第七話 成長①
「どういうことか、説明してもらえるかしら?」
ちょうど予約中だったトウマを、時間が終わってすぐに事務所へ呼び出した。重苦しい空気に、なにかしでかしてしまったのかと緊張の面持ちでソファへ腰かけたトウマへ、簡単に用件を説明したミサトが険しい顔で詰め寄った。
トウマの向かいに座ったミサトの左右には迅とラブホも同席し、常にはないぴりりとした空気を醸し出していたため、トウマが感じたプレッシャーは並々ならぬものであったに違いない。
「どうして無料会いなんてしたの」
トウマを問い詰めるミサトの声色はいつになく厳しい。
「あ……、いえ……、それは、その……」
「DMでのやりとりはしっかり残っていますから、誤魔化そうとしても無駄ですよ」
しどろもどろと言い訳を考えているらしきトウマへじろりとした目を向けて、ラブホが犯人を追い詰める探偵のようにきっぱりと退路を塞ぐ。
「……」
「トウマ」
顔から血の気をなくして愕然と言葉を失ったトウマへと、迅は自分だけは感情的にならずに落ち着いていようと、真剣ながらも静かに声をかける。
「は、はい」
「正直に話すのが一番だと思う」
「……はい……」
迅からの助言を受け、トウマは弱々しく頷くと肩を落として俯いた。
しばしの沈黙が流れ、トウマはぼそぼそと経緯を説明しはじめる。
「……自分好みの、すごく可愛いお客様で」
たくさんの出会いがある中で、時にはそんなこともある。
迅にも〝ハヤト〟だった頃に、〝お気に入り〟と呼べるような女性がいなかったわけではない。
――元気にしているだろうか。
今は音信不通になってしまった数人の女性の姿が頭に浮かび、ふと懐かしさが湧いた。
「三回目に会った時に、これが最後だって言われたんです」
婚活などで「三回目の壁」という言葉を耳にすることがよくあるが、それはこの業界にも存在している。
一度目は全力でお客様に向き合い、二度目に少し緊張が緩む。
そして三回目。セラピストの〝本当の姿〟というものが垣間見え、それが期待外れだと女性はあっけなく離れていく。
この女性が「三回目の壁」の法則に当てはまるかどうかはわからないが、隔週で二時間三回会ったあとに別れを告げられ、トウマはショックを受けたという。
長くセラピストをしていれば、誰もが一度や二度ならず通る道だった。
「……どうしても、終わらせたくなくて」
俯いたまま苦しげに顔を歪め、トウマは膝の上に置いた手をぐっと強く握り締める。
予約時間を終えて別れてからも、DMで「もう会わない」「会いたい」という内容のやりとりを繰り返し、必死で追い縋ったとのことだった。
「で。自分から無料会いを打診した、と」
「……はい」
迅の静かな確認を、トウマはうなだれたまま肯定する。
お金を払ってまで会いたくない、というケースは往々にしてあるように思う。
それは時に、裏を返して、無料ならば会ってもいい、という意味になることがある。
今回の女性の場合、これに当てはまったらしく、トウマからの無料会いの誘いをあっさりと快諾してくれたらしい。のだが……。
なんとなく、もやりとする。
単純にお金が尽きたなどといった理由であればいいのだが、中には自身の容姿に自信があって、確信的に無料会いに持っていこうとする女性もいないわけではない。
迅の心配しすぎであればいいのだけれども。
「それが違反行為だとはわかっているわよね?」
「…………はい。でも、会えなくなるのが嫌で」
ミサトからの厳しい追及に、返事をするトウマの声はますます小さくなり、肩を縮こまらせる。
そんなトウマの姿に、ミサトは深々とした溜め息を洩らして頭を抱えた。
「裏引き……、お金をもらって会っていたわけではないのね?」
「は、はい……」
「そう……」
裏引きとは、店を介さずに会って直接報酬を得る行為で、サービスの性質上もっとも悪質な違反行為とされている。
トウマの説明と雰囲気から、それだけはないだろうという判断を迅は下したのだが、それはミサトも同見解のようだった。
静かな溜め息を落としたミサトは、苦悩の呟きを零す。
「……さて、どうしようかしら」




