第六話 茨の道④
一週間後。オープン記念ということで告知に力を入れた四人全員が出演する初キャスは、迅やフウガ、トウマもマスクやサングラス着用ではあるものの初めて顔出しをして行った。前店ではキャスの活動をほとんどしていなかった迅だが、まとめ役としてMCを担当し、見ている女性たちも一緒に楽しめるように奮闘した。
最高同時接続数も百人を超え、まずまず盛況だったように感じた。
だが。
「う~ん……。ちょっと微妙かもしれないですねぇ……」
事務仕事をしているのだから当たり前といえば当たり前なのだが、迅が見ている限り、ラブホはいつも事務所のパソコンに張り付いている。
今日も今日とてパソコンの画面を見つめたラブホの雲行きが怪しそうな呟きが耳に届き、ソファで営業DMを送っていた迅は訝しげに顔を上げていた。
「なにかあったんですか?」
ずっと座っていると身体が凝ってしまうため、筋肉を動かすついでにラブホの後ろに回ってパソコンの画面を覗き込む。
「それが……」
「あ―……、掲示板」
視線を上げたラブホが言い難そうに口ごもり、理由を察した迅は苦笑する。
ラブホが見ていたのは、昨夜のキャスについての感想が書き込まれた匿名掲示板だった。
「迅さんも見ました?」
「いや、オレはたまに見るくらいです。前の店でもオレのことが書かれることって滅多になかったので」
確認され、迅は首を横に振る。
水商売や風俗業の意見交換場である巨大掲示板は、新聞代わりに毎日朝食を取りながらチェックするというセラピストもいれば、まったく関心がないセラピストまで様々だ。
店の評判にもかかわるため、基本的に運営は中身を確認しているが、良くも悪くも突出した能力を持たない迅が話題に上ることはほとんどないため、迅自身は時折覗く程度であまり気にしたことはなかった。
「それで、なにか気になる投稿でもあったんですか?」
「はい。先日のキャスのことで」
「え」
チラ、と覗いた程度だったが、さすがに先日のキャスへの反応となれば気になって、ラブホが見ていた画面に書き込まれたコメントを上から一つずつ確認してしまう。
「あー……」
キャス中もたくさんのコメントをもらったため、気にしてくれる人の多さを嬉しく思っていたのだが、その分こういった匿名掲示板に書き込まれるリスクも高くなる。
店がオープンした直後に立てられた掲示板は、コメントがほとんどなく閑散としていたはずが、キャス後に突然増えている書き込みに、迅は自嘲の笑みを零す。
「やっぱりカナタさんのビジュだけは絶賛されてますけど、逆に失礼ですが迅さんたちは……」
キャス中も、カナタについては「イケメン!」「可愛い!」「アイドルみたい」というコメントが数多く寄せられていた。
一方、他の三人はといえば、顔出しをしているカナタの容姿が飛び抜けている分、イケメン揃いの店だという期待値が上がってしまったらしく、掲示板には「カナタ以外は普通」「期待して損した」という辛口コメントが飛び交っていた。
迅とフウガはマスクにサングラス姿。トウマはマスクのみで目元は出していたのだが、容姿の良し悪しはそれだけでも伝わってしまうものらしい。
「で、カナタさんはビジュがいい分、キャスでの言動が悪目立ちしたみたいで『幼稚だ』って酷評されてますね。ビジュのよさがかえってよくない方向にいっちゃってます」
それは、キャスの最中に迅も少しだけ気になったところだった。
失言、とまではいかないのだが、頑張りが空回り、カナタの発言をどう拾っていいのかわからない場面が多々あったのだ。
コメント欄はそれなりに盛り上がり、否定的な突っ込みはなかったために迅が神経質になりすぎているのかと思っていたのだが、どうやら心配が現実のものになってしまったようで頭が痛くなる。
「悪い子じゃないんだけど……」
「それはわかっていますが、そういう問題じゃありません」
ぴしゃりと言い切られるとぐうの根も出なくなる。
カナタの欠点は、すぐに改善できる類のものではないからこそ質が悪い。
「セラピスト同士の仲の良さを売りにするお店もある中、今のforestは寄せ集められたセラピストがただ話してるだけって感じで、全体的な評価はいまいちですね」
「そ、っか……」
それなりに手ごたえを感じていたのは迅だけで、ユーザー目線からすると特記すべき点はとくにない、これからを期待するような店でもない、という印象だろうと告げられて、さすがに気落ちしてしまう。
ちらりと目に入った迅とトウマに対するコメントが、「ぱっとしない」という感想だったことも、迅へさらなる打撃を与えてくる。
「ただ、フウガさんは関西時代の本指さんが何人か覗いていたみたいで、少しだけ関心が集まっているような気がします」
「そっか。それが好転に繋がるといいですね」
フウガの本指だった女性たちがフウガの良さを感じるコメントを送っていたため、気にしはじめる人はいるだろうというラブホの分析に、それだけはよかったとほっとする。
「ところで迅さん。ちょっと聞きたいことがありまして」
「ん?」
ラブホがふいに神妙な面持ちになり、口を開いた時だった。
玄関の暗証番号式電子キーが鳴る音がして、迅とラブホは部屋の扉のほうへ顔を向ける。
ミサトが来る予定の時間よりまだ早いが、ミサトでなければトウマかカナタのどちらだろうか。
「お疲れ」
「フウガ」
予想外にも、滅多に事務所へ来ることのないフウガが現れ、迅の目は丸くなる。
「お疲れ様です」
一方、ラブホの挨拶は淡々としたものだ。
「これ」
「あ、はい」
フウガは部屋に入ると一直線にラブホの元へ向かい、カバンから封筒を取り出すとそっけなくそれを手渡した。
ラブホが慣れた様子で受け取っているその中身は、迅も予約を受けるたびに渡しているものだ。
「ここ十日分の売上」
「ありがとうございます。すぐに金庫に入れさせてもらいますね」
基本的にこの業界は、女性からお金を受け取る時も、店へ売上を納める時も、現金主義となっている。
クレジットカードの履歴に風俗利用を残したくないという女性側の考えもあり、多い時には十万単位のお金を現金で受け取ることもある。
そのため、女性から受け取った売上金は一定期間内に事務所へ足を運んで納めなければならず、期限を過ぎた場合には罰則があることがほとんどだった。
「じゃ」
「え? 少しはゆっくりしていけばいいのに」
封筒の中身を確認したラブホが小さな金庫にお金をしまうところまで見守って、すぐに踵を返して帰ろうとするフウガの姿に、迅は思わず引き留めるような声をかけてしまう。
フウガと顔を合わせる機会は少ないため、せっかくだからいろいろと聞きたいことや、先ほどのキャスの反応などについてそれなりに話したいことがあった。
だが。
「こんなところでゆっくりなにをしろって」
「それはそうだけど」
本気でお金を置いていくためだけに寄ったらしいフウガは、不機嫌そうに眉を寄せる。
フウガからぴりぴりとした空気が伝わってくるのは、やはり思うように予約が入らないからだろうか。
「どう?」
「なにが」
「調子はどうかなって」
どうとでも取れる聞き方をすれば、フウガは今にも舌打ちしそうな雰囲気で嫌そうな顔になった。
「最悪だな」
「まぁ、フウガにとってはそうだよね」
いわゆる〝テクピ〟――性感テクニックがすば抜けているセラピストのことだ――として有名だったフウガは、関西にいる時にはシフトの七割は予約で埋まっていたようなことを聞いたため、閑古鳥が鳴いている今の状況を不満に感じているのは当然だろう。先日のキャスでもフウガは当たり障りのないトークを展開していたが、決して話がうまいタイプではないため、その後の集客に繋がるかといえばあまり期待できそうになかった。
一応、店のホームページでは「電撃移籍」を謳って売り出してはいるのだが、半信半疑で警戒されているのかもしれなかった。
「まだ様子を見てるところだけど、ずっとこんな調子がつづくようなら、もうこの店にはいられねぇわ」
「そんな……!」
吐き捨てるようなフウガの言葉に、迅の目は驚きで見開いた。
フウガが思うようにいっていない現状に苛ついているのはわかるのだが、やつあたりとはいえ言っていい言葉だとは思えなかった。
「転勤のタイミングとミサトさんの熱意の強さに負けただけで、今のところ期待外れだ」
「まだオープンしたばかりだし、最初からそんなにうまくいくはずは……」
「だから様子見だって言ってる」
なんとか宥めようとするものの、フウガは苛々と扉へ向かってしまう。
「フウガ……!」
「じゃあな」
もう少し話ができれば、と引き止めようとしてもそれは叶わず、ちらりと視線だけを投げたフウガに去り際の挨拶をされ、迅は自分の無力さに唇を噛み締める。




