第九話 信頼関係①
残暑もやっと抜け、朝晩は秋の気配を感じられるようになってきた迅のアパート前の並木道では、時折金木犀の香りに鼻をくすぐられることもあった。
毎月初旬には基本的に全員参加のミーティングが開かれており、ミサトから前月の売上報告を聞くのが恒例となっている。
「アオ? 先に出るけど」
事務所に行く前に寄りたい場所があった迅は、室内へ振り向くとスマホを弄っているアオに声をかけた。
この部屋の主は迅のはずなのだが、たった数日でアオはかなりこの部屋に馴染んでしまっているようだった。
「またあとでね」
「はい。現地集合で! 戸締りしておきますね」
顔を上げたアオは、元気よく迅を送り出してくれる。
「いってらっしゃい!」
その声に、ついお前の家ではないのだと突っ込みたくなってしまい、苦虫を嚙み潰したような顔になりながら、迅は自宅を後にする。
そうして所用を済ませ、事務所に向かえば、まだ少し早い時間とはいえ誰も集まっていなかった。
最初にやってきたトウマが休憩室に顔を出したのが、指定された時間の十分前。それからすぐにカナタが現れ、フウガ、アオと、決して広いとまでは言えない事務所の休憩室に大の男五人と、最後に到着したミサトと内勤メンバーが集まると、さすがに少しばかり窮屈な感じがした。
「forestもオープンから、早五カ月経ちました。みんな、本当にありがとう。さっそくだけど、先月のランキングを発表していくわね」
上座に置いた簡易椅子に座ったミサトが、仕事の資料が入ったタブレットを片手に声を上げる。
ランキングはホームページ内で常時更新されているため、わざわざこの場で報告を受けなくてもすでに各自で把握してはいるものの、改めて発表されることで新たな月を緊褌一番で迎え入れられる気がした。
「一位、アオ」
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで指名の入っているアオは、入店して二カ月ちょっとにも関わらず他店のトップセラピストと比べても負けないほどの売上を出している。女性向け風俗店全体の人気ランキングを出しているサイトがあるのだが、そこでもアオはすでにかなり上位に食い込んでいた。
自然と身が引き締まる空気の中でミサトはにこりと笑い、アオはあいかわらずキラキラと笑顔を輝かせる。
「さすがね。これからも期待しているわ」
「ありがとうございます!」
元アイドルという経歴が爆発的に指名客を呼び込んでいるとはいえ、もしかしたら羨むような空気が生まれてしまうかもしれないと危惧していたのだが、ほかの三人からは素直に現状を受け止めている様子が伝わってきて、迅は内心ほっと胸を撫で下ろす。
迅が思っている以上に、みな精神面がしっかりしている。
「二位、フウガ」
アオにトップの座を奪われたからと我が道を行くフウガの態度が変わることはなく、無言で小さく頭を下げただけのフウガの反応には、思わず苦笑が零れてしまいそうになる。
後半、アオに迫る勢いで売上が伸びていく様子を驚嘆の気持ちで眺めていたのだが、兼業である以上指名を受けられる時間には限界がある。
むしろ兼業でここまでの売上を出せることのほうが驚異的なのだ。
「三位、ジン」
すでにわかっていた順位とはいえ、迅は姿勢を正すとミサトのほうへ向き直る。
「はい」
「ジンは、リピート率が圧倒的に高いのが特徴ね。これからもその強みを生かしていってほしいわ」
「ありがとうございます」
以前、なにかの機会でミサトに言われるまであまり意識したことがなかったのだが、迅は前店時代からリピート率だけを見た時には異様に数値が高かった。
平均値がどれくらいなのかは知らないが、二度目の指名が三カ月後や半年後になったとしても、初回のみで関係が終わってしまうようなことはほとんどない。
ミサトが迅の長所をしっかり見抜いて認めてくれていることは、純粋に嬉しかった。
「四位、トウマ。最近は着実に新規のお客様も獲得しつつ、そのお客様たちのリピートも増えているみたいね。この調子で頑張ってちょうだい」
「はい!」
トウマは、緊張の面持ちで返事をする。
例の違反行為からそのまま腐ることなく持ち直すことができた点、一カ月の清掃活動をしっかりと完遂できた点は、評価されていいと思っている。
きっと努力型なのだろうトウマは、少しずつではあるが着実に新規・リピートともに指名を増やしているようだった。予約時間が長いこともトウマの特徴となっている。
「五位、カナタ」
「はい」
「聞いたわよ。積極的に講習会に参加しているんですって? 向上心は大事よ。そのまま続けてちょうだい」
カナタは性感技術を磨くために有料のマッサージ講習を受けているらしかった。
講習会は性感特化で有名なセラピストが独自に呼びかけて行われるものや、AV出演をしているトップ男優が座学から実地までを教えてくれるものもある。
そういった講習を自ら調べて知識・技術の向上を図っているカナタは、ラブホの情報によれば、以前あった辛辣な意見に対し、「最近は経験を重ねたせいか、そんなに悪くなかったよ?」という擁護の声が上がる様子が見られたとのことだった。
「前々月から売上が落ちた人はいないのよ。これは本当に素晴らしいことだわ」
おのおのの顔をゆっくりと見回して、ミサトは本当に嬉しそうな笑みを零す。
アオがトップに躍り出ただけで、ほかのメンバーの順位自体はこの三ヵ月固定状態で入れ替わっていない。
それは全員が売上を伸ばしているからだと言って、ミサトは真剣な面持ちになる。
「繰り返し、何度でも口にするけど、当forestは〝しばしの休息をあなたに〟をコンセプトにした他にないマッサージ店よ」
それは、自らも性的サービスを受けていたミサトだからこそ求めた、新たな女性向け風俗店の姿だ。
「そのメッセージは、少しずつではあるけれど、確実に伝わってきているという実感があるわ」
先日の、実際のマッサージ風景を公開するという動画配信をきっかけに、性的な充足感と同時に癒しを求める女性たちの利用は間違いなく増えてきている。
とくにマッサージに関しては、女性の美を追求するようなエステティックサロン寄りの内容を全面的に押し出した結果、女性たちの関心を集めつつあった。
ミサトおすすめの角質ケアと保湿ケアを両立したスクラブを用意し、入浴の際に使ってもらう。
カウンセリングの中で普段の肌トラブルの悩みを聞き出し、改善に繋がる殺菌効果の高いオイルを紹介・推奨し、指圧マッサージの際のアロマオイルとして選んでもらう。
老廃物を流し、肌代謝を上げるためのリンパマッサージは、ミサト直伝のものだ。
これらは他店にはないもので、ここ最近は、「本当に肌のハリ艶が違う!」という口コミが増えて話題に昇っている。
「ここまで私についてきてくれて本当にありがとう。みんなには感謝しているわ」
いつもとは少し様子の異なる話の流れと雰囲気に、迅は疑問符の浮かんだ瞳をミサトへ向ける。
それは迅だけでなく、フウガやトウマ、カナタも同じ感覚を覚えたらしく、自然とミサトの言葉を待つ体勢になった。
「ここでもう一つ発表があるの」
嬉しそうな表情と声色から、いい知らせだということはわかるが、ほんの少しだけ緊張感が漂った。
「先月の売上がはじめて五百万を超えました!」
「おぉ……」
自ら拍手をしながらミサトが発表した九月の売上金額に、室内の空気はいい意味でどよめき、迅はじわじわと目を見開いた。
五百万円という数字は、最初の目標としてミサトが掲げた売上だった。
「本当ですか!?」
「やりましたね!」
トウマが驚きと喜びの声を上げ、カナタは嬉しそうに笑顔を輝かせる。
迅の隣に座るフウガの反応はいつも通り薄かったものの、一先ずの達成感を得ているらしき雰囲気は伝わってきた。
入店したばかりのアオはその数字の意味を実感できていないようで、「おめでとうございます!」と少しだけ他人事のように祝っていた。
「と、いうことで、オープンから半年のお祝いも兼ねて、飲みに行きましょう! お代はもちろん経費よ!」




