第六話 茨の道⑤
そうして、そんなことがあった二時間後――……。
「そう……、フウガが……」
黙っておくべきかとも悩んだが、さすがに報告しないわけにはいかず、先ほどの出来事を伝えた迅へ、ミサトは悩ましげな吐息を零す。
「まぁ、仕方ないわよね。フウガは元々一匹狼タイプだし」
「そういう問題では」
思わず眉間に皺を寄せてしまえば、ミサトはくすりとおかしそうな笑みを零し、迅へ柔らかな視線を向けてくる。
「独自の路線を行っている、っていう意味では、迅、あなたもだけど」
「え? オレが、ですか?」
自分のことを、すべてにおいて平凡か、もしくは平凡よりも少し上くらいだと認識している迅は、ミサトの評価を聞いて不思議そうに瞳を瞬かせる。
「この間のバーでも話したけど、あなたみたいなセラピストは滅多にいない気がするわ」
「そう……、ですか?」
だが、にこりと笑ってなおも告げられ、迅の瞳は困惑で揺れ動いた。
「性感技術はフウガが飛び抜けているだけで、丁寧で気遣いのあるアナタの施術は、充分自信を持っていいものよ?」
「ありがとうございます」
フウガの性感技術を目の当たりにして少しだけショックを受けていたこともあり、ミサトのその言葉は純粋に嬉しかった。
「それから……」
「なんでしょう」
なんだかもったいぶるような言い方が気になって、心臓が勝手にドキドキしてしまう。
「一人一人の女性に丁寧に向き合う姿はかなり評価できるものよ。自分の武器として誇っていいと思うわ」
「そのことなんですけど」
まさに「女性の心と身体に寄り添う」、ミサトが望んでいるセラピスト像に近いと褒められ、喜びが湧き上がったのも束の間のこと。
突然割って入ってきたラブホが、迅へ厳しい目を向けてくる。
「迅さんは少しDM量を減らすべきだと思います」
「見たんですか!?」
セラピストが使っているSNSの個人アカウントは店からの借りものだ。パスワードも知られていて、内部の者であれば見ることは可能な仕様になっている。
だからといってまさかお客様とのやり取りを覗かれているとは思わず、迅が驚きと動揺の声を上げれば、ラブホは自分が取った行動の正当性を主張してくる。
「違反がないか確認するのも内勤の仕事ですから」
「それはそうかもしれないですけど、プライバシーってものが」
「どこの店にも監視体制が取られていることくらい、ユーザーさんも承知の上です」
とはいえ、〝内勤がすべてのDMを監視している〟という話は、さすがに都市伝説だと思っていた。
事務仕事をぎりぎりの人数で回している中で、セラピスト一人一人が何人抱えているかわからないお客様とのやり取りをすべてチェックするなど不可能だ。
なにかトラブルが起こった時に会話の履歴を確認することはあるだろうが、常に監視しているようなことはありえないだろう。
忙しくしているのはラブホも同じだろうに、どうして覗き見みたいな真似をしたのだろう。
「あの、今話したいことはそこではありません」
睨むような目を向けられて、迅はぐっと抗議の声を呑み込んだ。
女性たちとの会話をラブホに見られているなど、やりにくくて仕方がない。迅にとっては重大問題なのだが、訴えは取り持ってもらえそうになかった。
「明らかに予約する気のない乞食も相手にしてますよね? 時間の無駄ですからとっとと切るべきです」
乞食、というのは、ただセラピストとDMのやりとりをしたいだけでお金を払って会うつもりがない人のことを意味している。
たしかに、ここ最近頻繁にDMを送り合っている女性の中に、たぶんこの人は誰かに相手にしてほしいだけで、自分に会うつもりはないのだろうな、と感じる女性が数人いた。
「ユーザー間でも乞食で有名な方の名前も含まれていました。いったいなにをしてるんですか」
ユーザー情報にかんしてはさすがラブホだ。
早期発見できたからいいものの、このまま彼女たちに付き合っていても実にならないと告げてくるラブホを真っ直ぐ見つめ、迅はぐっと拳を握り締める。
「わかってる」
「はい?」
「ちゃんとわかってて相手をしています」
「……正気ですか」
驚きで目を見張ったラブホに「はい」と頷き、迅は仕方ないと苦笑する。
「別にやりとり自体は苦痛ではないので。オレが話を聞くことで寂しい気持ちが少しでも癒されるならそれでいいかな、って。それから、どんな方であっても、長くDMのやり取りをして仲良くなっていけば自然と会いたい気持ちが芽生えるんじゃないかと信じています」
多くのセラピスト、どころか、一般的な男性は女性にマメに連絡をすることを面倒だと感じる傾向があると思っている。
その点迅は楽しくやりとりしているため、たとえ短期的に予約に繋がらなくてもいいとかまえているのだが、ラブホは迅のそういった言動が気に食わないらしかった。
「……そもそも雑談DMは業務に含まれるものではなく、完全に時間外労働にあたるわけで、迅さんの指名客にたいしての平等性が欠ける行いです」
「そう言われてしまえばそうとも言えるけど、いくらなんでも極論すぎる気がしません?」
「無償労働をすることが美談だとは思いません」
「それはそうかもしれないですけど……。それはそのやり取りをした時間が無駄になるという前提の話ですよね。いつかforestのお客さんになってくれるかもしれないし、お店に対してポジティブな印象を抱いてくれた結果、誰かに紹介してくれるかもしれない」
ラブホが言っていることはわからないでもなかったが、さすがに極論すぎる気がして、迅にしては珍しく強い口調で反論してしまう。
なにがラブホをここまで言わせているのだろう。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
そこでラブホと迅の間に割って入って困ったような笑みを零したのはミサトだ。
どうどう、と宥めるような仕草をして、ミサトはラブホのほうへ向く。
「まぁ、いつか絆されて指名してくれるかもしれないし、迅がそれを負担に感じていないのなら個人の営業方法に口を出すものではないわ」
違反行為がない限り、そのあたりのことは個人の采配に任せると告げたミサトは、「だからといって」と一つだけ忠告してくる。
「いくらわたしがワンランク上の癒しを提供するお店を目指しているとはいえ、ラブホちゃんが言うように、その分の時間を他のお客様に使うべきだし、もし無理をして身体を壊したりしたら元も子もなくなってしまうから」
ミサトの言うことはもっともで、迅もそのあたりのことはわかっている。
「引く時にはきちんと線引きして見極めてちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
違反行為をするつもりはないが、ミサトにお世話になることになったそもそもの原因が本番行為という前科持ちである後ろめたさもあって、ラブホには不快を伝える程度で強く抗議することもできない。
だからといって、ラブホに見られているかもしれないと思うと、DMでの会話を窮屈に感じてしまう。
万が一違反行為があったとして、DMなどという一番わかりやすいところで堂々とそんな会話をするはずがない。
――と、思っていたのだが。
それから半月後。
「ミサトさん……! 緊急に報告したいことが!」
「そんなに慌ててどうしたの」
たまたまタイミングが重なって、事務所の前で一緒になったミサトと事務室の扉を開ければ、ラブホが待っていましたとばかりに駆け寄ってきて、迅とミサトの目は大きく丸くなった。
ずいぶんと焦っているようだが、なにか緊急事態でも起こったのか。
そう思って身構える迅の前で一度深い呼吸をついたラブホは、きりりと真剣な前を向けてくる。
「トウマさんが違反行為をしていることがわかりました」
「……え?」
言われていることの意味がすぐにわからず、部屋には沈黙が落ちた。
「いったいなにを……」
よく理解できないまま動揺の息を呑むと、迅とミサトを真っ直ぐ見つめたラブホははっきりとした声を響かせた。
「お客様と、店外でタダ会いしてます」




