第十話 疑惑④
二時間半の予約はただ話をするだけであっという間に過ぎていき、一切施術をすることなくサクラとは別れた。
セラピストとしての本来の仕事をしていないことには申し訳なさが湧いたが、そういった雰囲気にならなかったのだから仕方がないと自分を納得させる。今回に限っては、サクラも迅へ性的サービスを求めてはいなかっただろう。
話したいことも聞きたいことも山ほどあったが、無料会いをするわけにはいかない。かといって、例の件をDMで話すには秘匿性がなさすぎる。
ここは一度、ミサトに相談するべきだろうか。
「あ。フウガ。お疲れさま」
サクラと別れたあと、入金のために事務所に立ち寄った迅は、ちょうど事務の女性へ封筒を手渡しているフウガと遭遇し、笑顔で声をかけていた。
「フウガも入金?」
「あぁ」
あいかわらずフウガは淡々としていて素っ気ない。
用事は済んだとばかりにすぐにその場を離れたフウガは迅の横を通り過ぎていき、そのまま扉のほうへ向かう。
フウガと入れ替わりに一週間分の売上を事務の細井に納めた迅は、視界の端でフウガを見送りかけ、そこでぴたりと足を止めたフウガの行動に疑問符を浮かべていた。
「ジン。ちょっといいか?」
「うん。どうかした?」
珍しくも話があると声をかけられ、今は誰もいない隣の休憩室へと移動する。
「居候させてるんだよな? アイツはどうだ?」
「って、アオのこと?」
具体性のない問いかけは、なにかの意図があってのことだろうか。
どういう意味かと目を丸くする迅の確認を、フウガは静かに肯定する。
「あぁ」
「ん~~? どう、と言われても……、コメントに困るというか、掴めないキャラだからなんて言ったらいいか難しいというか……」
たしかに、帰る家がないと困っているアオに強請られて、部屋が見つかるまでという条件で仮住まいを許しているものの、〝同居〟と呼べるほど一緒の時間を過ごしていない。
泊まり予約も多く、さらには夜遊びをして過ごしているらしいアオは、なんだかんだとほとんど迅の家にいないのだ。
そんな状況でアオのことをどれだけ理解できるかといえば難しく、今まで迅が出会ったことのない自由奔放すぎる性格は、現時点で中身がまったく見えなかった。
「アイツは信用ならない」
「え……」
真剣すぎるほど真剣な表情と声色で断言され、迅は思わず固まった。
フウガの人に対する評価が厳しいことは今さら言うまでもないが、まさかアオのことをそんなふうに感じているとは思わなかった。
「ジン」
フウガの視線に真っ直ぐ射貫かれ、動揺する。
「オレは、正直、お前のことは少し認めていたりする」
「……フウガ……」
そして、思いがけないフウガからの評価に驚きで目を見張りながらも、じわじわと胸に滲んでいく歓喜の熱に、顔がほんのりと熱くなる。
そんなふうに思ってくれていたなど、恥ずかしくなりながらも感動する。
「だが、アイツのことはどうしても信用できない。アイツはきっと、いつか取り返しのつかない大きな問題を引き起こす」
あまりにもはっきりと言い切られ、急速に口の中が渇いていく。
「……そんなこと、は……」
「問題が起きる前にはっきり言わせてもらう。アイツはすぐに辞めさせたほうがいい」
ドクリ……ッ、と心臓が大きく脈を打ち、背中に嫌な汗が滲むのを感じた。
アイドル時代のスキャンダル。同棲中の彼女に追い出され、家がないこと。キャバクラで出会った女性を連絡なしでの連れ込み。行方不明の迅の私物。
そこまでたいしたことではない、はずだ。そう思うのは、新しく受け入れた仲間のことを信じたい一心からかもしれない。
けれど、きっと、小さな綻びは見えている。
「一度採用した以上、理由もなくクビにするのが難しいことはわかってる。だが、早くなんらかの理由を作って切るべきだ」
「それは……、ミサトさんにも相談してみないと……」
「そうしてくれ。オレが話すよりもジンから話したほうが聞いてもらえるだろうからな」
「そんなことは」
早急に。と真剣な眼差しで求められ、フウガがそこまで危機感を抱いていることと、迅のことをそんなふうに思ってくれていることへ、二重の意味で動揺する。
「わかってないな。お前はミサトさんにかなり信用されてる」
「え」
forestの立ち上げから関わり、それなりに頼りにされているという自負はあったが、フウガにそこまで断言されるとさすがに驚いてしまう。
「必要であれば俺を呼んでくれてかまわない」
「そこまで……」
フウガが自ら動いてもいいと思うほど、事態は差し迫っているのだろうか。
「……わかった。アオのことは気にして見てみる。フウガの懸念もミサトさんに共有してみて、アオの行動に少しでもおかしな点が見えたらすぐに対処できるようにしておく」
「頼んだ」
フウガの杞憂ならばいい。
だが、そうではなかった時、一度崩れ始めた世界を止めることはできないだろう。
迅は頷き、フウガの危機感を受け止めたのだった。




