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風を抱く ~女性用風俗のセラピストに求められること~【完結執筆済】  作者: 姫 沙羅 / 志陽


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第七話 成長④

 それから数日後、なかなかミサトのスケジュールとタイミングが合わず、なるべく早い方がいいだろうということで、迅は「月城 蒼」を事務所で一人で出迎えることになってしまった。


「初めまして。月城 蒼……、じゃなかった、アオです!」

「ジン、です。よろしくお願いします」


 アイドルスマイルとはこういう笑顔のことを言うのだろうか。

 元アイドルの肩書は間違いなく、初めて対峙したアオが放つ華やかさは、黙ってそこに立つだけで人目を惹く輝きがあった。

 完璧に作られたアオの笑顔を前に若干押され気味になりながらも自らも名乗った迅は、すぐに申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「アイドルだった、って聞いたんだけど……。ごめんね。芸能界にはあまり詳しくなくて」

「それは仕方ないです。あんまり売れてなかったですし」


 アオは少しだけ悔しそうに苦笑して、けれど気持ちを切り替えたように、顔の横でぐっと拳を握り締める。


「でも!」


 力強く一呼吸置き、アオは切れ長の目に野望に満ちた光を燃え上がらせる。


「この業界ではトップ狙っていきますから……!」

「え……、もうセラピストをやるって決めてるの?」

「もちろんです!」


 まだ第一段階をクリアしただけで、採用が決まったわけではない。

 だが、本人の中ではすでに決定しているらしい気合いの入れ方に、迅は戸惑いを隠せない。


「ミサトさんから聞きましたけど、性感マッサージ? の講習をしてくれるフウガさんて人、そっちのテクはトップクラスだって」

「あ、うん、そうだね。それは保障する」

「それはぜひとも伝授願いたいです!」


 アオの勢いに流されるように頷けば、やる気に満ち満ちた答えが返ってくる。

 そこには若干、「エッチなテクニックを習得したい」という邪な気持ちが見え隠れしているような気がしなくもなかったが、やる気だけは合格点かなとは思ってしまう。


「で。俺、顔には自信あるんで」


 自己肯定感も自己価値も高い。アイドルはこうでなくてはならないのかもしれない。……今や「元」だが。


「これでテクを磨けば無敵だと思うんスよね……!」

「あー……、うん。それはそうかもしれない、ね……?」


 キラキラと「俺最強」説を語るアオのノリには少しばかりついていけず、迅は若干引き気味にアオの自信を肯定した。

 メンヘラも多いこの業界では、それくらいの自信があった方がいいのかもしれない、とは思う。


「え、と……。源氏名なんだけど、アオ、の名前でやるの?」

「はい!」


 ここまでの流れですでに源氏名が決定しているらしいことを察して確認する。

 ジン、も本名からの源氏名ではあるけれど、元から迅のプライベートを知っている人でない限り、身バレに繋がる可能性は低いと思っている。だが、アオの場合は、知名度の次元が普通ではない。

 つまりは。


「アイドルをやってきたことは隠すの?」

「いえ! むしろ武器にしていきたいと思ってます!」

「あ……、そうなんだ」


 アイドルだった「月城 蒼」を隠すのであれば源氏名は違うほうがいいと思ったのだが、あっさり認めるどころか堂々と宣言され、反応に困ってしまう。

 セラピストの中には家族公認でこの仕事をしている者もいるが、稀な存在であることはたしかだ。

 今までは表の世界で輝いていただろうに、真逆の世界でもそのノリなのかと困惑する。

 世の中には、いろいろな人種がいるものだ。


「アオ……、あ、アオって呼んでいいかな?」

「はい」

「アオは、芸能界にいたから、周りは綺麗で可愛い女性たちばかりだったと思うんだけど……」


 このあたりはミサトもきちんと説明したとは聞いているが、自分の目でもアオを見極めるべく改めて問いかける。


「正直、女風の世界って、若くて可愛い人ばかりじゃ……、むしろそういう人のほうが少ないんだけど、誰に対してもきちんと性的なサービスをできる自信てある?」


 それでも、だいぶ柔和な表現になってしまった。

 ただでさえトップクラスの容姿ばかり目にしてきたであろうアオは、俗に言う「ブス」という言葉を耳にして、どの程度の女性を想像するのだろうか。

 元アイドルという肩書に対して一番の心配事はそのあたりなのだが、アオのテンションは変わらない。


「もちろん自信あります! ぶっちゃけ、お金さえもらえれば誰にでも優しくできます!」

「……そっか。それならいいんだけど」


 わりとお金に執着するタイプなのだろうかと少しだけ引っかかる。


「やるからにはテッペン狙っていきますんで……!」


 本当に、迅には理解し難い前向きすぎるこのノリはなんなのだろうか。

 とはいえ、意気込みは悪くない、かもしれない、と思うことにする。

 もしアオがこの世界で頂点に昇り詰めることができるなら、forestの発展にも繋がっていく。

 期待したい、と思う気持ちは、ある。


「頑張って。応援してるから。困ったことがあったらなんでも相談して」

「はい……! ありがとうございます……!」


 やんちゃではあるが悪い子ではない、というミサトの言葉がわかるような気もした。

 とりあえず現時点で落とす理由は見つからず、迅はアオの背中を押したのだった。


 そうしてその宣言通り、一発でモニターテストを満点クリアし、デビューするや否や「元アイドル」の肩書が業界で話題になり、アオは初月から一気に店内ランキング一位に躍り出た。

 風向きが変わったこの出来事が、forestオープンから四ヵ月目のこと。炎天下の八月、forestは非常に大きな売上を叩き出したのだった。



 *****



 女性向け風俗の予約方法としては、WEB、LINE、電話からなど、複数の導線が用意されている。WEBからの予約はこの人を指名したいという場合に使われることが多いが、他にも、今からであればどういうセラピストが対応可能なのか直接確認したいという女性も一定数存在し、その場合は電話がかかってくるため、ほぼ二十四時間体制での電話番が必要だった。

 そのため、事務所で待機をしていた迅は、部屋に響いた着信音に、すぐにスマホを手に取っていた。


「お電話ありがとうございます。forestです」


 セラピスト・ジン、ではなく、あくまで事務の受付係として明るい営業声で電話に出る。


 ――『……あ、あの……っ。予約、を……っ』

「はい」


 電話の向こうから上擦った声が聞こえてきて、柔らかな声色で対応する。

 この女性がそうとは限らないが、初めて女風を利用する際などは、予約時に緊張で上手く喋れないようなことは数多くある。


 ――『ジンさん、て……』


 まさか自分の予約とは思わず一瞬驚いたものの、悟られないように話を続ける。


「ありがとうございます。承ります。今日のご予約ですか?」

 ――『あ……っ、いえ……っ』


 なにをきっかけに自分を指名しようと思ってくれたのかはわからないが、予約をもらえることはいつも本当に感謝と喜びしかない。

 だが。


 ――『ごめんなさい……! もう少しだけ考えます……!』

「え?」


 予約を期待したところで突然切られ、迅は唖然と目を丸くした。

 残るのは、無情にも耳に届く切断音だけ。


「……なんだったんだ……?」


 暗くなったスマホの画面を前に、迅は困惑の声を洩らす。

 気のせいか、どこかで聞き覚えがあるような女性の声が、耳の奥にずっと残っていた。

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