フウガも、本番を……?」
――「あぁ。どうしてもと懇願されてどう回避するか悩んだからよく覚えてる」
「あ。じゃあ、フウガはしてないんだ」
――「本番なんて、そんなリスクの高いことをするわけないだろ」
むしろどうしてそんな当たり前のことを確認してくるのだと言わんばかりの声色に、電話の向こうで顔を顰めているフウガの表情が想像できてしまい、迅は苦笑するしかできない。
「あと一つ。その女性って、見た目から想像する声より低くて、ちょっとギャップのあるタイプの人だった?」
――「言われてみればそうかもしれないな。個人的にはあまり気にならなかったから特徴とは思わなかったが」
この前、容姿の特徴を話した際に声のことまで触れなかった理由を告げたフウガに、こんな時だというにもかかわらず、フウガらしいと笑ってしまう。
だが、これで、確信はどんどん深まっていく。
「就寝前にごめん。ありがとう。情報提供助かった」
――「それはいいが、なにかあったのか?」
「うん……。まだ調査中だから、あとでまた連絡する」
――「……わかった」
フウガの疑念は当然で、きちんと説明することを約束して通話を終えた。
なにが起こっているのか、迅にもわからない。
ただ、ほんのわずかだが見えてきたものに、迅は一度深呼吸をするとゆっくり三人の顔を見回して口を開く。
「たぶん、ですけど、その女性、オレが前の店を退店に追い込まれた原因の女性のような気がします」




