第六話 茨の道③
桜の季節は終え、春らしいあたたかな風が、芽吹き始めた街路樹の若葉を優しく揺らす中。すべてがぎりぎりのスケジュールの中で、forestはついにオープンの日を迎えることになった。トウマとカナタもモニターテストをしっかりと合格し、満を持してセラピストデビューとなった。
一カ月ほど前から各自がSNSで営業をかけていたこともあり、初日は全員お客様を取ることができ、事務所でたまたま全員が顔を揃えた際に喜び合った。
また、カリスマユーザーであるラブホが「どうやら今までの女風店と少しコンセプトが異なる新規店がオープンするみたいで気になる」という旨の発言をしたために、SNS上で注目を集め、滑り出しは順調だった。
とくにカナタにかんしては、アイドル級の顔とルックスを隠すことなく売り出したため、かなりの好発進だった。
だが、それも最初だけで、半月が過ぎる頃にはユーザーたちの関心は少しずつ薄れていってしまっていた。
「カナタは相変わらず問い合わせはきているけど、やっぱり、全モザにしている三人はなかなか厳しいわねぇ」
「顔出ししていてもパネマジが怖いのに、全モザに入るのはかなりの勇気がいります」
〝予約可〟の文字が並ぶスケジュール画面を見たミサトが深々とした吐息を洩らせば、ラブホがユーザー目線から淡々と同意した。
迅とフウガは、ホームページに載せる宣材写真を、ともに顔の一部分だけを見せることもなく、全面を隠していた。
迅は退店した前のお店との関係で〝ハヤト〟だとバレるわけにはいかず、フウガは本業があるために身元が知られてしまうようなことがあってはならなかった。同じくトウマも家族にバレることを恐れて、全モザを選択している状況であった。
「関西で実績があったからといって、この距離じゃお客様を引っ張ってくるのは難しいですし」
ラブホの指摘はさすがに的確だ。
本業の転勤でこちらに引っ越してきたフウガは、迅とは違って〝退店〟ではなく〝移籍〟という特殊ケースを取っているため、源氏名もそのままで以前のお客様と引き続き連絡を取ることも許されていた。
だが、わざわざ時間とお金を使って遠路はるばるフウガを追い駆けてくるようなお客様は稀中の稀で、新規のお客様を開拓するしかない状態だった。
「関西では有名だったらしい」というカリスマユーザー・ラブホの情報発信により、フウガのことを気にしているお客様はそれなりにいるような体感があるものの、顔がわからないこともあり、二の足を踏んでしまう女性が多いように感じた。
「でも、フウガだったら指名さえ入ればリピ率は高そうですし、そのうち伸びてくると思うんですけど」
「そこよねぇ……」
迅の考察に、ミサトがしみじみと肩を落として悩ましげな声を洩らす。
フウガのマッサージと性感テクニックは、全セラピストの中でもトップクラスなのではないかと思っている。
プロとしての仕事感が強く出てしまっているような気がするため、甘い恋人同士のような疑似恋愛を求めるお客様は二回目の指名に繋がらないかもしれないが、性的欲求を満たすことを一番に考えているお客様には強いだろうという確信があった。
「ラブホのアカウントからフウガさんの性感テクニックをアピールする発信でもしたほうがいいですか?」
「ありがとう、ラブホちゃん。気持ちは嬉しいけど、そこまではいいわ。forestのホームページでの宣伝に留めましょう。」
「そうですよね。わたしもあんまり肩入れしすぎて、事務仕事を手伝っていることがバレたら困りますし、個人的主義にも反します」
店の知名度を上げるくらいの協力ならばいいが、さすがにサクラのような真似は……、と思う迅の倫理観がきちんと二人にも備わっているようでほっとする。
だが、実際にラブホが施術を受けていなくとも、フウガの性感技術が高いことは紛れもない事実だ。
その一方で、営業力があるようには思えないため、肌が合う女性からの初指名さえ取れれば……、と悔しくなってしまう。
どうしたらフウガの技術力の高さを広めることができるだろうか。
「ところで、オープン前に『このお店、気になる』って発言をしたせいか、昨日、ちょっとご相談したほうがいいかな、と思うDMを利用者の女性からもらいまして」
フウガの売り出し方法も考えなければならないが、それよりも先に気になる懸念事項があると顔を曇らせたラブホの発言に、迅の目は丸くなる。
「え? 事務所にじゃなくて、ラブホさん個人にですか?」
「はい。ユーザーさんから相談されたり、いろいろな違反行為をタレコミされたりすることはわりと多いんです」
「あー……、まぁ、そうですよね……」
〝ラブホ〟は女風界におけるカリスマユーザーだ。ご意見番的存在であることもあり、ラブホをフォローする女性たちから数多くの情報が寄せられることは簡単に想像がついた。
「それで? どんな内容なの? クレーム?」
オーナーであるミサトが所属セラピストの評価に敏感になることは当然で、途端、深刻な面持ちと声色になってラブホを窺った。
「クレーム、というほどではないんですけど、カナタさんにかんする情報提供、ってことで」
「情報提供?」
「はい」
こくり、と頷き、ラブホはミサトの顔を真っ直ぐ見つめ返す。
「エスコート力やコミュニケーション能力は普通として、とにかくマッサージ全般が酷評でした」
たしかに、カナタと接している中で、やる気は感じられるものの空回りしているような気がすることはあり、個人的に少し心配してはいたのだ。
年下の人懐こさ、と言えば聞こえはいいかもしれないが、癒しを求めてくる女性たちにとって、年下だからとリード力に不足があることは減点要素だろう。
そして、セラピストにとって一番重要なベッドでの技術については。
「『いいのは顔だけで施術は三流』って。なので、顔に騙されて入らないほうがいいという情報提供をいただきました」
〝ラブホ〟がSNS上で、他店とはちょっとコンセプトが異なる新たな女風店がオープンするようで気になる、という旨の発信をした際、ホームページを覗いた女性たちからまず注目を浴びたのはとにかく顔がいいカナタだった。
ただ顔がいいだけで指名が取れるほど簡単な世界ではないが、こういったケースの場合、女風遊びに慣れた女性たちが、「話のタネに」「お遊び感覚で」指名してくることが多い。
そんな彼女たちは、場数を踏んでいる分、評価はシビアになる傾向がある。
迅の経験からすると、モニターテストの女性たちはよほどのことがない限り評価を甘くしてくれることが多く、合格点ぎりぎりだったカナタのモニター結果を思えば、杞憂ではなかったのだと悩ましく思ってしまう。
「『気になる』と発言していた以上、そんな体験をしたっていう声があったことも発信したほうがいいんじゃないですか? って」
自分の発言には責任を。
棘のある発信をすることが多い、ご意見番的存在である〝ラブホ〟だからこそ余計に求められることだ。
「〝ラブホ〟としては、たしかに発信すべき情報なのでどうしようかと」
この店に関わっていなければ、まず間違いなく発信していた内容だと悩む様子を見せるラブホに、ミサトは優しい視線を送って苦笑する。
「ありがとう、ラブホちゃん。他の女性からも同じような声が届くようであれば、それはね。私は早急にカナタに確認を取って対処するわ」
ミサトが目指しているものは、「一つ上の癒しを与えることができるセラピスト」だ。
そのためには、セラピスト個人に任せていては他店となにも変わらない。
話術についてはミサト自らが、マッサージ技術全般については改めてフウガから講義してもらうと告げて、早期の改善を約束する。
「お願いします。カナタさんはここまで口コミを書いてくれた女性もゼロですしね。みなさん、そっと離れていったのだと思います」
「初指名が取れてもリピートに繋がらないのはかなりの痛手だわ」
女風慣れをした女性たちだからこそ、本人や店にフィードバックすることなく一度で見切りをつける。
まずは初指名が取れなければはじまらないが、それで終わってしまっても意味はない。
初指名に苦戦する迅とフウガ。そして、顔の良さと若さで初指名は取れても二回目に続かないカナタ。どちらも違う苦労がある。
だが、とりあえずは。
「なにをすれば集客に繋がりますかね?」
基本中の基本の問題点に頭を悩ませる迅へ、少しだけ考え込む様子を見せたラブホが眉を寄せる。
「キャスでもします?」
「キャス……」
キャス、というのは、スマホで手軽に行うことができるライブ配信だ。
最近では、定期的に店全体で配信したり、とくに新人セラピストに関しては、待機時間を使って毎日配信したりするケースも増えている。
「そうね。たとえ顔出しできなくても、雰囲気を見てもらうだけでもだいぶ違うでしょうから」
キャスがどれだけ顧客確保に繋がるかはわからないが、数枚の宣材写真よりも、実際に動いて喋っている姿を見るほうが遥かにその人個人の人となりを知れるというものだ。
とくに顔出しのできない迅とフウガの場合、一定の効果はあるかもしれない。
「全員のスケジュールを確認しだい、緊急告知をしましょう」
ミサトの一言で、迅とラブホはすぐに準備に入るのだった。




