第九話 信頼関係④
「ラブホさんはちゃんと可愛らしいですし、なにより自分が傷ついてきた分、人に優しいです。あと、すごくしっかりしているな、って思います。考えに一本芯が通ってるっていうか。まぁ、ちょっと厳しすぎる面はありますけど」
最後の苦笑は空気を和ませようとわざと口にしたのだが、ラブホからは冷たい視線が返ってくる。
「そんな、口だけの慰めはいらないです」
「そんなことは……っ」
「嘘です。ごめんなさい。とっても嬉しいです」
「え?」
だが、くすり、と可愛らしく笑われ、迅は瞳を瞬かせる。
ラブホは自分の容姿を嫌っているようだが、迅の目から見て、素直な笑顔はとても可愛らしかった。
「迅さんは、きっと本気でそう思ってるんでしょうね」
柔らかく微笑むラブホは、嘘偽りなく今までで一番可愛いと思う。
「わかってます。というか、わかりました。この人は、迅さんは口だけの人じゃないんだって。今までの言動とあのDMの数々を見ていたら認めざるをえないというか。こんな人が本当にいるんだな、って」
「……ラブホさん……」
今まで自分がしてきたことをラブホに認められ、迅の胸にはじわじわとした感動が広がっていく。
幼い頃から俗に言う〝ぽっちゃり体型〟だったラブホは、容姿のことを男子に弄られ、ずっと虐められてきたという。
痩せる努力をしたこともあったがすぐにリバウンドをし、成長してからも陰口を言われる日々だったらしい。
そして、お金を払えば夢を見させてもらえるはずの世界でさえ、期待を裏切られた。
だから、綺麗ごとを語る迅のことが信用できずに、ずっと警戒していたのだ。
だが、ラブホと出会って半年。頑なだったその心を、少しずつ溶かすことができていったのなら、人としてもセラピストとしてもこれ以上嬉しいことはなかった。
「ちょっと寄り添いすぎだな、っていう意見は変わりませんけど。世の中には人の善意を平気で搾取して裏切る人間なんて山ほどいますから。そこはやっぱりほどほどにしないと」
釘を刺すことは忘れないものの、それは迅のことを思ってくれているからこその優しさだとわかっている。
「ちゃんと自衛してください。わたしが言いたいのはそれだけです」
すぐそこに見えてきた駅へと向かうラブホの足取りは軽やかだ。
「わたしは、迅さんには感謝しているんです。こんなセラピストさんもいるんだな、って、心の底から思えたので。あと今楽しいです。forestに関わらせてもらって毎日が充実しています。これも迅さんのおかげですね」
ラブホは基本的に複数回指名をしない回遊型ユーザーで、多くのセラピストと会ってきているはずなのだが、今までラブホの心に寄り添ってくれるセラピストはいなかったのだろうか。
「〝カリスマユーザー・ラブホ〟も、そろそろ潮時かもしれないですね……」
「え……」
くすりとおかしそうな笑みを見せるラブホへ、驚きの目を向ける。
聞けば、最近は女風をあまり利用していないのだという。
「ありがとうございました」
ぺこり、と落とされたお辞儀は、改札まで送ったことに対する御礼なのか、それとも。
「大丈夫ですよ。ラブホさんのことをちゃんと見てくれる人は絶対たくさんいますから」
迅から離れて改札に向かうラブホへ声をかければ、ラブホはちらりと迅へ視線を投げ、そのまま改札を抜けていく。
迅はその背中を最後まで見送ろうとして――……。
「!」
くるり、と振り向いたラブホが、迅へ満面の笑みで手を振って去っていった姿が、いつまでも頭の中に残っていた。
*****
一人で留守番を任せてしまっていた細井に、気持ちばかりのお土産を渡そうと一度事務所に戻った迅は、少しだけ事務仕事を手伝うつもりがそのままソファで寝落ちしてしまっていた。正確にはすぐに一度トイレに起きたのだが、眠気に勝てず、家に帰ることを諦め、半分寝ながらアオに事務所に泊まる旨の連絡をしたことだけ夢の中の出来事のようにうっすらと覚えている。
そうして次の日の朝になってから自宅へ向かえば、最寄り駅の改札前で見知った人物と擦れ違った。
「アオ?」
「あ。おはようございます!」
急いでいるのか、迅の存在に気づかなかったらしい。
声をかけられてはじめて迅の姿を目に留めたアオは、元気のいい挨拶を返してくる。
「どうしたんだ?」
「これから予約なんです」
「そうなんだ」
だから話している時間がないと告げられて、こんな朝から大変だなと送り出す。
「いってらっしゃい」
昨夜、祝賀会が終わったあとは、アオとは別行動を取っていたのだが、ここで会ったということは迅の家に帰ったということだろうか。
合鍵を渡してあるため、アオは迅の部屋に自由に出入りできる状態だ。
「やっとゆっくりできる……」
ソファで寝ていたため、しっかり疲れが取れていない。
アパートのエレベーターに乗り込んだ迅は、早くベッドに横になりたいと吐息をつく。
エレベーターのドアが開くと、すぐそこが迅の借りている部屋だ。
「ただいま~……」
鍵を開け、誰もいないことはわかりつつも帰宅の声をかける。
だが。
「……は?」
通路を抜けて部屋の扉を開けた迅は、そこでしばし固まった。
「……――誰!?」
ここは間違いなく迅の部屋だが、ベッドの上には見知らぬ女性がいた。




