第一話 本番行為④
駅での待ち合わせは知り合いに会うリスクが高いため、サクラとはいつもホテル近くのコンビニで合流している。
今日もコンビニでちょっとしたおやつと飲み物を買ってホテルに持ち込み、部屋のソファに並んで座って会話に花を咲かせる……、というわけには、今日に限ってはいかなかった。
「本当に辞めちゃうの?」
どうしても会いたかった理由を告げた迅へ、サクラが驚きの目を向けてくる。
「うん……」
「……そっか」
「……うん。ごめん」
答え難そうに頷けば、サクラはそっと視線を下へ落とし、ただ静かに迅の決断を受け止めた。
セラピストを辞めるということは、通常、もう二度と会うことはないことを意味している。
この仕事は、退店時にすべてのお客様と関係を切ることが規則の一つになっている。連絡先の交換等も一切許されてない。
それは、俗に言う「裏引き」行為をさせないための予防策ではあるのだが、せっかく出会えた縁を切らなければならないことは、やりきれない気持ちにさせられる。
こちらも本番行為と同様、連絡先の交換やその後も会っていることが発覚した場合、罰金を払わなければならない契約が結ばれている。
「理由を聞きたいな。辞めることを決断した訳、話してもらえない?」
「そうだよね。でも、辞める理由はどうしても話せないんだ、ごめん」
突然の報告に、サクラが戸惑うのは当然だ。理由を知りたいと思うのも自然な気持ちだろう。
だが、さすがに一連の出来事をサクラに説明するわけにはいかなかった。
他のお客様の話を洩らしてはならないことは、どこの業界にも通じる禁止事項だ。
違反行為をした迅に絶対的な過失があるとはいえ、本番行為を強請られて応じてしまったことを話せるはずがなかった。
「ハヤトくんは兼業だもんね。こんな仕事、いつまでも続けるものじゃないよね」
「そんなことは……」
「これまでわたしが会ってきたセラピさんたちも、みんな大体一年くらいで辞めていったから」
なにかを悟ったようにポツリと洩らすサクラに、迅は乾いた息を呑む。
実際に、セラピストの稼働期間は短い。半年も続けていれば「中堅」、一年も続けば「ベテラン」と呼ばれることもあるくらいだ。
最初にサクラに会った時、迅が四人目のセラピストだと言っていたことを思い出す。
基本的にサクラは、いろいろなセラピストに会うのではなく、一人のセラピストをずっと指名し続けるタイプの利用客であるため、今まで指名してきたセラピストたちの卒業を目の当たりにし、見送ってきたのだろう。
「それが〝普通〟なんだと思うよ。風俗はあまり長く続けていい仕事ではないのかなって」
「そうだよね」
それでいいのだと悲しそうに苦笑して、静かな微笑みを浮かべるサクラに、迅は静かに同意する。
「わかってはいるけど、寂しいね」
「……うん」
どう言葉を返していいかわからず、迅はただ頷くことしかできなかった。
期間を決めてはじめた仕事ではないけれど、いつか終わりがくることはわかっていた。
それでもその時のことは漠然としすぎてきて、今までしっかりと考えたことなどなかった。
そもそも、仕事の性質上、一回限りのお客様やある日突然連絡が取れなくなるお客様など日常茶飯事で、きちんと別れの挨拶ができるお客様のほうが稀……というよりも滅多にない。
「わたしも、利用を止められたらいいんだけどねぇ。セラピストさんと会う時間は楽しいし、癒されるから、なかなか……」
「これから、またいいセラピストに巡り合えるといいね」
無理矢理作ったとわかる笑顔で茶化すように呟くサクラへ、本心から声をかける。
この業界において、無茶な要望をしてくることもなく基本的なサービスで満足し、さらには精神が安定している女性は極めて少なく、笑顔の可愛らしいサクラはかなりの「良客」だった。
そんなサクラには、この後、素敵なセラピストが見つかればいいと心から願う。
「どうだろう。ハヤトくんくらい相性のいい人はなかなか見つからない気がする」
「そんなことはないよ。オレなんてたいしたことないから。もっといいセラピストはたくさんいるよ」
「そうかなぁ……」
悪戯っぽく笑うサクラに、迅も笑顔を向ける。
「まぁ、サクラとは、また会っちゃうかもしれないし」
「うん。そうだね」
別れは寂しいが、サクラにかんして言えば、こうして笑いながら話していられることには理由があった。
あれは、サクラが初めて迅を指名してくれてから三か月ほどたった頃。たまたま本業の営業で出向いた美容クリニックで受付をしていたサクラに会い、互いにびっくりしたのだ。
そしてサクラはそのことを誰に洩らすこともなく、今までずっと一緒にいてくれた。迅の本業を知ったことで、セラピスト業だけでなくそちらの仕事の大変さまで理解してくれた、本当に素敵な大人の女性だった。
だから、機会があればまた会うこともあるだろう。その時は、セラピストとお客様としてではなく、また新しい関係を築けたりするだろうか。
「そろそろ、一緒にお風呂入ろっか?」
気持ちを切り替え、迅はサクラの肩を引き寄せると耳元で意味深に囁いた。
迅は、セラピストだ。いくらサクラが理解のあるお客様とはいえ、基本的な仕事をすることを忘れてはいけない。
「……うん」
「かわいいね」
途端恥ずかしそうに耳を赤く染めたサクラの姿に嬉しそうな笑みを零し、迅はサクラを抱き締めたのだった。
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別れは、新たな出会いへの一歩。
終わりは、新たなはじまり。
そんなことを、言うけれど。
「私と、新しい女風店をはじめない?」
最後のお客様との出会いが、迅の人生を変えていくのだった。




